表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
60/69

第60話「まだ言えない気持ち」

第60話です。


今回は少しだけ、恋愛回です。


忙しい毎日の中で後回しになっていた気持ち。

久しぶりの休みだからこそ、ふたばは自分の本音と向き合います。


そして偶然の再会から生まれる、れいじとの二人きりの時間。

バンドとはまた違う、二人の空気を楽しんでいただけたら嬉しいです。

アルバム発売と対バンツアーを控え、FirstDayは慌ただしい毎日を送っていた。


 ライブの打ち合わせ。物販の準備。SNS撮影。リハーサル。取材の予定まで少しずつ入り始め、気づけば一日が終わっている。


 ふたばも忙しかった。


 歌の練習。ギター。ライブハウスのバイト。曲のメモ。覚えることも、考えることも増えた。


 充実している。


 目の前のことで必死になれている。


 だから、あまり考えずに済んでいた。


 でも――。


 久しぶりの休日。


 奈緒と街へ出て、カフェで向かい合ったとき、ふっと気が抜けた。


「で?」


 奈緒がストローを回しながら言う。


「何が?」


「れいじさん」


 ふたばは苦笑した。


「いきなりだね」


「いきなりじゃないよ。ずっと聞こうと思ってた」


 奈緒はじっとこちらを見る。


「好きなんでしょ?」


 ふたばは少し黙った。


 前なら、慌てて否定していたかもしれない。


 でも今は、もう誤魔化せなかった。


「……うん」


 小さく答える。


「好き」


 言葉にした瞬間、少しだけ胸が熱くなる。


 奈緒は満足そうに頷いた。


「やっと認めた」


「前からわかってたでしょ」


「もちろん」


 二人で笑う。


 ふたばは窓の外を見る。


「ただ……今それどころじゃないなって思ってる」


「バンド?」


「うん」


 アルバム。ライブ。これからの勝負。


 やっと掴んだ場所だった。


 ここで恋愛に振り回されて、何か崩れるのが怖かった。


「それに、れいじさんも今は音楽しか見てないと思う」


「そうかな」


「そうだよ」


 即答した。


 でも奈緒は首を傾げる。


「男の人って、忙しい時ほど本音出ることあるよ」


「何その経験者みたいな言い方」


「まあね」


「うそつき」


 また笑う。


「でもさ」


 奈緒が少し真面目な顔になる。


「好きって認めただけでも、前進じゃない?」


 ふたばは答えず、アイスティーを一口飲んだ。


 前進。


 そうなのかもしれない。


 同じころ。


 れいじは彩乃に連れ回されていた。


「なんで俺が来るんだよ」


「荷物持ち」


「素直すぎるだろ理由が」


 大型デパートのフロアを歩きながら、彩乃は楽しそうだった。


「お兄ちゃん、最近ずっと仕事じゃん」


「まあな」


「だからたまには普通の人みたいに買い物しなよ」


「普通の人ってなんだ」


「少なくともライブハウスとスタジオしか行かない人ではない」


 れいじはため息をついた。


「で?」


 彩乃が何気なく聞く。


「何が」


「ふたばさん」


「……なんでそこで出てくる」


「出るでしょ普通」


「普通じゃない」


「気になってる?」


「別に」


「はい出ました、“別に”」


「うるさい」


 れいじは歩く速度を少し上げた。


 だが、頭に浮かぶのはふたばだった。


 歌っているときの顔。


 不安そうなのに前へ出ようとするところ。


 最近、前よりずっと綺麗になったこと。


 ……気になっていないと言えば、嘘になる。


「お兄ちゃんって鈍いよね」


「誰がだ」


「自分のこと」


 そのときだった。


「あ」


 彩乃が足を止める。


 数メートル先に、ふたばと奈緒がいた。


「え……」


「え……」


 ふたばと目が合う。


「こんにちはー!」


 彩乃がすぐ手を振る。


 奈緒も面白そうに笑った。


 数分、何気ない会話が続く。


 そして彩乃と奈緒が、同時に顔を見合わせた。


「私、ちょっとあっち見たい」


「え、私も!」


 わざとらしかった。


「じゃ、ふたば待ってて」


「え?」


「兄貴、ちゃんといてよ」


「は?」


 二人はそのまま去っていった。


 残されたのは、ふたばとれいじ。


 人通りの多いフロアなのに、妙に静かな空気だった。


「……」


「……」


 ふたばの心臓がうるさい。


 好きだと認めた相手と、久しぶりの二人きり。


 そりゃ緊張する。


「……買い物してたのか」


「う、うん」


「何買った?」


「まだ見てただけ」


「そうか」


 会話がぎこちなくて、ふたばは少し笑った。


「れいじさんは?」


「荷物持ち」


 真顔だった。


 思わず吹き出す。


「それ、さっき聞いた」


「そうだったな」


 少し空気が和らいだ。


 二人で並んで歩く。


 目的地もないまま、ゆっくりと。


「最近、忙しいな」


 れいじが言う。


「うん。でも楽しい」


「ならいい」


「れいじさんは?」


「忙しい」


「それは見てわかる」


「じゃあ楽しい」


 ふたばはまた笑った。


 こんな何気ない時間が、どうしてこんなに嬉しいんだろうと思う。


「……ふたば」


「え?」


 名前で呼ばれて肩が揺れる。


「最近、変わったな」


「え……?」


「前より大人になったな」


「それ褒めてる?」


「褒めてる」


 れいじは真面目だった。


「歌もそうだけど、顔つきも」


 ふたばは熱くなる。


「……そ、そうかな」


「うん」


 れいじは少し視線を逸らした。


「たまに、見てて驚く」


 それ以上は言わない。


 でも、その言葉だけで十分だった。


「れいじさんも」


「ん?」


「前より柔らかくなった」


「何それ」


「なんとなく」


「気のせいだろ」


「そうかな」


 二人で笑う。


 忙しい毎日の中で、変わったものがある。


 バンドだけじゃないのかもしれない。


 遠くから彩乃の声がした。


「おーい! 二人ともー!」


 奈緒も手を振っている。


「戻るか」


「うん」


 歩き出す。


 ふたばは少し勇気を出して、れいじの横に並んだ。


 肩が少し近い。


 それだけで胸が高鳴る。


 好き。


 その気持ちは、もうわかっている。


 ただ今は、まだ言えないだけだった。

第60話を読んでいただき、ありがとうございます。


今回はアルバムやライブの話から少し離れて、ふたばの恋心に焦点を当てた回になりました。


ふたばはもう、自分がれいじを好きだと気づいています。

ただ、今はバンドが大事な時期でもあり、その気持ちをどう扱えばいいのか迷っている状態です。


一方で、れいじも少しずつふたばの存在を意識し始めています。

本人はまだ自覚が薄いですが、確実に何かは変わり始めています。


大きく進んだわけではない。

でも、こういう何気ない時間こそ距離を縮めるのかもしれません。


次回は再び音楽のステージへ。

恋もバンドも、少しずつ前に進んでいきます。


引き続き応援していただけたら嬉しいです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ