第76話「変わった日常」
第76話です。
今回は少しだけ立ち止まる回になります。
ツアーを走り切り、気づけば年末。
初ライブ。
メジャーデビュー。
事故。
復帰。
CM。
テレビ出演。
この一年で、FirstDayもふたば自身も、本当にたくさんのことを経験しました。
束の間の休日。
久しぶりに奈緒との温泉旅行へ向かいます。
気づけば、年末だった。
街にはイルミネーションが増え、コンビニへ入ればクリスマスソングが流れている。
寒い空気の中にも、どこか浮き足立った空気があった。
DAYBREAK RECORDSの事務所。
夕方。
今日は珍しく静かだった。
ツアーが終わり、仕事も年末モードへ入っている。
来年からは2ndアルバム制作が本格的に始まる。
だから今は、束の間の休みだった。
ふたばは一人、ソファに座りながらスマホを眺めていた。
画面には写真が並んでいる。
ライブ。
スタジオ。
打ち上げ。
CM撮影。
事故後の復帰ライブ。
そしてTOKYO STAGE ONE。
一枚一枚見ていくたびに、胸の奥が少しずつ熱くなる。
「……濃すぎない?」
思わず笑ってしまう。
一年前。
自分はただの普通の女の子だった。
彼氏に振られて。
落ち込んで。
友達に誘われて、たまたまライブハウスへ行った。
そこで、れいじに出会った。
もしあの日ライブへ行かなかったら。
もし、あの日声をかけられていなかったら。
今頃何をしていたんだろう。
「……一年前の私に言っても信じないな」
プロになってるよ。
テレビ出てるよ。
CM出てるよ。
そんなこと言ったら絶対笑われる。
スマホが鳴った。
【奈緒】
『温泉楽しみすぎるんだけど!』
ふたばは思わず笑った。
『あと三十分で駅着く!』
そう。
今日は奈緒との旅行だった。
久しぶりの完全プライベート。
場所は草津。
奈緒が「温泉行こう!」と勢いで決めた旅行だった。
数時間後。
「うわぁぁ!」
奈緒が叫ぶ。
「寒っ!」
「雪すごい!」
草津の温泉街は、東京とは全く違う冬の景色だった。
白い息。
湯気。
雪が少し積もった道。
浴衣姿の観光客。
なんだかドラマの世界みたいだった。
「これこれ!」
奈緒は完全にテンションが上がっていた。
「旅行って感じする!」
ふたばも自然と笑う。
食べ歩き。
温泉まんじゅう。
串焼き。
甘酒。
久しぶりに仕事を忘れて、ただ楽しんでいた。
「なんか久しぶりだね」
奈緒が言う。
「こういうの」
「うん」
「最近忙しかったもんね」
ふたばは頷いた。
忙しかった。
でも嫌じゃなかった。
毎日があっという間だった。
歩きながら奈緒が言う。
「なんかさ」
「ん?」
「最近、芸能人みたいになったよね」
「え?」
「テレビ出るし、CM出るし」
「いやいや!」
ふたばは慌てる。
「全然だよ!」
「でもさ」
奈緒は笑った。
「なんか遠い人になっちゃったな」
一瞬。
ふたばの足が止まる。
「そんなことないよ」
すぐ答えた。
「私は私だし」
「ならいいけど」
奈緒は笑った。
でも、その言葉は少しだけ胸に残った。
夜。
温泉街を歩いていた時だった。
「……あれ?」
後ろから声がした。
高校生くらいの女の子二人組。
こっちを見ている。
「え、うそ」
「えっ?」
ふたばは少し固まった。
二人は近づいてくる。
「もしかして……」
「FirstDayのふたばさんですか?」
頭が真っ白になった。
「……え?」
「やっぱり!」
「うそ、ほんとだ!」
ふたば完全停止。
奈緒は横でニヤニヤしている。
「ほら来た」
「え、えっ」
「いつも聴いてます!」
「『この瞬間を忘れない』めっちゃ好きです!」
ふたばの頭が追いつかない。
テレビの向こうの話だと思っていた。
まさか旅行先で。
しかも草津で。
「サインください!」
「……サイン?」
「はい!」
「……ごめんなさい、ないです」
「え?」
「サイン考えてないんです」
沈黙。
奈緒が吹き出した。
「作っときなさいよ!」
「だって普通考えないじゃん!」
結局。
スマホケースの裏に、人生初のサインを書いた。
ものすごく下手だった。
「ありがとうございます!」
「応援してます!」
二人が去っていく。
ふたばはしばらくその場から動けなかった。
「……」
「……」
奈緒が笑う。
「すごいじゃん」
「……なんか」
ふたばは遠くを見る。
「変な感じ」
今まで画面の向こうだった。
芸能人の話だと思っていた。
でも違う。
少しずつ。
本当に少しずつ。
自分たちの音楽が届き始めている。
旅館の夜。
露天風呂。
雪が静かに降っていた。
ふたばは空を見上げる。
スマホが鳴る。
【FirstDay】
れいじ:
『正月明けから曲作り始める』
はじめ:
『休み終わったぁぁ』
美月:
『寝る』
紬:
『集合時間は後で送ります』
ふたばは思わず笑った。
結局、いつもの空気だ。
変わったこともたくさんある。
でも変わっていないこともある。
それが少し嬉しかった。
白い息が空へ消えていく。
今年は人生が変わった一年だった。
そしてきっと。
来年はもっと変わる。
ふたばは静かに空を見上げた。
「……頑張ろう」
小さく呟いた言葉は、冬の夜空へ静かに溶けていった。
第76話を読んでいただき、ありがとうございます。
今回は“変わった日常”をテーマにした回でした。
ここ最近はライブ、ツアー、CM、テレビ出演と、かなり大きく物語が動いていたので、一度ゆっくり息をつくような時間を入れてみました。
ただ、何も起きていないようでいて、ふたばにとってはかなり大きな回だったと思います。
一年前は普通の女の子だったふたば。
そんな彼女が、旅行先で声をかけられて、サインを求められる。
それは“売れた”というより、“誰かに届いている”ことを実感した瞬間だったのかもしれません。
そして奈緒の、
「遠く行っちゃいそう」
という言葉。
ふたば自身は否定しましたが、少しだけ胸に残る言葉でもありました。
変わっていくもの。
変わらないもの。
その両方を抱えながら、FirstDayは次のステージへ向かいます。
そして次回からは、2ndアルバム編が本格始動です。
引き続き応援していただけたら嬉しいです。




