第62話「光と影」
第62話です。
今回はBLACK NOVAとの対バン、その続きの回。
トップバンドの圧倒的なステージと、今のFirstDayとの距離が描かれます。
そして、少しずつ人気が出てきたFirstDayにも新しい変化が訪れます。
光が当たり始めたとき、同時に見えてくる影とは――。
袖から見たBLACK NOVAのステージは、別世界だった。
照明が落ちた瞬間、会場の空気が変わる。
低く重いSE。暗闇の中、一本ずつ光が差し込む。歓声が波のように広がり、ステージ中央に神崎翼が現れた。
その瞬間、悲鳴にも近い歓声が上がる。
「すご……」
ふたばが思わず呟く。
翼は何も言わず、マイクスタンドを掴んだ。
一曲目。
ギターが鋭く裂き、ドラムが叩き込まれる。重く華やかなロックサウンド。そこに翼の強い声が乗る。
客席が一気に跳ねた。
手が上がる。歌う。叫ぶ。熱狂が最初の数秒で完成していた。
「……格が違うな」
美月が静かに言う。
れいじは何も言わず、ステージだけを見ている。
二曲目は、今季のドラマ主題歌になった新曲だった。
イントロが流れた瞬間、客席の熱量がさらに上がる。
「この曲……ランキング五位のやつですよね」
紬が小さく言う。
「今週のアルバムランキングも五位」
森がスマホを見ながら答える。
紬は頷き、それから少しだけ表情を引き締めた。
「……私たちも、頑張ります」
その声は小さかったが、はっきりしていた。
ステージでは翼が客席を煽る。
煽り方すら自然だった。
派手なのに嫌味がない。強引なのに引き込まれる。
歌い終わるたびに歓声が増していく。
ふたばは拳を握った。
悔しい。
でも、すごい。
だからこそ、追いかけたいと思えた。
ライブ終演後。
楽屋に戻る途中、翼がれいじたちの前で足を止めた。
「今日、よかったじゃん」
れいじを見る。
「前座っぽくなかった」
「褒め方ムカつくな」と美月。
翼は笑った。
「でも本音だから」
そして、ふたばを見る。
「いい声してる。武器やな」
「……ありがとうございます」
少し緊張しながら頭を下げる。
翼は軽く手を上げ、そのまま去っていった。
「なんだかんだ、ちゃんと見てる人なんだな」
はじめが言う。
「まあ、敵だけどね」
美月が肩をすくめる。
その夜。
FirstDayのアルバム順位も出ていた。
初週82位。
大ヒットとは言えない。
でも、無名から始まったバンドとしては十分すぎる数字だった。
「ここからです」
紬が言う。
「まずはワンマンライブ。関東中心で回ります」
全員が頷く。
ここからだった。
数週間後。
関東ワンマンツアー初日。
都内のライブハウス前には、開場前から列ができていた。
「……え、こんなに?」
ふたばが驚く。
「ソールドアウト寸前」と紬。
「追加販売分もほぼ出ました」
「マジか」
はじめが嬉しそうに笑う。
「俺の時代来たな」
「来てない」と美月。
会場に入ると、フロアは熱気に包まれていた。
前方には女性ファンが多い。
「れいじー!」
名前を呼ぶ声も飛ぶ。
れいじは昔から顔も知られている。ギター姿も映える。人気が高いのは自然だった。
一方で、中盤以降はふたばへの声も増えていた。
「ふたばちゃん!」
「かわいいー!」
男性ファンの声が目立つ。
可愛らしいルックスに加え、あの声。
ライブで惹かれる人が増えているのだと、紬は分析していた。
ライブは大成功だった。
アンコールまで鳴り止まず、物販にも長い列ができる。
汗だくのまま、ふたばは楽屋裏の通路へ出た。
「水……」
「はい」
紬がペットボトルを渡す。
「ありがとう」
そのときだった。
「ふたばさんですよね?」
知らない男が近づいてきた。
二十代後半くらい。笑顔だが、距離が近い。
「え……」
「今日めっちゃよかったです。写真いいですか?」
「あ、すみません、今は……」
「じゃあ連絡先だけでも」
ふたばが困って一歩下がる。
「いや、その……」
「今度二人で飲みません?」
さらに距離が詰まる。
紬がすぐ前に出た。
「申し訳ありません。関係者以外、こちらは立ち入り禁止です」
「え、ファンなんですけど?」
「だからこそ、お帰りください」
男は不満そうに笑った。
「ちょっと話すくらいいいじゃないですか」
「困ってますよね?」
紬の声が冷たくなる。
その空気を切るように、別の声がした。
「やめてもらっていいですか」
れいじだった。
静かな声だった。
だが、明らかに怒っていた。
男はれいじを見て、一瞬ひるむ。
「いや、俺ただ……」
「嫌がってるんで」
それだけだった。
男は視線を逸らし、「すみません」と小さく言って去っていった。
静かになる。
ふたばの鼓動だけが速い。
「大丈夫か」
れいじが聞く。
「……う、うん」
「ならいい」
それだけ言って、れいじは戻ろうとする。
美月がニヤッと笑う。
「珍しく怒ってたじゃん」
「別に」
「はい出ました」
「うるさい」
れいじはそのまま歩いていく。
紬はふたばにタオルを渡した。
「人気が出るって、こういうことでもあるんですね……」
「……うん」
ふたばはまだ少し動揺していた。
怖かったわけではない。
でも、現実を知った気がした。
見てもらえるようになるほど、光だけじゃない。
影もある。
それでも。
さっきのれいじの背中が、胸に残っていた。
「守るもの、増えたな」
少し離れたところで、れいじがぽつりと言う。
誰に向けた言葉かわからなかった。
でも、ふたばには届いていた。
ワンマンツアー初日。
FirstDayはまた一つ、次の景色を知った。
第62話を読んでいただき、ありがとうございます。
今回はBLACK NOVAの華やかさと、FirstDayの現在地を対比させる回になりました。
ランキング5位と82位。
数字だけ見れば差は大きいですが、FirstDayも確実に前へ進んでいます。
ワンマンライブがほぼ満員になったことも、その証明です。
一方で、人気が出るほど新しい問題も生まれます。
今回のトラブルは、その“光と影”の象徴でした。
そして、れいじが見せた静かな怒り。
普段感情を表に出しにくい彼だからこそ、ふたばにとっては大きく残る出来事だったと思います。
ここからFirstDayは、ただ夢を追うだけではなく、現実とも向き合っていくことになります。
引き続き応援していただけたら嬉しいです。




