第59話「次の景色」
第59話です。
ついにFirstDay初のフルアルバムが完成しました。
長い制作期間を経て、ようやく形になった一枚。
ですが、本当の勝負はここからです。
知ってもらうためにライブハウスを回り、対バンに出て、音を届けていく日々が始まります。
そして久しぶりに、あの男の名前も現れます。
アルバム制作が始まってから、さらに数週間。
長かったレコーディングも、ようやく終わりを迎えた。
最後のマスタリング音源が流れ終わった瞬間、スタジオにはしばらく誰も言葉を発しなかった。
十二曲。
それぞれの時間、それぞれの迷い、それぞれの想いが詰まった一枚。
ようやく、完成したのだ。
「……終わったな」
れいじが小さく言う。
「終わったぁぁぁ!」
はじめが椅子から立ち上がり、そのまま床に倒れた。
「うるさい」と美月。
「いや、言わせてくれ。俺、人生でこんな頑張ったことない」
「八百屋なめんな」
「それも頑張ってる」
笑いが起きる。
ふたばは、完成した音源のタイトル一覧を見つめていた。
自分の声が入っている。
自分の歌詞がある。
自分の作った曲まで入っている。
少し前まで想像もしていなかった景色だった。
「……ほんとに、出るんだ」
小さく呟く。
「出るよ」
れいじが答える。
「しかもCDでも出す」
「え?」
ふたばが振り向く。
黒田が資料を差し出した。
「配信だけじゃなく、CD発売も決まりました。初回プレスは三千枚です」
「三千!?」
「そんなに!?」
はじめとふたばの声が重なる。
「多いのか少ないのかもわからん」と美月。
「でも、形になるのはでかい」
紬も嬉しそうに資料を覗き込んでいた。
ジャケット案、発売日、販促スケジュール、イベント案。
ただ曲を作るだけでは終わらない。
ここからが、本当に世の中へ出していく作業だった。
「発売に合わせて動きます」
黒田が言う。
「ライブハウスを回る。イベントにも出る。とにかく、知ってもらう」
「地道だな」とはじめ。
「地道が一番強いです」と紬。
全員が紬を見る。
「……なんですか」
「いや、マネージャーっぽくなったなって」
「やめてください、まだ慣れてないので」
少し照れながらも、紬の目は本気だった。
「今のFirstDayは、曲はある。でも認知がまだ低いです」
テーブルにノートを広げる。
「だから、対バンは積極的にやります。ジャンル違いも含めて、とにかく新しいお客さんの前に出る」
「おお……」
はじめが感心する。
「SNSも強化します」
「それもやる」
紬は続ける。
「一人じゃ回らないので、レーベル側に相談してスタッフを二人つけてもらいました」
「二人!?」
「今日から入ります」
タイミングよく扉が開いた。
「失礼します」
若い男女が入ってくる。
「宣伝担当の森です」
「映像とSNS運用補助の高木です」
全員で軽く挨拶を交わす。
なんだか急に、本格的になった気がした。
「すげぇ……」
ふたばが小さく呟く。
自分たちの音楽の周りに、人が増えていく。
それは責任でもあり、期待でもあった。
数日後。
FirstDayはアルバム発売に向けて、再びライブハウスを回り始めた。
都内、神奈川、千葉、埼玉。
小さな箱、大きめの箱、平日イベント、週末対バン。
どこでも出た。
ライブ後にはCD予約の声も少しずつ増えていく。
「今日、初めて観ました」
「よかったです」
そんな言葉が増えるたび、紬は嬉しそうにメモを取った。
「今のMC、反応良かったです」
「この曲、やっぱり強いです」
「物販の導線、次こうしましょう」
もう誰も“仮マネージャー”とは呼ばなかった。
ある夜。
ライブ終わりの楽屋。
汗を拭きながら水を飲んでいると、紬が少し表情を変えて入ってきた。
「……れいじさん」
「ん?」
「ちょっと、これ」
スマホを差し出す。
対バンオファーの一覧だった。
その中の一つに、全員の目が止まる。
『神崎翼 & BLACK NOVA企画ライブ』
「……おい」
はじめが声を上げる。
「翼って、あの翼?」
「たぶんそうだな」とれいじ。
神崎翼。
れいじの過去を知る男。
以前、AIDAレコードからデビューし、派手に売り出された存在。
何度か顔を合わせ、空気をぶつけ合った相手でもある。
「しかも、名指しでFirstDay希望って書いてある」
紬が言う。
空気が変わった。
「……面白いじゃん」
美月が笑う。
「完全にケンカ売られてるでしょ」
「いや、違うな」
れいじがスマホを見つめたまま言う。
「翼なりの勝負だ」
しばらく沈黙。
その後、れいじは小さく笑った。
「受けよう」
「いいの?」とふたば。
「むしろ、ちょうどいい」
静かな目だった。
「前とは違うとこ、見せたいのはこっちも同じだ」
はじめが立ち上がる。
「きたな!」
「うるさい」と美月。
でも、その顔は楽しそうだった。
紬はすぐに予定を確認し、森と高木に連絡を入れ始める。
動きが早い。
「日程、来月中旬です。告知も強めに打てます」
「頼む」
「はい」
ふたばは少し緊張していた。
れいじの過去。
ライバル。
勝負の匂い。
でも、それ以上に思った。
今のFirstDayなら、逃げる理由はない。
アルバムを完成させた。
たくさんの夜を越えてきた。
前より強くなっている。
「やりましょう」
ふたばが言った。
全員が頷く。
新しいアルバム。
新しい体制。
そして、次の勝負。
FirstDayは、次の景色へ進み始めていた。
第59話を読んでいただき、ありがとうございます。
今回はアルバム完成という大きな節目の回でした。
作ることに全力だった時間が終わり、ここからは“届けること”に全力を注ぐ段階へ入っていきます。
紬もすっかりマネージャーらしくなり、スタッフも加わって、FirstDayが少しずつ本格的なチームになってきました。
そして最後に現れた、神崎翼。
れいじの過去を知る存在であり、久しぶりのライバルです。
前とは違う姿を見せたいのは、きっとお互い同じ。
次回は熱い対峙の予感です。
引き続き応援していただけたら嬉しいです。




