第79話「君の音」
第79話です。
今回は、2ndアルバム制作編の中でも少し特別な回になります。
何気ない一言から始まり、少しずつ形になっていく音。
完成された曲ではなく、まだまだ未完成の“種”の状態。
でも、そういう小さなきっかけが思いもよらない場所へ繋がることもあります。
そして今回は、ふたばが少しだけ勇気を出します。
ふたばが閃いた夜から数日が過ぎていた。
DAYBREAK RECORDSの事務所では、相変わらず2ndアルバムのアイデア出しが続いていた。
ホワイトボードには曲名ではなく、言葉だけが増えていく。
『帰り道』
『明日』
『再出発』
『不安』
『会いたい』
『冬の匂い』
曲になる前の言葉たち。
その中で、ふたばだけが妙に落ち着かなかった。
「……」
ノートを抱えたまま、何度も開いて閉じる。
「……」
また開く。
「……」
閉じる。
その様子を、美月はずっと見ていた。
「何その顔」
「えっ?」
「完全に何か隠してる顔」
「そ、そんなことないですよ」
「嘘」
即答だった。
ふたばが目を逸らす。
「なんかあるんでしょ」
「……」
数秒沈黙。
そして観念したように小さく言った。
「……ちょっとあります」
はじめが反応する。
「おっ?」
「何?」
「曲?」
ふたばの顔が一気に赤くなった。
「いや……曲っていうか……」
「まだ全然なんですけど」
「下手だし」
「ギターも変だし」
「歌詞も途中だし」
「じゃあ曲じゃん」
はじめが笑った。
逃げ道がなくなった。
「……笑わないでくださいね」
ふたばが小さく言う。
れいじも顔を上げた。
「大丈夫、ちゃんと聞く」
その一言で、部屋が少し静かになる。
ふたばはギターを手に取った。
まだ少し慣れない。
コードを押さえる指もぎこちない。
深呼吸。
「ほんとに下手ですからね……」
「早くー」
「冷たい!」
はじめが笑った。
そして。
ふたばはゆっくり弾き始めた。
最初は本当に小さかった。
ギターも少し危なっかしい。
でも。
歌い始めた瞬間、空気が少し変わった。
静かな曲だった。
派手さはない。
難しいメロディでもない。
帰り道。
今日が終わっていくこと。
少しの寂しさ。
でも、その先に明日があること。
そんな曲だった。
ふたば自身みたいな曲だった。
声も最初は少し震えていた。
でも途中から、不思議なくらい自然になっていた。
最後のコードが鳴る。
静かになる。
「……」
「……」
「……」
誰も何も言わない。
ふたばの顔色が変わる。
「や、やっぱ変でした!?」
「ごめんなさい!」
「まだ全然で!」
「いや」
れいじだった。
ふたばが止まる。
れいじは少しだけ考えるような顔をしていた。
「……これ」
静かに言った。
「化けるかもしれない」
一瞬。
ふたばの思考が止まった。
「……え?」
「え?」
なぜかはじめまで同じ顔をする。
美月が先に口を開いた。
「ちょっと待って」
「嘘でしょ」
「めっちゃいいじゃん」
「え?」
「いや、これ」
美月は少し真面目な顔になる。
「これは歌を立たせた方がいい」
ふたばが瞬きする。
「歌?」
「ベース遊ばない方がいいな」
「余計なことしない」
「歌を前に出した方が絶対いい」
BLACK NOVAを見た時の話を思い出す。
ふたばは少し驚いた。
「……あ」
美月は気づいていた。
「私も同じこと思った」
はじめも頷く。
「俺もドラム引く」
「最初はシンプル」
「サビだけ爆発したい」
「絶対気持ちいいぜ」
ふたばは何が起きてるのか追いついていなかった。
ほんの数日前まで、ノートに書いていただけの言葉だった。
それを今、みんなが真剣に話している。
れいじはギターを持った。
「コード少し変える」
「ここ」
軽く弾く。
「うわ」
ふたばが思わず声を出した。
景色が変わった。
さっきまで自分の部屋で弾いていた曲が、一気に広がった。
「あと」
れいじが言う。
「これキーボード欲しいな」
「キーボード?」
「うん」
少し考える。
「空間欲しい」
「冬の空気みたいなやつ」
「……なんかわかる」
ふたばが頷く。
はじめが急に言った。
「そういえば」
「黒田さん鍵盤できたよな」
一瞬静かになる。
「あ」
美月が言った。
「そうだった」
れいじがスマホを取る。
「聞いてみるか」
「早っ」
「今?」
「今」
数秒後。
「もしもし」
黒田だった。
れいじは説明する。
新曲。
キーボード。
デモ送る。
短い会話。
電話が終わる。
「何て?」
ふたばが聞いた。
れいじは少し笑った。
「送れって」
「あと」
「面白そうだって」
数日後。
都内某スタジオ。
広いレコーディングルーム。
黒田と佐伯も来ていた。
ふたばは少し緊張していた。
黒田は椅子に座りながら笑う。
「送られてきた時びっくりした」
「……え?」
「誰が作ったかわからなかった」
ふたばが固まる。
「悪い意味じゃない」
「いい意味」
黒田はキーボードの前に座る。
「面白い曲作ったな」
軽く音を鳴らす。
透明な音。
柔らかい音。
一瞬で景色が広がった。
冬の空気が流れ込んできたみたいだった。
全員静かになる。
黒田は少し笑った。
「これ……」
少し間を置く。
「下手したら」
全員が見る。
「アルバムの中心になるぞ」
空気が止まる。
ふたばだけが固まっていた。
「……え?」
信じられなかった。
でも。
目の前では、自分の小さな音が、少しずつ大きくなり始めていた。
第79話を読んでいただき、ありがとうございます。
今回は、ふたばの曲が初めて本格的に動き出した回でした。
これまでのふたばは、
歌う側。
支える側。
誰かの曲に気持ちを乗せる側。
そんな立場が強かったと思います。
でも今回は違いました。
自分の中にあった言葉や景色が、初めて音になって、それをみんなが受け取ってくれた。
しかも、それぞれが自然にアイデアを出し始める。
ここはFirstDayらしさが出た場面かなと思います。
そして、れいじの「化けるかもしれない」。
かなり珍しい反応でした。
自分で作った曲ではないからこそ見えたもの。
ふたば自身もまだ気づいていない魅力を、れいじは先に見つけたのかもしれません。
さらに黒田の、
「アルバムの中心になるかもしれない」
という言葉。
まだ何も完成していません。
でも、音楽はこういう小さな瞬間から大きく変わることがある。
そんな始まりの回でした。
引き続き応援していただけたら嬉しいです。




