第84話「僕らの現在地」
第84話です。
ついに、2ndアルバム制作編の集大成です。
曲作りに悩み。
行き詰まり。
映画主題歌制作に追われ。
それでも少しずつ形になっていった音たち。
今回は、そんなアルバムが完成するまでのお話になります。
そして完成した作品のタイトルは――
『NOW I KNOW』
今のFirstDayだからこそ作れた一枚です。
2ndアルバム制作は、気づけば終盤に差しかかっていた。
最初は難航していた。
1stを超えたい。
武道館へ近づきたい。
『この瞬間を忘れない』の次に何を鳴らすのか。
その意識が、全員の肩に重く乗っていた。
けれど、映画主題歌制作をきっかけに、れいじの中で何かが外れた。
ボツになった曲の断片。
使わなかったメロディ。
映画には合わなかったけれど、FirstDayには合いそうな音。
それらが次々とアルバム曲へ変わっていった。
「できた」
れいじが言うたびに、はじめが叫んだ。
「また!?」
「怖いって!」
「どこに隠してたんだよ!」
美月は呆れたように笑う。
「天才ってたまに在庫処分みたいに曲出すよね」
「在庫じゃない」
「じゃあ何?」
「種」
「かっこつけた」
「うるさい」
ふたばも笑いながら、歌詞ノートを開いていた。
今回は、ふたばの言葉もかなり多い。
れいじが作ったメロディに、ふたばが言葉を乗せる。
ふたばが作った曲を、みんなで広げる。
美月が持ち込んだ曲を、バンドで荒く鳴らす。
それぞれの色が、前より自然に混ざるようになっていた。
ただ一人。
はじめだけは、少し不満そうだった。
「なぁ」
「何?」
美月がベースを調整しながら答える。
「俺の曲、結局一曲も入ってなくない?」
部屋が静かになる。
ふたばが気まずそうに視線を逸らした。
紬もノートを見たまま固まる。
れいじは普通に言った。
「今回はな」
「今回はな、じゃないんだよ!」
はじめが立ち上がる。
「俺、十曲以上出したぞ!?」
「そのうち何曲タイトルがまともだった?」
美月が冷静に聞く。
「……タイトルは関係ないだろ」
「『唐揚げフォーエバー』」
「名曲候補だろ!」
「違う」
全員の声が揃った。
「『八百屋のブルース』もあったよな」とれいじ。
「それは実家愛だろ!」
「あと『キャベツは裏切らない』」
紬が思わず吹き出した。
「紬ちゃんまで!」
「す、すみません……」
ふたばも笑いを堪えきれない。
「でも、はじめさんらしくて好きです」
「だろ!?」
「アルバムには入らないけど」
「追い打ち!」
美月が軽く肩を叩く。
「次頑張れ」
「軽い!」
「でも、ドラムは今回めちゃくちゃ良いよ」
その一言で、はじめの表情が少し変わる。
「……ほんと?」
「うん。曲は採用されなかったけど、アレンジはかなり効いてる」
れいじも頷いた。
「前よりリズムが歌を見てる」
「……おお」
はじめは少し照れたように鼻をこする。
「ならいいか」
「単純」
「褒められたら伸びるタイプだから」
部屋に笑いが戻る。
そして、ついに曲順が決まった。
ホワイトボードに、紬が丁寧に書いていく。
一曲目。
『あの空の向こう側』
作詞 ふたば 作曲 れいじ
二曲目。
『Now I Know』
作詞作曲 ふたば
三曲目。
『アイツの暴走』
作詞作曲 美月
四曲目。
『長い旅の途中』
作詞作曲 れいじ
五曲目。
『いくつものかけらたち』
作詞 ふたば 作曲 れいじ
六曲目。
『メビウスの輪』
作詞作曲 美月
七曲目。
『My memories』
作詞作曲 ふたば
八曲目。
『Days』
作詞 ふたば 作曲 れいじ
九曲目。
『明日の君』
作詞 ふたば 作曲 れいじ
十曲目。
『Dark blue』
作詞作曲 れいじ
十一曲目。
『雨上がりの空より』
作詞 ふたば 作曲 れいじ
十一曲。
1stより一曲少ない。
けれど、その分だけ濃い。
「……こうやって並ぶと、アルバムって感じしますね」
ふたばが呟く。
「いや、アルバムなんだよ」
美月が笑う。
「今回、ふたばの言葉多いな」
はじめがホワイトボードを見ながら言った。
「え……ほんとだ」
自分で気づいて、ふたばは少し恥ずかしくなる。
「すみません、なんか……」
「謝ることじゃない」
れいじが言う。
「今のFirstDayに必要な言葉だった」
その一言で、ふたばの胸が少し熱くなった。
レコーディングは、思ったよりも順調に進んだ。
1stの時は、何もかもが初めてだった。
スタジオの空気に飲まれて、ふたばはうまく歌えなくなった。
はじめも張り切りすぎて叩きすぎた。
美月は格好つけすぎてベースが前に出すぎた。
れいじは妥協しなさすぎて空気を冷やした。
今は違う。
全員が、少しだけ自分の立ち位置をわかっていた。
歌を立たせるところ。
暴れるところ。
引くところ。
曲によって変えること。
黒田も佐伯も、その変化に気づいていた。
「上手くなったな」
黒田がミキサー卓の向こうで言った。
「え、俺?」
はじめが自分を指差す。
「全員」
「おお」
「特にはじめ」
「マジで!?」
はじめが立ち上がりかける。
「座れ」
美月に押し戻される。
佐伯も笑った。
「今回は録り直しが少ないです。みんな音の着地点が見えてる感じがします」
「プロっぽい!」
はじめが嬉しそうに言う。
「いやプロなんだよ」
美月が突っ込む。
「まだ慣れないんだよ!」
ふたばもブースの中で笑った。
歌も、以前より怖くなかった。
もちろん難しい曲はある。
『Now I Know』は、音数が少ないぶん、少しの揺れも目立つ。
『雨上がりの空より』は、最後の曲としての大きさが必要だった。
『My memories』は、自分で作った曲だからこそ、感情を乗せすぎると崩れてしまう。
でも、ふたばはもう一人ではなかった。
ガラス越しに、れいじが頷く。
美月が親指を立てる。
はじめが変な顔で笑わせてくる。
紬が静かにメモを取っている。
それだけで、ちゃんと歌えた。
数週間後。
アルバムの最終ミックスが完成した。
DAYBREAK RECORDSの事務所。
全員が集まっていた。
黒田と佐伯もいる。
机の上にはスピーカー。
そして、完成音源。
「じゃあ、通して聴きましょう」
黒田が言った。
誰もふざけなかった。
一曲目『あの空の向こう側』。
広がるようなイントロ。
ふたばの声。
れいじのギター。
2ndアルバムの扉が開く。
二曲目『Now I Know』。
静かで、温かくて、少し切ない。
ふたばはこの曲を聴くたびに、自分の中の何かを見つめ直す気がした。
三曲目『アイツの暴走』。
美月らしい攻撃的な曲。
ライブでやったら間違いなく盛り上がる。
「これ、タイトル私っぽすぎるよね」
「お前が付けたんだろ」
「そうだけど」
小さく笑いが起きる。
四曲目『長い旅の途中』。
れいじの曲。
事故も、ツアーも、ここまでの道も、全部を遠くから見ているような曲だった。
五曲目『いくつものかけらたち』。
ふたばの歌詞が優しい。
バラバラだったものが、少しずつ繋がっていくような曲。
六曲目『メビウスの輪』。
美月のもう一つの顔。
暗くて、艶があって、でも癖になる。
「これ美月さんって感じします」
「褒めてる?」
「褒めてます」
「ならいい」
七曲目『My memories』。
ふたばが一人で書いた曲。
昔の自分。
今の自分。
変わったものと、残っているもの。
少し照れくさくて、ふたばは目を伏せた。
八曲目『Days』。
日々の積み重ねを歌う曲。
派手ではないけれど、アルバムの中で大事な場所にある。
九曲目『明日の君』。
未来へ向かう曲。
はじめのドラムがとても良かった。
「これ俺、採用でよくない?」
「曲は違う」
「まだ言う!?」
十曲目『Dark blue』。
れいじの深い青。
孤独や夜を感じるのに、最後には光が残る。
全員が少し静かになった。
そして最後。
十一曲目『雨上がりの空より』。
ピアノとギター。
ふたばの声。
雨が止んだあとの空。
苦しかった時間を越えて、また歩き出す曲。
音が静かに終わる。
誰もすぐには喋らなかった。
長い沈黙。
「……終わった」
ふたばが小さく言った。
「終わったな」
はじめも呟く。
美月が腕を組む。
「今回、結構いいんじゃない?」
紬が即座に首を振った。
「結構どころじゃないと思います」
その声が少し震えていた。
「すごくいいです」
森も頷く。
「1stとは違うバンドみたいです。でもちゃんとFirstDayです」
高木もタブレットを抱えながら言った。
「これ、反応かなり来ると思います」
黒田は静かに笑っていた。
「いいアルバムになりましたね」
佐伯も頷く。
「音の整理が前よりずっと自然です」
れいじはずっと黙っていた。
みんなの言葉を聞いて、最後に口を開く。
「……1stより好きかも」
一瞬、全員が止まった。
「珍しい」
美月が言う。
「れいじがそういうこと言うの」
「そう?」
「言わないでしょ」
れいじは少しだけ視線を逸らす。
「なんか、今の俺たちって感じする」
その言葉で、ふたばの胸がいっぱいになった。
今の俺たち。
そうだと思った。
事故もあった。
ライブもあった。
テレビもCMもあった。
恋みたいな気持ちに振り回される日もあった。
笑って、悩んで、立ち止まって、それでもまた音を鳴らした。
その全部が、このアルバムに入っている気がした。
紬が一枚の資料をテーブルに置く。
アルバムジャケット案だった。
白い空。
遠くに伸びる道。
小さく立つ四人の影。
そしてタイトル。
『NOW I KNOW』
ふたばはその文字を見つめた。
「……今ならわかる、か」
「まだわかんねぇことばっかだけどな」
れいじが言う。
「深いこと言ってる風」
はじめが茶化す。
「殴るぞ」
「すみません」
笑いが起きる。
でも、その笑いもどこか温かかった。
紬がスケジュール表を開く。
「発売まで、あと一ヶ月です」
その一言で、空気が少し引き締まる。
完成した。
でも、ここで終わりじゃない。
ここから届ける。
そして、その先には武道館がある。
ふたばはジャケットの文字をもう一度見た。
NOW I KNOW。
今ならわかる。
きっと、自分たちはまだ何もわかっていない。
でも。
ここまで来た意味だけは、少しずつわかり始めていた。
第84話を読んでいただき、ありがとうございます。
ついに2ndアルバム『NOW I KNOW』が完成しました。
1stアルバムを作っていた頃は、全員がただ前だけを見て走っていました。
でも今回は少し違います。
成功も経験した。
失敗も経験した。
事故もあった。
立ち止まった時間もあった。
その全部を抱えたまま作ったアルバムです。
だからこそ、前作よりもずっと“今のFirstDayらしい作品”になった気がします。
そして今回は、それぞれの成長も見えるアルバムになりました。
ふたばは作詞だけでなく作曲にも挑戦し、自分の言葉を音にしました。
美月は自分らしい世界観を曲に落とし込みました。
はじめは……残念ながら作曲採用ゼロでした。
でも、ドラマーとしては間違いなく成長しています。
そしてれいじ。
映画主題歌制作で苦しんだからこそ、多くの曲の種が生まれました。
結果的に、その経験がアルバム全体を押し上げることになったのかもしれません。
そして最後の、
「1stより好きかも」
というれいじの言葉。
これが今回のアルバムを一番表している気がします。
売れるかどうか。
評価されるかどうか。
それはまだわかりません。
でも少なくとも、今の彼らは胸を張って届けられる作品を作りました。
次回からはいよいよ発売へ向けて動き出します。
『NOW I KNOW』がどんな景色を見せてくれるのか。
引き続き応援していただけたら嬉しいです。




