第53話「はじめての壁」
第53話です。
ついに始まるデビュー曲のレコーディング。
これまでとは違う“プロの現場”で、FirstDayがどんな音を作るのか。
そして、ふたばに訪れる初めての壁。
ぜひ見届けていただけたら嬉しいです。
レコーディング当日。都内のスタジオ。防音扉の向こうは、これまでとは違う空気だった。
「……ここか」とはじめ。「すごいですね」とふたば。「完全にプロの現場だね」と美月。
中に入るとスタッフが頭を下げる。
「エンジニアの佐伯です」「ディレクターの黒田です。よろしくお願いします」
「よろしくお願いします」とれいじ。
機材の並び、空気、会話のテンポ。全部が“仕事”だった。
「じゃあまず、デビュー曲決めましょうか」と黒田。
テーブルに音源が並べられる。
「今回の候補は、ミニアルバムの5曲と、そのあとに作った3曲。この8曲から選びます」
順番に流す。どれもいい。でも――
「……決め手がないな」とはじめ。「だよね」と美月。「全部いけるけど、全部決めきれない感じ」とれいじ。
「新曲は?」と黒田。
「時間がない。今から作っても間に合わないし、クオリティも保証できない」とれいじ。
少しの沈黙。
「……紬に聞いてみる?」と美月。「ファン目線で選んでもらう」「ありだな」とはじめ。
れいじがスマホを取り出す。コール音。
「……はい、紬です」
少し驚いた声。
「今、大丈夫か?」
「え、はい……大丈夫ですけど……」
「こらからレコーディングなんだけど、デビュー曲、どれがいいと思う?」
「……えっ? え、デビュー曲ですか?」
明らかに動揺する。
「参考でいい。8曲ある中で、一番印象に残ってるやつで」
「……ちょっと待ってください……」
向こうで息を整える音。
「……私だったら、“この瞬間を鳴らせ”がいいと思います」
はっきり言い切る。
「一番最初に聴いたときのインパクトが強かったですし、ライブでもすごく楽しかったので。たぶん初めて聴く人にも一番伝わると思います」
全員が顔を見合わせる。
「……なるほどな」とはじめ。「いいじゃん」と美月。
「他は?」とれいじ。
「他もいいですけど……デビュー曲って考えたときに、一番“FirstDayっぽい”のはそれかなって思いました」
決まった。
「……いいね」「決まり」
「え、あの……参考になりましたか?」
「ああ。助かったよ」
「……よかったです。頑張ってください。楽しみしてます。」
通話が切れる。
「いい意見だな」とはじめ。「ちゃんと見てるな」と美月。
デビュー曲が決まる。
レコーディング開始。ドラム、ベース、ギターは順調に進む。
「じゃあ、ボーカルいきましょう」
ふたばの番。ブースに入り、マイクの前に立つ。息を吸い、歌い出す。
声は出ている。音も外れていない。でも――固い。変に力が入っている。いつもの声じゃない。
「……一回止めましょうか」
黒田の声。何度やっても同じ。歌うほど意識してしまう。
「……一旦休憩入れましょう」
ブースを出る。
「……すみません」
「大丈夫」と黒田。
佐伯が動く。「ちょっと環境変えましょうか」
マイクの周りにカーテンが引かれる。視界が遮られる。
「これで一人になります」「自分のタイミングでいきましょう」
ふたばは頷く。
一人になる。外の視線が消える。それでも不安は残る。
「……どうだ?」とれいじ。
「……わかんないです。声は出てるんですけど……違くて」
「力んでるな」「……はい」
「周りに合わせようとしてる。でも、やることは同じだから」
ふたばは顔を上げる。
「お前の声は変わってない。環境が少し変わっただけだ」
その一言で、少しだけ視界が開ける。
「……はい」
「自分のタイミングでいこう」
ふたばはブースへ戻る。カーテンの中、一人。深く息を吸う。
逃げられない。――やるしかない。
ふたばは目を閉じた。
第53話を読んでいただき、ありがとうございます。
今回はレコーディング現場の空気感と、ふたばがぶつかった“最初の壁”を描きました。
これまで通りでは通用しない環境の中で、自分の歌がわからなくなる――とてもリアルな瞬間です。
一方で、紬の視点から選ばれた楽曲も、このバンドの強みを改めて示してくれました。
そして、まだ乗り越えきれていないふたば。
ここからどう変わっていくのかが次のポイントになります。
次回は、その壁をどう乗り越えるのか。
大きな転機になる回です。
引き続き応援していただけたら嬉しいです。




