第69話「再び鳴る音」
第69話です。
事故から三ヶ月。
止まっていた時間の中でも、FirstDayは少しずつ前へ進もうとしていました。
配信、弾き語り、曲作り。
それぞれが、それぞれの場所で音楽を続けてきた日々。
そして今回、ついに四人の音が再び重なります。
静かだけれど、大切な“再出発”の回です。
事故から三ヶ月が過ぎていた。
季節は少し進み、街の空気も変わり始めている。
止まっていた時間は、完全ではないにしても、少しずつ動き出していた。
FirstDayも同じだった。
ふたばは弾き語りライブを続けていた。
最初は震えていたギターも、今では少しだけ自然に鳴るようになっている。
上手いとはまだ言えない。
でも、客席から「成長したね」と声をかけられることが増えた。
配信も続けていた。
夜、スマホ一台で歌うだけの小さな配信。
それでも毎回誰かが来てくれる。
『今日も聴きにきました』
『FirstDay待ってます』
そんなコメントを見るたびに、ふたばは前を向けた。
はじめは八百屋の仕事をしながら、曲を書いていた。
相変わらず理論は雑だ。
でも、以前より“自分の音”を考えるようになっていた。
「なんかさ、前より曲作るの楽しいんだよな」
スタジオでそう言うと、美月に「遅い」と笑われた。
美月も戻ってきていた。
酒の量は減った。
コンビニバイトを終えると、またベースを持つ時間が増えている。
以前よりも、一本一本の音を大事に弾くようになった。
紬はさらに忙しくなっていた。
SNS運営、ライブ調整、取材対応、物販管理。
森と高木も完全にチームとして馴染んでいる。
「前より組織っぽくなりましたね」
高木がそう言うと、紬は苦笑した。
「事故でレベルアップしたくなかったですけどね」
でも、その顔は少し前より柔らかかった。
そして、れいじ。
病院でのリハビリは順調だった。
最初は指を少し動かすだけでも痛みがあった。
ペットボトルを開けることすら難しかった。
でも、少しずつ戻ってきた。
握る感覚。
弦に触れる感覚。
まだ完全じゃない。
長時間は無理。
動きも鈍い。
それでも。
ある日の午後。
病院のリハビリ室の隅で、れいじはギターを抱えていた。
小さく息を吸う。
右手をゆっくり動かす。
ピックを持つ。
怖かった。
もし弾けなかったら。
もし感覚が戻ってなかったら。
事故以来、何度も考えてしまう。
でも。
「……いくか」
小さく呟き、弦を鳴らした。
ジャラン。
少し弱い音。
綺麗ではない。
でも。
確かに鳴った。
れいじはそのまま固まる。
右手を見る。
また弦を弾く。
今度は少しだけ強く。
音が鳴る。
「……鳴った」
その一言が、自然に漏れた。
横で見ていたリハビリ担当の先生が笑う。
「よかったですね」
れいじは何も言わなかった。
でも、少しだけ目が熱かった。
数日後。
三階のスタジオ。
久しぶりに、四人全員が揃った。
空気が少しだけ緊張している。
れいじがギターケースを開ける。
ふたばは思わず息を飲んだ。
事故以来、初めて見る光景だった。
「……大丈夫?」
「たぶん」
「たぶんかよ」
美月が笑う。
でも、その声も少し震えていた。
れいじはギターを肩にかける。
右手を軽く動かす。
まだぎこちない。
以前みたいな鋭さはない。
でも。
「いくぞ」
コードを鳴らす。
その瞬間。
スタジオの空気が変わった。
はじめが自然にリズムを刻く。
美月がベースを入れる。
ふたばが声を重ねる。
たった数秒。
それだけで、全員がわかった。
帰ってきた。
完全じゃない。
でも、戻ってきた。
曲は『この瞬間を忘れない』。
事故後、れいじが病室で書いた曲。
最初の演奏は、正直ボロボロだった。
れいじの右手はまだ不安定。
ふたばも感情が入りすぎて少し走る。
はじめもテンションが上がりすぎて叩きすぎる。
「うるせぇ!」
「お前も走ってる!」
「美月のベース重っ!」
「ロックだから!」
久しぶりの言い合い。
でも、それが妙に嬉しかった。
演奏が終わる。
全員汗をかいていた。
少し沈黙。
誰もすぐ喋らない。
それから、はじめが笑った。
「……やっぱこれだな」
美月も小さく笑う。
「うん」
ふたばはギターを抱えたまま俯いていた。
泣きそうだった。
怖かった時間。
止まりそうだった日々。
全部を越えて、今またここにいる。
れいじは右手を軽く握る。
まだ痛みは残る。
感覚も完璧じゃない。
でも、楽しかった。
心の底から。
「れいじさん」
ふたばが顔を上げる。
「おかえりなさい」
一瞬、れいじは少し驚いた顔をした。
それから小さく笑う。
「……ただいま」
紬はガラス越しにその光景を見ていた。
隣には森と高木。
「よかったですね」
高木が言う。
「ええ」
紬は頷いた。
「やっと、ここまで来ました」
森が資料を持ちながら口を開く。
「ツアー、再開しますか?」
その言葉で、空気が少し引き締まる。
れいじが振り返った。
「やる」
迷いはなかった。
「まずは小さい箱から」
「ライブハウス?」
ふたばが聞く。
「ああ」
れいじは頷く。
「俺たちが始まった場所から、もう一回やる」
その言葉に、全員が頷いた。
派手な復活じゃない。
大きなステージでもない。
でも、それでよかった。
今のFirstDayには、それが似合っていた。
夜。
練習が終わり、全員が床に座り込む。
疲れていた。
でも、心地よかった。
「なぁ」
はじめが天井を見ながら言う。
「今回のことでさ」
「ん?」
「俺ら、ちょっと強くなった?」
美月が笑う。
「だといいね」
ふたばも笑った。
れいじは静かにギターケースを閉じる。
事故前とは違う。
前の自分たちには戻れない。
でも。
今の自分たちだから鳴らせる音がある。
それを、少しだけ信じられる気がした。
スタジオの灯りが静かに揺れる。
止まっていた音は、また前へ進み始めていた。
第69話を読んでいただき、ありがとうございます。
今回は、事故編を越えて“再び音が鳴る瞬間”を描いた回でした。
完全復活ではありません。
れいじの右手もまだ万全ではないですし、不安も痛みも残っています。
でも、それでもまたギターを持ったこと。
そして、四人で音を鳴らしたこと。
それが今のFirstDayにとって、とても大きな意味を持っています。
また、『この瞬間を忘れない』という曲も、事故があったからこそ生まれた曲でした。
苦しい時間も、止まりかけた日々も、全部無駄ではなかった。
そう思えるような曲になっていけばいいなと思います。
そして最後の「おかえりなさい」と「ただいま」。
短い言葉ですが、ここまでの時間が詰まったやり取りでした。
ここからFirstDayは、もう一度ステージへ向かっていきます。
引き続き応援していただけたら嬉しいです。




