第60話「まだ言えない気持ち」
第60話です。
今回は少しだけ、恋愛回です。
忙しい毎日の中で後回しになっていた気持ち。
久しぶりの休みだからこそ、ふたばは自分の本音と向き合います。
そして偶然の再会から生まれる、れいじとの二人きりの時間。
バンドとはまた違う、二人の空気を楽しんでいただけたら嬉しいです。
アルバム発売と対バンツアーを控え、FirstDayは慌ただしい毎日を送っていた。
ライブの打ち合わせ。物販の準備。SNS撮影。リハーサル。取材の予定まで少しずつ入り始め、気づけば一日が終わっている。
ふたばも忙しかった。
歌の練習。ギター。ライブハウスのバイト。曲のメモ。覚えることも、考えることも増えた。
充実している。
目の前のことで必死になれている。
だから、あまり考えずに済んでいた。
でも――。
久しぶりの休日。
奈緒と街へ出て、カフェで向かい合ったとき、ふっと気が抜けた。
「で?」
奈緒がストローを回しながら言う。
「何が?」
「れいじさん」
ふたばは苦笑した。
「いきなりだね」
「いきなりじゃないよ。ずっと聞こうと思ってた」
奈緒はじっとこちらを見る。
「好きなんでしょ?」
ふたばは少し黙った。
前なら、慌てて否定していたかもしれない。
でも今は、もう誤魔化せなかった。
「……うん」
小さく答える。
「好き」
言葉にした瞬間、少しだけ胸が熱くなる。
奈緒は満足そうに頷いた。
「やっと認めた」
「前からわかってたでしょ」
「もちろん」
二人で笑う。
ふたばは窓の外を見る。
「ただ……今それどころじゃないなって思ってる」
「バンド?」
「うん」
アルバム。ライブ。これからの勝負。
やっと掴んだ場所だった。
ここで恋愛に振り回されて、何か崩れるのが怖かった。
「それに、れいじさんも今は音楽しか見てないと思う」
「そうかな」
「そうだよ」
即答した。
でも奈緒は首を傾げる。
「男の人って、忙しい時ほど本音出ることあるよ」
「何その経験者みたいな言い方」
「まあね」
「うそつき」
また笑う。
「でもさ」
奈緒が少し真面目な顔になる。
「好きって認めただけでも、前進じゃない?」
ふたばは答えず、アイスティーを一口飲んだ。
前進。
そうなのかもしれない。
同じころ。
れいじは彩乃に連れ回されていた。
「なんで俺が来るんだよ」
「荷物持ち」
「素直すぎるだろ理由が」
大型デパートのフロアを歩きながら、彩乃は楽しそうだった。
「お兄ちゃん、最近ずっと仕事じゃん」
「まあな」
「だからたまには普通の人みたいに買い物しなよ」
「普通の人ってなんだ」
「少なくともライブハウスとスタジオしか行かない人ではない」
れいじはため息をついた。
「で?」
彩乃が何気なく聞く。
「何が」
「ふたばさん」
「……なんでそこで出てくる」
「出るでしょ普通」
「普通じゃない」
「気になってる?」
「別に」
「はい出ました、“別に”」
「うるさい」
れいじは歩く速度を少し上げた。
だが、頭に浮かぶのはふたばだった。
歌っているときの顔。
不安そうなのに前へ出ようとするところ。
最近、前よりずっと綺麗になったこと。
……気になっていないと言えば、嘘になる。
「お兄ちゃんって鈍いよね」
「誰がだ」
「自分のこと」
そのときだった。
「あ」
彩乃が足を止める。
数メートル先に、ふたばと奈緒がいた。
「え……」
「え……」
ふたばと目が合う。
「こんにちはー!」
彩乃がすぐ手を振る。
奈緒も面白そうに笑った。
数分、何気ない会話が続く。
そして彩乃と奈緒が、同時に顔を見合わせた。
「私、ちょっとあっち見たい」
「え、私も!」
わざとらしかった。
「じゃ、ふたば待ってて」
「え?」
「兄貴、ちゃんといてよ」
「は?」
二人はそのまま去っていった。
残されたのは、ふたばとれいじ。
人通りの多いフロアなのに、妙に静かな空気だった。
「……」
「……」
ふたばの心臓がうるさい。
好きだと認めた相手と、久しぶりの二人きり。
そりゃ緊張する。
「……買い物してたのか」
「う、うん」
「何買った?」
「まだ見てただけ」
「そうか」
会話がぎこちなくて、ふたばは少し笑った。
「れいじさんは?」
「荷物持ち」
真顔だった。
思わず吹き出す。
「それ、さっき聞いた」
「そうだったな」
少し空気が和らいだ。
二人で並んで歩く。
目的地もないまま、ゆっくりと。
「最近、忙しいな」
れいじが言う。
「うん。でも楽しい」
「ならいい」
「れいじさんは?」
「忙しい」
「それは見てわかる」
「じゃあ楽しい」
ふたばはまた笑った。
こんな何気ない時間が、どうしてこんなに嬉しいんだろうと思う。
「……ふたば」
「え?」
名前で呼ばれて肩が揺れる。
「最近、変わったな」
「え……?」
「前より大人になったな」
「それ褒めてる?」
「褒めてる」
れいじは真面目だった。
「歌もそうだけど、顔つきも」
ふたばは熱くなる。
「……そ、そうかな」
「うん」
れいじは少し視線を逸らした。
「たまに、見てて驚く」
それ以上は言わない。
でも、その言葉だけで十分だった。
「れいじさんも」
「ん?」
「前より柔らかくなった」
「何それ」
「なんとなく」
「気のせいだろ」
「そうかな」
二人で笑う。
忙しい毎日の中で、変わったものがある。
バンドだけじゃないのかもしれない。
遠くから彩乃の声がした。
「おーい! 二人ともー!」
奈緒も手を振っている。
「戻るか」
「うん」
歩き出す。
ふたばは少し勇気を出して、れいじの横に並んだ。
肩が少し近い。
それだけで胸が高鳴る。
好き。
その気持ちは、もうわかっている。
ただ今は、まだ言えないだけだった。
第60話を読んでいただき、ありがとうございます。
今回はアルバムやライブの話から少し離れて、ふたばの恋心に焦点を当てた回になりました。
ふたばはもう、自分がれいじを好きだと気づいています。
ただ、今はバンドが大事な時期でもあり、その気持ちをどう扱えばいいのか迷っている状態です。
一方で、れいじも少しずつふたばの存在を意識し始めています。
本人はまだ自覚が薄いですが、確実に何かは変わり始めています。
大きく進んだわけではない。
でも、こういう何気ない時間こそ距離を縮めるのかもしれません。
次回は再び音楽のステージへ。
恋もバンドも、少しずつ前に進んでいきます。
引き続き応援していただけたら嬉しいです。




