第81話「言えなかった言葉」
第81話です。
『Now I Know』の先行配信も始まり、少しずつ反応が広がり始めたFirstDay。
ただ、2ndアルバム制作は思っていたよりも簡単ではありません。
前作を超えたい。
もっといい曲を作りたい。
武道館へ近づきたい。
想いが強くなった分だけ、迷うことも増えていきます。
そして今回、れいじは初めて“映画主題歌”という新しい壁に向き合います。
『Now I Know』先行配信から一週間。
DAYBREAK RECORDSの事務所は、以前より少しだけ騒がしくなっていた。
壁のホワイトボードには数字やスケジュールが増えている。
配信順位。
SNSフォロワー数。
動画再生数。
そして中央には大きく書かれていた。
『2nd Album』
その下には誰かの字で、
『頑張れ俺たち』
と書かれている。
「これ絶対はじめだろ」
美月が言った。
「違う」
「絶対お前」
「違うって!」
「いやお前以外書かねぇ」
いつものやり取り。
でも、その空気の中で紬はパソコン画面を見ながら言った。
「『Now I Know』、かなりいい感じです」
全員が振り向く。
「ランキングは?」
「爆発的ではないです」
少し間。
「でも安定して伸びてます」
画面を見せる。
「配信開始から毎日増えてます」
「へぇ」
はじめが近づく。
「すごくね?」
「タイアップ無しでこれはかなり良い方です」
ふたばは少しだけ安心した。
正直、不安だった。
『この瞬間を忘れない』はCMがあった。
今回は曲だけ。
純粋に聴いてもらえるかどうか。
でも数字以上に嬉しかったものがあった。
SNS。
『今ならわかるって歌詞泣いた』
『帰り道で聞いたら危険』
『なんか優しい』
『前向ける』
そんな言葉が並んでいた。
ふたばは静かに笑う。
「届いてるんですね」
「届いてる」
れいじが短く言った。
それだけだった。
でも十分だった。
その一方で。
アルバム制作は思った以上に難航していた。
美月の曲は少しずつ形になってきている。
ロック色が強くて、でもどこか感情的な曲。
はじめもアイデアは大量だった。
ただ。
「これ何の曲?」
「わからん」
「わからんのかい!」
そんな状態だった。
そして、一番苦しんでいるのはれいじだった。
映画主題歌。
初めての書き下ろし。
脚本は届いている。
何回も読んでいる。
でも。
「……」
れいじは机の上の脚本を見たままだった。
ギターは横にある。
ノートも開いている。
でも何も書いていない。
「珍しいですね」
紬が言った。
「れいじさんが止まるの」
「……映像が見えない」
静かに言う。
「え?」
「脚本だけだと、わかんないな」
全員が少し黙る。
れいじは続けた。
「映画ってたぶん曲だけじゃない」
「景色とか空気とか、間とかあるだろ」
「そこが見えない」
その日の夜。
黒田から連絡が入った。
『現場来る?』
翌日。
紬とれいじは映画制作現場へ来ていた。
都内スタジオ。
広い。
人が多い。
カメラ。
照明。
スタッフ。
そして撮影中のシーンをモニターで見せてもらう。
青春映画だった。
高校三年。
卒業前。
友達以上恋人未満。
そんな二人の物語。
「……」
れいじは何も言わなかった。
ただ見ていた。
場面が変わる。
夕方。
学校の屋上。
風が吹いている。
女の子が笑う。
『また明日ね』
男の子も笑う。
『また明日』
でも。
そのあとで説明が入る。
翌日、女の子は転校する。
本当は言いたかった。
でも言えなかった。
好きだった。
でも言えなかった。
ただ。
『また明日』
だけだった。
「……」
れいじが止まる。
「れいじさん?」
紬が見る。
「……いや」
静かだった。
「なんでもない」
でも。
何か引っかかっていた。
言えなかった言葉。
伝えられなかったこと。
帰り道。
車の中。
れいじは窓の外を見ていた。
珍しく喋らない。
夜。
三階のリビング。
ふたばだけがいた。
「あれ?」
「お疲れ様です」
れいじはソファへ座る。
「どうでした?」
「映画」
「……難しいな」
珍しく弱音だった。
少しして。
れいじが聞いた。
「ふたばなら何て言う?」
「え?」
「最後の日」
「好きな奴と別れるとしたら」
「何て言う?」
ふたばが固まる。
「えっ」
「えっ!?」
「な、なんですか急に!」
「いいから」
「えぇ……」
少し考える。
本当に考える。
そして。
「……またね」
「え?」
「嘘でも言うかも」
れいじが止まる。
「会えなくても」
「会えるかわからなくても」
「またねって言った方が……少しだけ救われる気がするから」
静かになる。
「……」
「れいじさん?」
れいじは急に立ち上がった。
ノートを取る。
ペンを走らせる。
「れ、れいじさん?」
止まらない。
何かが繋がったみたいだった。
「……またね、か」
小さく呟く。
ふたばは隣から覗き込む。
「ダメでした?」
れいじは少し笑った。
「いや」
ギターを取る。
コードを鳴らす。
静かなメロディ。
少し切ない。
でも温かい。
「……来たかも」
ふたばは少し笑った。
窓の外。
冬の夜空の向こうで、街の光が静かに揺れていた。
言えなかった言葉が。
少しずつ、音になろうとしていた。
第81話を読んでいただき、ありがとうございます。
今回は、『Now I Know』の広がりと、映画主題歌制作の始まりを描いた回でした。
『Now I Know』は大ヒットという形ではありませんでしたが、確実に誰かへ届き始めています。
数字だけじゃなく、
「帰り道に聴いた」
「泣いた」
「前を向けた」
そういう言葉は、ふたばにとってかなり大きかったと思います。
そして今回は、珍しくれいじが苦戦していました。
これまでのれいじは、自分の感情や経験をそのまま音にしてきました。
でも映画主題歌は、自分のためだけじゃなく、“誰かの物語”を背負う曲になります。
初めてだからこそ、難しい。
そして最後の、
「またね」
という言葉。
言えなかったこと。
伝えたかったこと。
たった三文字なのに、すごく重い言葉だった気がします。
この言葉が、これからどんな曲になっていくのか。
次回も引き続きよろしくお願いします。




