第78話「届かない背中」
第78話です。
今回は少し視点を広げて、FirstDay以外のバンドたちの“今”を描く回になります。
同じ時期に走り始めたライバル。
少し先を走る存在。
そして、まだ届かない大きな背中。
音楽の世界は、自分たちだけで動いているわけじゃない。
そんなことを改めて感じる回です。
年明けから数日。
DAYBREAK RECORDSの事務所では、2ndアルバム制作が少しずつ動き始めていた。
まだ曲として完成しているものはない。
メロディの欠片。
歌詞の一行。
スマホに録音された鼻歌。
そんな“種”が少しずつ増えている段階だった。
れいじはギターを抱え、ノートを開きっぱなしにしていた。
はじめはドラムパターンを机で叩いている。
美月はベースを触りながら何か考えていた。
ふたばも歌詞ノートと睨めっこしている。
けれど。
「ダメだー!」
はじめが急に叫んだ。
「出てこねぇ!」
「うるさい」
美月が即答する。
「いや、れいじが普通に曲作りすぎなんだって!」
「なんで正月休みで曲増えてんだよ!」
れいじは顔も上げない。
「知らん」
「絶対音楽の神様ズルしてる」
「意味わからん」
ふたばは思わず笑った。
すると紬がスマホを見ながら言う。
「あ、そういえば」
「ん?」
「今日ルミナスのライブですね」
一瞬、ふたばが顔を上げた。
「ルナちゃんたち?」
「はい」
画面にはライブ告知が出ている。
都内ライブハウス。
キャパ三百。
ソールドアウトの文字。
「へぇ……」
ふたばは少し笑った。
「頑張ってるんだな」
場面は変わる。
ライブハウス。
照明が揺れる。
歓声。
ステージの中央にはルナが立っていた。
汗を流しながら歌っている。
Luminous。
FirstDayとほぼ同じ時期にデビューしたガールズバンド。
大ヒットはまだない。
でも確実に前へ進んでいた。
ライブが終わる。
楽屋。
「今日満員だったね!」
メンバーの一人が笑う。
「嬉しい!」
ルナはタオルで汗を拭きながら笑った。
「少しずつ増えてるね」
「でも」
少しだけ真剣な顔になる。
「まだ足りない」
スマホを見る。
そこにはFirstDayの記事。
CM。
テレビ出演。
ランキング入り。
ルナは少し笑った。
「負けないからね」
静かだった。
でも本気の声だった。
その夜。
三階のリビング。
ふたばと美月はテレビの前にいた。
れいじたちは事務所で作業中。
二人だけだった。
「今日なんか出るんでしたっけ」
「神崎翼」
「BLACK NOVAか」
テレビでは音楽番組が始まっていた。
しかもゴールデン。
全国放送。
「すご」
ふたばが小さく呟く。
「ゴールデンかぁ」
美月はポテチを食べながら言う。
「金かかってそう」
少し笑う。
でも。
BLACK NOVAの名前が呼ばれた瞬間、空気が変わった。
歓声。
炎の演出。
巨大なステージ。
照明。
観客の熱量。
そして中央に立つ神崎翼。
以前ライブハウスで会った時とは、何かが違った。
圧倒的だった。
イントロが鳴る。
ドラム。
ギター。
ベース。
全部が綺麗に噛み合う。
そして神崎翼が歌い出す。
一瞬で空気が変わる。
「……」
ふたばは喋れなかった。
上手い。
とか。
すごい。
じゃない。
何か違う。
曲が進む。
サビ前。
ふたばが少し目を見開く。
「……あ」
美月が振り向く。
「ん?」
「そうか」
「何?」
ふたばはテレビを見たまま言った。
「サビ前……」
「全部引いてる」
「え?」
「ドラムもギターもベースも」
「歌を前に出してる」
美月は画面を見る。
確かにそうだった。
音数は減っている。
でも。
その分だけ歌が強く入ってくる。
サビ。
爆発する。
鳥肌が立った。
「……すげぇ」
ふたばは小さく呟く。
前の自分なら、ただ「上手い」で終わっていた。
でも今は違う。
どうしてそう聞こえるのか。
どうして感情が動くのか。
少しだけ見えるようになっていた。
ふたばは思った。
自分も少し成長してるんだ。
隣で美月は笑っていた。
「うわー」
「やっぱ派手だな」
「金かかってんなぁ」
いつも通りの顔。
いつも通りの声。
でも。
ふたばは気づいた。
ポテチを持つ手が止まっている。
美月は小さく言った。
「……やっぱ化け物だな」
その声だけ少し違った。
笑っていなかった。
BLACK NOVA。
今、一番勢いのあるバンド。
その背中はまだ遠い。
テレビが終わる。
少し静かになる。
ふたばは何も言わなかった。
そのまま立ち上がる。
「ん?」
美月が見る。
ふたばはテーブルの上のノートを開いた。
ペンを持つ。
頭の中で、れいじの言葉が浮かぶ。
『武道館行くなら、誰でも知ってる曲が欲しい』
そして今見たもの。
歌を前に出す。
感情を届ける。
「……そうか」
美月が首を傾げる。
「何?」
ふたばは少し笑った。
「思いついたかも」
「え?」
ふたばはノートへ一気に書き始める。
さっきまで何も出なかったのに。
今は言葉が止まらない。
窓の外。
冬の夜景が広がっている。
届かないと思っていた背中。
でも、その背中を見たからこそ、新しい何かが見えた気がしていた。
第78話を読んでいただき、ありがとうございます。
今回は、ライバルたちの現在を描いた回でした。
Luminousは着実に前へ進んでいる。
大ヒットはまだないけれど、一歩ずつ確実に積み上げているバンドです。
そしてBLACK NOVA。
以前のふたばなら、
「すごい」
「上手い」
だけで終わっていたかもしれません。
でも今は違います。
なぜ感動したのか。
なぜあの瞬間に鳥肌が立ったのか。
少しずつ、それを理解できるようになってきました。
これは技術だけじゃなく、“音楽を作る側”になったからこその成長なのかもしれません。
そして美月。
いつも通りふざけているように見えて、ちゃんと焦りも感じています。
ライバルの存在は、自信をくれることもあれば、不安を連れてくることもある。
でも、そういう感情も全部含めて前へ進む力になるんだと思います。
そして最後。
ふたばが思いついたものは何なのか。
次回から、2ndアルバム制作がさらに動き始めます。
引き続き応援していただけたら嬉しいです。




