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第86話「届ける日」

第86話です。


ついに2ndアルバム『NOW I KNOW』発売日です。


完成した時も嬉しかったですが、本当に大切なのはここから。


作った音楽が誰かの手に届くこと。


誰かの毎日に寄り添うこと。


今回は発売記念イベントのお話になります。


ライブとは少し違う緊張感の中、FirstDayの4人はどんな一日を過ごすのでしょうか。


 2ndアルバム『NOW I KNOW』発売当日。


 ふたばは目覚ましが鳴る前に目を覚ました。


 カーテンを開ける。


 眩しい朝日が部屋に差し込んだ。


 窓の外からは蝉の鳴き声が聞こえてくる。


 空は雲ひとつない青空だった。


「発売日か……」


 小さく呟く。


 何度もライブをしてきた。


 テレビにも出た。


 CMも経験した。


 でも今日は少し違う。


 自分たちが何ヶ月もかけて作ったアルバムが世の中へ出る日。


 そう思うだけで落ち着かなかった。


 スマホを見る。


 メンバー用のグループチャットには、朝早くから紬のメッセージが届いていた。


『本日発売です』


 その下にはクラッカーのスタンプ。


 すぐにはじめが反応していた。


『おめでとう俺たち!』


 続いて美月。


『朝からうるさい』


『テンション上がるだろ!』


『まだ六時半』


『細かい』


 ふたばは思わず笑った。


 いつも通りだ。


 それだけで少し安心する。


 昼前。


 メンバーは大型CDショップの控室に集まっていた。


 今日は発売記念イベント。


 トークショー。


 ミニライブ。


 サイン会。


 今までで一番大きな規模だった。


 控室にはイベントポスターが貼られている。


 その中央には『NOW I KNOW』のジャケット。


 ふたばはそのポスターを見つめた。


「本当に出るんだね」


「もう出てる」


 れいじが言う。


「あ」


「そうだった」


 少し恥ずかしくなる。


 すると、はじめが落ち着きなく立ったり座ったりしていた。


「なんでそんな動いてるの?」


 美月が聞く。


「緊張する」


「ライブより?」


「する」


 即答だった。


「ライブは演奏すればいいだろ」


「今日は喋らないといけないんだぞ」


「同じでしょ」


「違う!」


 ふたばも少し頷いた。


「私も緊張してます」


「だよな!」


 はじめが嬉しそうに言う。


 美月は呆れた顔だった。


「れいじは?」


「別に」


「絶対嘘」


「少しだけな」


  一瞬、全員が固まる。


「珍しい」


「人間だったんだ」


 はじめが言う。


「うるさい」


 れいじが苦笑した。


 その時、紬が入ってきた。


 今日は完全に仕事モードだった。


「皆さん準備お願いします」


 その一言で空気が変わる。


 ステージ裏へ向かう。


 店内から大きなざわめきが聞こえてきた。


 司会者の声が響く。


「それでは本日のゲスト!」


 拍手。


 歓声。


 予想以上だった。


「FirstDayの皆さんです!」


 四人がステージへ上がる。


 その瞬間、ふたばは思わず息を呑んだ。


 人がいる。


 本当にたくさん。


 最前列には女子高生たち。


 学生。


 会社員。


 カップル。


 男性ファン。


 親子連れまでいる。


 手にはアルバム。


 タオル。


 グッズ。


 思った以上の光景だった。


「すごい……」


 思わず漏れる。


 司会者が笑う。


「予想以上でした?」


「はい」


 ふたばは正直に答えた。


「こんなに来てもらえると思ってなくて」


 会場から温かい拍手が起きた。


 トークコーナーが始まる。


「まずはアルバム発売おめでとうございます!」


「ありがとうございます!」


 四人で頭を下げる。


「アルバムタイトル『NOW I KNOW』の意味を教えてください」


 自然と視線がふたばへ集まる。


「えっ」


 美月が笑う。


「頑張れ」


 ふたばはマイクを握った。


「今ならわかる、という意味です」


 会場が静かになる。


「その時はわからなかったこととか」


「遠回りした意味とか」


「出会った意味とか」


「あとになって少しずつわかることってあると思うんです」


 ふたばは少しだけ笑った。


「この一年、私たちも色んなことがあったので」


「今だから付けられたタイトルかなと思います」


 拍手が起きる。


 少し照れくさかった。


 司会者が次の質問をする。


「今回一番苦労したことは?」


 全員が顔を見合わせる。


「全部」


 れいじが即答した。


 会場が笑う。


「全部ですか?」


「全部です」


「本当に?」


「本当に」


 れいじは真顔だった。


 美月が笑う。


「今回は全員かなり悩みました」


「1stアルバムより大変だったと思います」


 司会者が頷く。


「理由は何でしょう?」


 ふたばが答えた。


「前より欲張りになったからだと思います」


「欲張り?」


「もっといい曲を作りたいとか」


「もっと成長したいとか」


「そういう気持ちが増えたので」


 会場が静かに聞いていた。


 すると、はじめがマイクを持つ。


「だからボツ曲もめちゃくちゃ増えました」


「そうなんですね」


「ちなみに俺は十曲以上出しました」


 おおーという声が上がる。


 美月が即答した。


「全部落ちました」


 会場爆笑。


「おい!」


「そんな言い方ある!?」


「事実だから」


「優しさ!」


 さらに笑いが広がる。


 司会者も笑いながら聞いた。


「ちなみにタイトルは?」


 美月がニヤリとした。


「唐揚げフォーエバー」


 会場大爆笑。


「だから言うなって!!」


 はじめの悲鳴が響く。


 ふたばも笑いを堪えられなかった。


 会場の空気が一気に和む。


 その後、ミニライブが始まった。


 一曲目。


『あの空の向こう側』


 れいじのギターが鳴る。


 会場が静かになる。


 みんな真剣に聴いている。


 その姿を見ただけで胸が熱くなった。


 二曲目。


『Now I Know』


 イントロが流れた瞬間。


 前列の女の子たちが顔を見合わせて笑った。


 知っている。


 待っていてくれた。


 そう思うだけで嬉しかった。


 ふたばは一言一言を大切に歌う。


 今ならわかる。


 その言葉が少しだけ自分自身にも返ってくる。


 三曲目。


『雨上がりの空より』


 アルバム最後の曲。


 優しい余韻が残る。


 最後の音が消える。


 静寂。


 そして大きな拍手。


 歓声。


 ふたばは胸がいっぱいになった。


 ライブ後はサイン会だった。


 長い列ができている。


 直接話せる時間は短い。


 それでも十分だった。


「応援してます!」


「ありがとうございます!」


「ライブ行きました!」


「本当ですか!」


 次々と人がやって来る。


 れいじの前には男性ファン。


「Dark blue最高でした」


「ありがとう」


 少し照れながらサインを書く。


 はじめの前には中学生。


「ドラム始めました!」


「マジか!」


 はじめが目を輝かせる。


「楽しいぞ!」


「はい!」


「でも家で叩きすぎると怒られるぞ!」


「経験者ですか?」


「当然!」


 美月が笑う。


 ふたばの前には女子高生が来た。


 アルバムを大事そうに抱えている。


「Now I Know大好きです」


 ふたばが顔を上げる。


「ありがとう」


「受験で落ち込んでた時に聴いて」


 少女が少し照れながら言う。


「元気出ました」


 ふたばは言葉を失った。


 自分が書いた歌。


 あの日勇気を出してみんなに聞かせた曲。


 それが誰かの力になっている。


「……本当に?」


「はい」


「毎日聴いてます」


 胸が熱くなった。


「ありがとう」


 それしか言えなかった。


 でもそれで十分だった。


 イベントが終わる頃には夕方になっていた。


 外はまだ少し暑い。


 オレンジ色に染まり始めた空を見ながら控室へ戻る。


 全員疲れていた。


 でも笑顔だった。


「楽しかったな」


 はじめが言う。


「うん」


 ふたばも頷く。


「想像以上だった」


 れいじも静かに笑う。


「届いてるんだな」


 その言葉に全員が頷いた。


 自分たちが作った音楽。


 悩みながら作った曲。


 それが誰かの毎日の中にある。


 その実感があった。


 その時だった。


「あ」


 紬がスマホを見ていた。


 全員が振り向く。


「何?」


 はじめが身を乗り出す。


 紬は少しだけ笑った。


「デイリーランキング出ました」


 一瞬で空気が変わる。


「何位!?」


「教えて!」


 ふたばも思わず前のめりになる。


 しかし紬は首を横に振った。


「帰ってからです」


「じらすなー!!」


 はじめの叫び声が響く。


 部屋に笑いが広がる。


 アルバムは発売された。


 イベントも成功した。


 でも本当の勝負はここからだ。


 ふたばは机の上に置かれた『NOW I KNOW』を見つめた。


 この音はどこまで届くのだろう。


 まだわからない。


 でも今日、確かに誰かへ届いた。


 それだけは、今ならわかる気がした。

第86話を読んでいただき、ありがとうございます。


今回は『NOW I KNOW』発売記念イベント回でした。


アルバム制作編が終わり、ようやく作品を届ける段階まで来ました。


ライブももちろん特別ですが、今回のイベントはまた違う意味で特別だったと思います。


目の前にいる人が、自分たちのCDを手に持っている。


自分たちの曲を聴いてくれている。


そして直接、


「好きです」


「毎日聴いています」


と言ってくれる。


音楽をやっている人間にとって、これ以上嬉しいことはないのかもしれません。


そして今回も安定のはじめでした。


十曲以上提出して全滅。


さらに『唐揚げフォーエバー』を暴露される。


本人は大真面目だったのですが、会場的には大成功だった気がします。


一方で、ふたばにとっては忘れられない一日になったと思います。


自分で作った『Now I Know』が誰かを励ましていた。


誰かの支えになっていた。


曲が完成した時とは違う、本当の意味での実感を得られた日でした。


そして最後に出たデイリーランキング。


果たして『NOW I KNOW』はどこまで届いているのか。


次回、その結果が明らかになります。


引き続き応援していただけたら嬉しいです。

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