第77話「音の種」
第77話です。
新年を迎え、少しだけゆっくり流れていた時間も今日で終わりです。
年末年始、それぞれが違う時間を過ごしたFirstDayのメンバーたち。
少し遅めの新年会……のはずが、やっぱりこの人たちは音楽の話になると止まりません。
今回から、2ndアルバム制作編が本格スタートです。
新しい音。
新しい夢。
そして、新しい“音の種”。
年が明けた。
街にはまだ正月の空気が残っている。コンビニには福袋の文字が並び、駅前には初売りのポスターが貼られていた。少しだけ、時間の流れがゆっくりに感じる。
けれど、その空気も今日までだった。
三階のリビング。
久しぶりに、FirstDayのメンバーと紬が集まっていた。
テーブルの上には、みかん。お菓子。ポテトチップス。そしてなぜか大量の餅。
「明けましておめでとうございます!!」
はじめの声が部屋いっぱいに響いた。
「うるさい」
美月が即答する。
「新年なんだからテンション上げろよ!」
「朝からそのテンションは無理」
「もう昼だぞ」
「昼でも無理」
ふたばは笑いながらお茶を配った。
「明けましておめでとうございます」
紬も小さく頭を下げる。
「今年もよろしくお願いします」
れいじはソファにもたれたまま、片手を軽く上げた。
「……おめでとう」
「なんか雑!」
はじめがすぐ突っ込む。
「寝起きだから」
「今昼ですよ?」
ふたばが思わず笑う。
相変わらずだった。
事故があり、ツアーがあり、テレビ出演があり、CMがあり、ランキングにも入った。去年の後半は、まるで現実ではないみたいな日々だった。
それでも、こうして三階のリビングに集まると、少しだけ昔に戻ったような気がする。
「みんな、年末年始は何してたんですか?」
ふたばがみかんを剥きながら聞く。
「俺?」
はじめが胸を張る。
「正月は戦争だった」
「……戦争?」
「弟と妹の相手」
「あー……」
ふたばはすぐ納得した。
はじめは五人兄弟の長男だ。しかも実家は商店街の八百屋。正月に静かなわけがない。
「親戚まで大量に来るからな。お年玉渡したと思ったら鬼ごっこして、気づいたら肩車してて、そのあと店手伝って……」
「大変そう」
「小学生組が元気すぎるんだよ。体力無限」
「お前もそっち側でしょ」
美月が笑う。
「俺、二十八だぞ!?」
「精神年齢の話」
「ひどくない!?」
みんなが笑う。
はじめは少し照れくさそうに頭を掻いた。
「でもさ、テレビ見たってみんな騒いでたな」
「兄ちゃんテレビ出てる!って?」
「そうそう。親父も店で客に自慢してたらしい」
「かわいい」
「やめろ。俺が恥ずかしい」
美月は肩をすくめる。
「私は寝てた」
「それだけですか?」
「あと飲んでた」
「でしょうね」と紬。
「紬まで冷たい」
「事実なので」
美月はみかんを一つ取る。
「まあ、久しぶりに何もしない日があったから、それはそれでよかったよ」
紬は少し笑った。
「私は家族と旅行に行ってきました。久しぶりだったので」
「いいなぁ」
ふたばが言う。
「ふたばさんは奈緒さんと温泉でしたよね?」
「うん。草津に行ってきた」
「サイン求められたんだって?」
美月がニヤリとする。
「言わないでください……」
「サイン考えた?」
「まだです……」
「早く作っときな。次はもっと来るよ」
その言葉に、ふたばは少し照れながらも頷いた。
そして全員の視線が、れいじへ向いた。
「れいじさんは?」
「寝てた」
即答だった。
「嘘です」
紬が冷静に言う。
「この人、普通に曲作ってました」
一瞬、部屋が静かになる。
「……え?」
ふたばが振り返る。
「マジ?」
はじめも目を丸くする。
れいじは少し視線を逸らした。
「暇だったし」
「暇で曲できるの意味わからん」
美月が呆れる。
ふたばは少し笑った。
やっぱりこの人は、こういう人だ。
テレビでは箱根駅伝の特集が流れていた。誰かが走り、誰かが応援している。その映像を何となく見ながら、部屋には正月らしいゆるい空気が流れていた。
けれど突然、れいじが立ち上がる。
「……で」
一気に空気が変わった。
「仕事するか」
「うわ出た」
はじめが嫌そうな顔をする。
「休み終了のお知らせ」
れいじはホワイトボードの前へ行き、ペンを取った。
大きく書く。
『2nd Album』
その文字を見た瞬間、ふたばの背筋が少し伸びた。
始まる。
次が。
「今回は全部新曲でいく」
れいじが振り返る。
全員の表情が変わった。
「過去の完成品はいらない。メロディだけでもいい。歌詞一行でもいい。リズムだけでもいい。面白いと思ったものはなんでもいい」
「前と同じ感じか?」とはじめ。
「近い。でも前より自由にやりたい」
「セッションで作るのもあり?」
「あり」
美月が少し楽しそうな顔をする。
「ラフな歌詞もあり?」
ふたばが聞く。
「あり。詰めは全員でやる」
紬がノートを開く。
「制作期間は?」
「まず一ヶ月で種を集める」
れいじはペンを走らせる。
「そこから選んで、膨らませる。今回はアルバム全体で流れを作る」
「テーマは?」
美月が聞く。
れいじは少し考えた。
「RESTART」
その言葉に、部屋が静かになる。
「事故もあった。止まった時期もあった。でも戻ってきた」
れいじは続ける。
「今年は、そこから先に行くアルバムにしたい」
ふたばはその言葉を胸の中で繰り返した。
RESTART。
再出発。
たしかに今のFirstDayに合っている。
「あと」
れいじの表情がさらに真剣になる。
「武道館に行くなら、ヒット曲が欲しい」
誰もすぐには喋らなかった。
武道館。
TOKYO STAGE ONEで口にした夢。
でも今は、それがただの夢ではなくなっている。
「誰でも知ってる曲が欲しい」
れいじは言う。
「もちろん狙って作れるほど簡単じゃない。でも狙わないと届かない」
はじめは小さく息を吐いた。
「……急に重いな」
「重い話してるからな」
美月が笑う。
「でも、嫌いじゃない」
紬も頷く。
「次のアルバム、かなり大事になりますね」
「だから全員で作る」
れいじは言った。
「誰か一人の才能じゃなくて、今のFirstDayで作る」
その言葉は、事故前のれいじからは少し変わっていた。
昔のれいじなら、自分で作ればいいと言ったかもしれない。
でも今は違う。
みんなで作る。
ふたばはそれが少し嬉しかった。
「じゃあまず聞かせろよ」
はじめが身を乗り出す。
「何を?」
「正月作ってたやつ」
「ああ」
れいじはギターを手に取った。
ソファに座り、軽くチューニングする。
部屋が静かになる。
そして、音が鳴った。
柔らかい音だった。
でも少し切ない。
冬の夕方、駅から家まで歩く帰り道みたいな音。
白い息。
街灯。
手袋の中で冷えた指。
それでもどこか温かい。
まだ形にはなっていない。
歌詞もない。
でも、景色だけははっきり見えた。
れいじが弾き終わる。
少しの沈黙。
「……なんか」
ふたばが最初に口を開いた。
「冬の帰り道みたいです」
「それ、私も思った」と紬。
「雪降ってそう」とはじめ。
「いや、夕方でしょ。オレンジの空」と美月。
「サビで一気に広がりそう」
ふたばが続ける。
「帰り道なんだけど、寂しいだけじゃなくて……明日も頑張ろうみたいな」
れいじは黙って聞いていた。
「……なるほど」
メモを取る。
「ドラムは最初控えめでいいな」
はじめがテーブルを軽く叩く。
「途中からこう入る感じ」
タ、タン。タタ、タン。
「それならベースはこうかな」
美月がベースを手に取る。
低い音が部屋に混ざる。
まだ曲じゃない。
でも、少しずつ形が見え始める。
「歌詞は……」
ふたばはノートを開いた。
ペンを持つ。
「“帰り道”って言葉は入れたいかも」
「そのまますぎない?」
美月が笑う。
「でも、わかりやすいのも大事じゃない?」
「たしかに」
紬がメモを取る。
「テーマが伝わりやすいですね」
気づけば、全員が好き勝手に言い始めていた。
「ここで転調したら?」
「やりすぎ」
「いや、ライブなら絶対上がる」
「サビ前、無音にしたい」
「怖っ」
「でも面白い」
笑い声。
音。
アイデア。
部屋が一気に騒がしくなっていく。
れいじはその中心で、ペンを走らせていた。
ふたばはそれを見ながら、少しだけ胸が熱くなった。
また始まった。
何もないところから、みんなで音を作っていく時間。
バンドを始めた頃は、ただ必死だった。
今は少し違う。
この時間そのものが、楽しい。
ふたばはノートに小さく書いた。
『帰り道。明日。もう一度。』
まだ歌詞ではない。
でも、確かに音の種だった。
窓の外では、冬の空が少しずつ夕焼けに変わっていく。
正月のゆるい空気は、もうどこかへ消えていた。
FirstDayはまた、新しい音へ向かって動き始めていた。
第77話を読んでいただき、ありがとうございます。
今回は2ndアルバム制作の始まりを描いた回でした。
年が変わっても、三階のリビングの空気はあまり変わりません。
騒がしいはじめ。
マイペースな美月。
真面目な紬。
そして相変わらずのれいじ。
でも、変わった部分も確かにありました。
以前のれいじなら、自分一人で抱え込んでいたかもしれません。
けれど今は、
「みんなで作る」
そう自然に言えるようになっています。
事故やツアー、たくさんの経験を経て、FirstDayは“個人の集まり”から“バンド”になってきたのかもしれません。
そして今回のテーマは「RESTART」。
止まりかけた時間を越えて、その先へ進むためのアルバム。
まだメロディも、歌詞も、ほんの小さな欠片です。
でも音楽って、案外こういう何気ない一言から始まるのかもしれません。
次回から、少しずつ2ndアルバムの形が見え始めます。
引き続き応援していただけたら嬉しいです。




