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第63話「止まった夜」

第63話です。


順調に進んでいたFirstDay。

ワンマンツアー、地方ライブ、次の景色へ向かって走り出していました。


けれど、物語はいつも思い通りには進みません。


今回は、彼らに訪れる大きな転機の回です。

止まってしまった時間の中で、何を思い、何を選ぶのか――。

BLACK NOVAとの対バンを終えてから、FirstDayの空気はさらに加速していた。


 ワンマンツアーの追加日程。地方イベントの打診。雑誌の小さな取材。配信の再生数もじわじわ伸びている。


 まだ爆発的ではない。


 でも、確実に前へ進んでいた。


「忙しくなってきたなぁ」


 三階のリビングで、はじめがソファに沈みながら言う。


「今さら?」と美月。


「いや、俺さ。最近スケジュール帳持ってるもん」


「お前が?」


「人は変わる」


 笑いが起きる。


 紬はテーブルいっぱいに広げた資料を整理していた。


「来月、関東ワンマン三本。そのあと名古屋、大阪。地方イベントが二本入るかもしれません」


「おお……」


 ふたばは思わず声を漏らした。


 少し前まで、ライブ一本で大騒ぎしていた自分たちが嘘みたいだった。


「ここ踏ん張りどころだな」


 れいじが言う。


 ギターを膝に置きながら、譜面に何かを書き込んでいる。


「アルバムの勢い、ここで繋げたい」


「はい、社長」


「誰が社長だ」


「顔がもう社長」と美月。


 また笑いが起きる。


 こういう時間が、ふたばは好きだった。


 忙しくても、疲れていても、ここに来ればみんながいる。


 それだけで頑張れた。


 打ち合わせが終わり、夜も更けていく。


「じゃ、明日昼スタジオね」


「了解」


「寝坊すんなよ、はじめ」


「俺を誰だと思ってる」


「寝坊の王」


「ひどっ」


 笑いながら、それぞれ帰る支度を始める。


 れいじは立ち上がると、軽く伸びをした。


「……ちょっと散歩してくる」


「こんな時間に?」と美月。


「気晴らし」


「珍しいね」


「たまには外の空気吸いたい」


 そう言って、ジャケットを羽織る。


 ふたばは何気なくその姿を見ていた。


「お疲れさまです」


「おう。明日な」


 何気ない一言。


 それだけで少し嬉しい自分が、まだ少し恥ずかしかった。


 深夜一時過ぎ。


 ふたばが部屋で歌詞ノートを開いていたとき、スマホが鳴った。


 紬からだった。


 こんな時間に珍しい。


「もしもし?」


『ふたばさん』


 声が震えていた。


『れいじさんが……事故に……』


 一瞬、意味が入ってこなかった。


「……え?」


『近くの大通りで……車と接触して、今病院に運ばれて……』


 ノートが手から落ちた。


 病院に着いたのは、二十分後だった。


 ロビーには紬とはじめ、美月がいた。


 全員顔色が悪い。


「どういうこと……?」


 ふたばの声が掠れる。


 紬が説明した。


「散歩中に、横断歩道の近くで……急に飛び出してきた自転車を避けようとして……」


「……え」


「転倒して、そのまま車と接触したみたいで」


 ふたばの足が少しふらつく。


 美月がすぐ支えた。


「でも命に別状はないから」


 その言葉に、少しだけ呼吸が戻る。


 しばらくして、医師が出てきた。


「ご家族の方は?」


「母親が向かってます」と紬。


 医師は頷いた。


「命に関わる状態ではありません。ただ、右腕の骨折と打撲が強い。しばらく安静が必要です」


 右腕。


 その言葉に、全員が黙った。


 れいじの右腕。


 ギターを弾く手だった。


「どれくらい……?」


 はじめが聞く。


「回復には数ヶ月。リハビリも必要になると思います」


 数ヶ月。


 その数字の重さが、静かに落ちた。


 朝方。


 ようやく短時間だけ面会が許された。


 病室に入ると、れいじはベッドにいた。


 顔に擦り傷。右腕は固定されている。


 それでも、目は開いていた。


「……なんだ、全員いるのか」


 弱々しく笑う。


「バカ」


 美月がすぐ言った。


「何してんのあんた」


「俺もそう思う」


 はじめは何も言えず、ただ俯いていた。


 ふたばは言葉が出なかった。


 目の前にいる。


 生きている。


 それだけで涙が出そうになる。


「……ふたば」


「はい」


「そんな顔すんな」


 れいじは小さく言った。


「死んでない」


「……そういうことじゃないです」


 声が震えた。


 れいじは少しだけ目を伏せた。


「……悪い」


 その一言が、やけに痛かった。


 昼過ぎ。


 三階のリビングに全員が集まった。


 誰も座り方がわからないような空気だった。


 テーブルにはツアー資料。ライブ予定表。物販発注表。


 昨日まで未来だったものが、今日は現実味を失っていた。


「……来月のワンマン、どうする」


 はじめが絞り出すように言う。


 誰も答えない。


「代役立てる?」


「れいじの代わりなんていないでしょ」


 美月の声は強かった。


 でも、少し揺れていた。


 紬は資料を握りしめていた。


「ライブハウス側には、今日中に返答が必要です」


 プロの現実だった。


 待ってはくれない。


 ふたばは窓の外を見た。


 昨日まで、何もかも上手くいく気がしていた。


 武道館だって、遠いけど行ける気がしていた。


 でも。


 たった一夜で、全部止まることがある。


「……私、病院行ってきます」


 立ち上がりながら言った。


 美月が見る。


「今から?」


「うん」


「行って何するの」


「わかんない」


 正直だった。


「でも、行きたい」


 それだけだった。


 紬が静かに頷く。


「……お願いします」


 病院へ向かう道。


 ふたばはずっと考えていた。


 バンドはどうなるのか。


 ライブは。


 ツアーは。


 夢は。


 でも一番に浮かぶのは、別のことだった。


 れいじさん、今どんな気持ちだろう。


 ギターが弾けないかもしれない。


 ライブもできない。


 そんな現実を、一人でどう受け止めているんだろう。


 病室の前で、深く息を吸う。


 ノックをした。


「……どうぞ」


 扉を開ける。


 れいじは窓の外を見ていた。


 右腕は動かない。


 ギターを持たないれいじは、久しぶりに見る姿だった。


「……来たのか」


「はい」


 ふたばは椅子に座る。


 しばらく沈黙が続く。


 そして、れいじがぽつりと言った。


「……全部、止まったな」


 初めて聞く声だった。


 弱くて、寂しくて、悔しそうな声。


 ふたばは胸が締めつけられた。


 何を言えばいいかわからない。


 でも、ここにいたかった。


「……止まってません」


 気づけば、口にしていた。


 れいじがゆっくりこちらを見る。


「私たち、まだここにいます」


 自分でも震える声だった。


「だから……まだ終わってません」


 れいじは何も言わなかった。


 ただ、少しだけ目を閉じた。


 止まった夜。


 でも、物語はまだ終わっていなかった。

第63話を読んでいただき、ありがとうございます。


今回はFirstDayにとって、初めての大きな試練の回になりました。


順調だった流れが、たった一夜で止まってしまう。

夢を追う物語には、こういう現実もあるのだと思います。


特に、れいじにとって右腕の怪我はただの怪我ではありません。

ギターを弾き、音楽を作り、ここまで引っ張ってきた彼の核に関わる問題です。


そして、ふたばもまた、初めて“支える側”として動き始めました。

この出来事が、バンドにも二人の関係にも大きな変化をもたらしていきます。


ここからFirstDayはどうなるのか。

止まった時間の先を、引き続き見届けていただけたら嬉しいです。

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