第71話「11時の約束」
第71話です。
今回は少し空気を変えて、久しぶりの日常回になります。
復帰ライブを終え、少しずつ元の空気を取り戻し始めたFirstDay。
そんな中、れいじからふたばへ突然の「明日空いてる?」。
果たしてこれはデートなのか――?
ふたばがいつも以上に振り回される、少し甘めの回になっています。
RE:LIGHTでの復帰ライブから数日。
事故の前とは違う。
でも、確かに日常は戻り始めていた。
三階のリビングには、久しぶりに穏やかな空気が流れている。
はじめはソファに寝転びながらドラム動画を見ていた。
美月はベースを軽く爪弾きながらスマホをいじっている。
れいじはノートパソコンを開き、新曲のデータを整理していた。
ふたばはキッチンでコーヒーを淹れている。
そんな何気ない時間。
「ふたば」
「はい?」
突然、れいじが顔を上げた。
「明日空いてる?」
一瞬、時間が止まる。
「……え」
「昼」
「……あ、空いてます」
少し声が裏返った。
れいじは気にした様子もなく続ける。
「じゃあ、十一時に迎え行くから」
「……はい」
それだけ言って、またパソコンへ視線を戻した。
ふたばの心臓だけが異常な速さになる。
十一時に迎えに来る。
休日。
二人。
それって。
「……え?」
頭の中に、“デート”という言葉が浮かぶ。
その瞬間、顔が熱くなった。
れいじは完全に普通の顔をしている。
はじめは動画を見ていて聞いていない。
でも、美月だけは気づいていた。
ニヤニヤしている。
「ふーん」
「な、なんですか」
「別に?」
絶対わかってる顔だった。
その夜。
ふたばは全然眠れなかった。
ベッドに入っても、ずっと考えてしまう。
もしデートだったらどうしよう。
どこ行くんだろう。
映画?
買い物?
いや、れいじさん映画とか見るのかな。
服どうしよう。
「うわぁぁ……」
布団に顔を埋める。
スマホを見る。
奈緒にLINEしようか迷う。
でも、もし勘違いだったら死ぬほど恥ずかしい。
「……いやでも」
十一時に迎えに来るって、普通そういう感じでは?
頭の中だけが暴走する。
向かいのベッドで、美月が寝返りを打った。
「……寝れなさそうだねぇ」
「っ!?」
「顔真っ赤」
「ち、違います!」
「はいはい」
美月はそれ以上いじらなかった。
でも、絶対面白がっている。
翌朝。
ふたばは鏡の前で固まっていた。
「……これ違うかも」
着替える。
「いや、こっち?」
また着替える。
髪も何度も直す。
気づけば一時間以上経っていた。
最終的に選んだのは、白を基調にした少し可愛めの服。
普段より、かなり気合いが入っている。
「……やりすぎ?」
鏡を見る。
でも、せっかくなら可愛いと思われたい。
そんな自分にまた顔が熱くなる。
十一時ぴったり。
インターホンが鳴った。
「っ!」
ふたばの心臓が跳ねる。
深呼吸。
ドアを開ける。
「おはよ」
れいじだった。
黒のパーカーにデニム。
いつもの自然体。
「お、おはようございます……!」
ふたばは思わず背筋を伸ばす。
れいじは少しだけ目を止めた。
「……珍しいな」
「えっ」
「なんか今日、雰囲気違う」
その一言だけで、ふたばの心臓が危険になる。
「そ、そうですか?」
「あ、美月いる?」
「……へ?」
後ろから美月が出てきた。
「はいはい、いますよー」
ふたばの脳内から、一気に桜が散る。
「あれ、美月さんも?」
「何その顔」
「いや別に!?」
美月は完全に笑いを堪えていた。
三人でエレベーターへ乗る。
さっきまでのドキドキが、少し違う意味で苦しい。
「どこ行くんですか?」
ふたばが聞く。
「二階」
「二階?」
エレベーターが開く。
楽器屋。
そして。
「お、来た来た!」
はじめがいた。
ふたばは完全に理解した。
「あっ……」
勘違いだった。
終わった。
美月が肩を震わせている。
「ふふっ」
「笑わないでください……」
「ごめん無理」
れいじだけが本当に何も気づいていない顔だった。
「どうした?」
「なんでもないです……」
店の奥から店長が出てくる。
「今日は賑やかだな」
「ちょっと店貸して」
「好きに見ろ」
れいじは振り返る。
「事故ん時、迷惑かけたし」
三人を見る。
「楽器、プレゼントする」
一瞬、空気が止まった。
「……は?」
美月が先に反応する。
「マジ?」
「マジ」
「急にイケメンじゃん」
「うるさい」
はじめも目を丸くする。
「え、いいの?」
「今の音、ちゃんと残したいから」
れいじは自然に言った。
ふたばは少し驚く。
こういうところ、本当にずるい。
れいじは店内を歩きながら、それぞれに合いそうな楽器を見ていく。
「美月、お前こっち」
「うわ、高いやつ」
「今のベース低音潰れてる」
「わかってんなぁ」
はじめにはスネア。
「お前、音デカいから抜けいいやつにしとく」
「褒めてる?」
「半分」
そして、ふたば。
れいじはアコースティックギターの前で止まった。
「弾いてみ」
「え、ここで?」
「いいから」
ふたばは恐る恐るコードを鳴らす。
まだ少しぎこちない。
でも、以前よりずっと自然だった。
れいじは少し考える。
「こっち」
別の一本を渡した。
ふたばが鳴らす。
音が違う。
柔らかくて、温かい。
「……すご」
「ふたばの声なら、この音の方が合う」
さらっと言う。
ふたばは固まった。
「ちゃんと弾くようになったし、いいの持っとけ」
胸が熱くなる。
勘違いだった。
でも。
なんかもう、それでもよかった。
昼過ぎ。
買い物を終えたあと紬も合流して、全員で近くの定食屋へ入った。
「腹減ったー!」
はじめが騒ぐ。
「お前ずっと元気だな」
「復活祝いだからな!」
美月は昼からビールを頼もうとして、紬に止められていた。
「昼です」
「えー」
笑いが起きる。
ふたばはその空気を見ながら、少し安心していた。
普通だ。
こういう時間。
事故前みたいな、何気ない日常。
でも、前よりずっと大事に感じる。
「ツアーさ」
はじめが言う。
「次どこからだっけ」
「名古屋から」
紬が答える。
「また忙しくなるね」
ふたばが言うと、れいじが頷いた。
「でも、今の方がいい」
「何が?」
「前より、ちゃんとバンドしてる感じする」
その言葉に、みんな少し静かになる。
美月が笑った。
「事故って成長イベントだった?」
「ゲームかよ」
また笑いが起きる。
帰り道。
RE:LIGHTのビルへ戻る。
「俺ちょっと二階寄ってくわ」
はじめが言う。
「私もベース置いてくる」
美月も続く。
エレベーターの扉が開く。
二階で降りる直前、美月がニヤッと笑った。
「じゃ、ごゆっくりー」
「えっ?」
扉が閉まる。
一気に静かになる。
ふたばは急に落ち着かなくなった。
三階へ向かう短い時間。
れいじは壁にもたれながら、ふと口を開く。
「……今日」
「はい?」
「服、珍しいな」
心臓が跳ねる。
「そ、そうですか?」
「うん」
れいじは自然に言った。
「似合ってた」
その瞬間。
ふたばの思考が完全に止まる。
エレベーターが三階へ到着する。
扉が開いた。
「じゃ、お疲れ」
れいじはそのまま閉ボタンを押す。
扉がゆっくり閉まっていく。
ふたばはその場で固まったまま、遠ざかるれいじを見ていた。
「……無理」
小さく呟く。
顔が熱い。
心臓もうるさい。
勘違いだったはずなのに。
最後の一言だけで、全部持っていかれた気がした。
第71話を読んでいただき、ありがとうございます。
今回はかなり久しぶりに、重さを少し抜いた日常回でした。
事故や復帰ライブを経て、FirstDayの空気は以前よりも“家族”に近くなっている気がします。
そして今回の主役は完全にふたばでした。
れいじの一言で眠れなくなり、服を悩み、勝手に舞い上がって、勝手に落ち込む。
でも最後の一言で全部持っていかれる。
かなり恋する女の子していました。
一方のれいじは、相変わらず天然です。
本人に悪気も計算も一切ありません。
ただ、それが余計にタチが悪いのかもしれません。
また、美月とはじめの存在も、今のFirstDayらしい空気を作ってくれている気がします。
シリアスを越えたあとだからこそ描ける、“普通の日常”。
そんな回でした。
引き続き応援していただけたら嬉しいです。




