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第73話「DAYBREAK RECORDS」

第73話です。


今回は、FirstDayが“本当にプロの世界へ入っていく瞬間”を描いた回になります。


ツアーの合間。

増え続ける仕事。

そして、初めての企業案件。


さすがに三階のリビングでは対応できなくなり、DAYBREAK RECORDSとしての“事務所”が動き始めます。


少しずつ景色が変わっていく回です。

ツアー再開から二週間。


 FirstDayは、以前とは違う速度で動き始めていた。


 ライブハウスの客は明らかに増えている。


『この瞬間を忘れない』も、配信ランキングで少しずつ順位を上げていた。


 急激な大ヒットではない。


 でも、確実に広がっている。


 ライブ終わりに客が口ずさんでいる。


 SNSに動画が上がる。


「最近FirstDay来てる」


 そんな言葉を見かけることも増えた。


 そして今。


 三階のリビングでは、紬のスマホが鳴り止まなくなっていた。


「はい、DAYBREAK RECORDSです」


 通話しながらメモを取る。


 パソコンにはスケジュール表。


 横にはライブ資料。


 完全に仕事部屋みたいになっている。


 ふたばはその姿を見ながら、小さく呟いた。


「……すごいなぁ」


「紬、完全に仕事人間になったよな」


 はじめが感心する。


「いや、実際やばいですよ」


 紬は苦笑した。


「問い合わせ増えすぎて頭追いついてません」


 そこへまた着信。


「はい、失礼します」


 紬が別室へ行く。


 美月はソファでベースを抱えながら笑った。


「三階リビング、限界きてるね」


 全員が少し黙る。


 実際、その通りだった。


 ここは生活空間だ。


 冷蔵庫もある。


 洗濯物もある。


 はじめの私物も散乱している。


 そして今日の電話相手。


 スポーツ飲料メーカー『AQUA BEAT』。


『この瞬間を忘れない』をCMに使いたいという正式オファーだった。


「さすがにここで企業打ち合わせは無理だろ」


 はじめが辺りを見回す。


「無理ですね」


 ふたばも即答した。


 テーブルには美月の飲みかけの缶が置いてある。


「片付ければ……」


「無理」


 美月が真顔で言った。


 そこへ紬が戻ってくる。


「打ち合わせ、明後日になりました」


「早っ」


「企業側もかなり前向きみたいです」


 空気が少し変わる。


 CM。


 タイアップ。


 まだ現実感がない。


「場所どうする?」


 その一言でまた全員止まった。


 少し考えて、れいじがスマホを手に取る。


「……親父に聞いてみる」


「え?」


 れいじはそのまま電話をかけた。


 数秒後。


「もしもし」


 いつもの低い声。


「ちょっと頼みあるんだけど」


 その場の全員が静かになる。


 短いやり取りだった。


 れいじは必要最低限しか喋らない。


 でも、守も無駄なことは言わない。


 電話を切る。


「どうだった?」


「一部屋空いてるらしい」


「え?」


「AIDAの本社ビル」


 ふたばが固まる。


「使っていいって」


「そんな軽い感じ!?」


「親父が“好きに使え”って」


 美月が吹き出した。


「スケールがおかしいんだよなぁ」


 翌日。


 FirstDayはAIDAレコード本社ビルへ来ていた。


 高層ビル。


 広いロビー。


 ガラス張りの空間。


 社員たちが忙しそうに歩いている。


 ふたばは入口時点で緊張していた。


「場違い感すごい……」


「そのうち慣れるよ」


 美月は平然としている。


「いや慣れたくないです」


 案内された部屋は、まだ何もない空間だった。


 白い壁。


 長机が二つ。


 小さな棚。


 段ボール。


 完全に“空き部屋”だった。


「……思ったより普通」


 はじめが言う。


「逆にリアルだな」


 れいじは部屋を見回しながら頷いた。


「まぁ、仮だから」


 でも。


 入口には小さな紙が貼られていた。


『DAYBREAK RECORDS』


 その文字を見た瞬間。


 ふたばの胸が少し熱くなる。


「……なんか」


「ん?」


「本当に事務所みたい」


 紬もその文字を静かに見ていた。


 少しだけ目が揺れている。


 ここまで来た。


 本当に。


「よし、やるか」


 れいじの一言で、急遽“事務所作り”が始まった。


 机を動かす。


 配線を通す。


 パソコンを設置する。


 ホワイトボードを運ぶ。


 意外とやることが多い。


「これどこ置く?」


「そっちコード届かない!」


「ドラム置ける?」


「置くな」


 はじめは即却下された。


 美月は冷蔵庫を欲しがっていた。


 紬は真剣な顔でスケジュール表を貼っている。


「高木くん、このファイル棚お願いします」


「了解です」


「森さん、資料こっち置いてください」


 完全に仕切っていた。


 ふたばは壁にロゴを貼りながら、少し笑ってしまう。


 数ヶ月前まで、ただのライブハウスのバンドだった。


 それが今。


 事務所を作っている。


 不思議だった。


 夕方。


 なんとか形になった。


 簡易的ではある。


 でも、ちゃんと“会社”に見える。


「うわぁ……」


 ふたばは部屋を見回す。


 机。


 PC。


 資料。


 スケジュール。


 ホワイトボード。


 そこにはしっかり書かれていた。


『FirstDay TOUR』


『AQUA BEAT打ち合わせ』


 プロの景色だった。


 そして翌日。


 AQUA BEATとの打ち合わせ当日。


 紬は朝からかなり緊張していた。


 何度も資料確認している。


「大丈夫ですよ」


 ふたばが言う。


「いや、緊張します……!」


 そこへ来客。


 スーツ姿の男女二人。


 空気が一気に仕事モードへ変わる。


「本日はありがとうございます」


 紬が立ち上がる。


「DAYBREAK RECORDS、マネージャーの白石です」


 ふたばは少し驚いた。


 ちゃんとしてる。


 本当に。


 担当者も微笑んでいた。


「白石さん、かなりしっかりされてますね」


「ありがとうございます」


 紬の頬が少し赤い。


 打ち合わせが始まる。


『この瞬間を忘れない』を夏キャンペーンCMに使用したいこと。


 青春と再起をテーマにした映像にしたいこと。


 SNS連動企画。


 配信。


 ライブ露出。


 話はどんどん進んでいく。


 ふたばは途中から、半分くらい理解が追いついていなかった。


 そして。


「あと」


 担当者が資料をめくる。


「今回、CM本編にも出演していただきたいと考えています」


「……はい?」


 ふたばが固まる。


「ふたばさんに出演をお願いしたくて」


「……え?」


「声の透明感と、普通の女の子らしさが今回の企画に合うんです」


 ふたばの脳が止まる。


「えっ、無理です!」


 思わず叫んだ。


「無理です無理です!」


「落ち着け」


 美月が笑っている。


「だってCMってテレビですよね!?」


「そうだね」


「無理ですよ!」


 はじめは大爆笑していた。


「芸能人じゃん!」


「やめてください!」


 担当者も少し笑っていた。


「自然体で大丈夫ですよ」


「でも……」


 完全に混乱している。


 その時。


 れいじが静かに口を開いた。


「ふたば」


「……はい」


「ふたばの声でここまで来たんだから」


 ふたばは顔を上げる。


 れいじはいつもの顔だった。


 でも。


 ちゃんと信じている目だった。


「今さらだろ」


 胸が熱くなる。


 怖い。


 でも。


 逃げたくない。


「……やります」


 小さい声。


 でも、ちゃんと前を向いていた。


 打ち合わせが終わったあと。


 全員ぐったりしていた。


「疲れたぁ……」


 はじめが椅子に沈む。


「でも、なんか」


 ふたばは部屋を見回した。


「本当に始まった感じしますね」


 誰も否定しなかった。


 窓の外。


 夕暮れの街が広がっている。


 ライブハウスから始まった音楽は、少しずつ世界を広げ始めていた。

第73話を読んでいただき、ありがとうございます。


今回は、DAYBREAK RECORDS始動回でした。


まだ小さな一室。

段ボールも残っている仮の事務所。


でも、そこには確かに“プロの空気”がありました。


これまでFirstDayは、ライブハウスと三階のリビングを中心に動いていました。

だからこそ今回、“企業と打ち合わせをする場所が必要になる”という変化はかなり大きかったと思います。


また今回は、紬の成長も強く描いた回でした。


ファンとして出会った彼女が、今では完全にチームを支えるマネージャーになっています。


そして、ふたばのCM出演決定。


本人は完全にパニックでしたが、れいじの「今さらだろ」という言葉には、かなり大きな信頼が込められていました。


ライブハウスから始まったバンドが、少しずつ“世の中”へ広がっていく。


そんな転換点の回になったと思います。


引き続き応援していただけたら嬉しいです。

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