第52話「日常と不安」
第52話です。
今回は少しだけ日常回。
プロ契約後、ふたばの気持ちや変化を描いています。
奈緒との再会や、仲間たちとの時間の中で、
少しずつ見えてくるものがある回です。
ゆるく楽しんでいただけたら嬉しいです。
契約から数日後。
ふたばは久しぶりに奈緒と会っていた。
「ここが新しい部屋?」
三階の廊下を歩きながら、奈緒が言う。
「うん」
ドアを開ける。
リビングに入ると、奈緒の目が少しだけ大きくなった。
「……え、なにここ」
「え?」
「めっちゃいいじゃん」
ぐるっと見渡す。
「普通に広いし、きれいだし、なんかもう事務所みたい」
「実際、そんな感じかも」
ふたばは少し笑う。
「ここ、バンドの拠点なんだ」
「え、じゃあここでみんな集まるの?」
「うん」
「すご……」
奈緒はソファに座る。
「で、美月と一緒に住んでるんだよね?」
「うん、二人で」
「……なんか急に世界変わったね」
その言葉に、ふたばは少しだけ黙る。
「……うん」
変わった。
でも――
「実感、まだないけど」
「でしょ」
奈緒はあっさり言う。
「普通そうだよ」
ふたばは少し安心する。
「ねえ、曲聴いていい?」
「うん」
スマホを繋ぐ。
部屋に、FirstDayの曲が流れる。
少しだけ緊張する。
奈緒は黙って聴いている。
サビに入る。
ふたばの声が広がる。
曲が終わる。
「……いいじゃん」
奈緒が笑う。
「普通にいい」
「ほんと?」
「うん」
少しだけ前のめりになる。
「これ、絶対売れるって」
軽く言う。
でも、その言葉がすっと入ってくる。
「私、買うからね」
「……ありがとう」
ふたばは少しだけ笑った。
胸の奥が、少し軽くなる。
「でもさ」
奈緒がふと真面目な顔になる。
「やっぱ不安でしょ?」
核心だった。
「……うん」
隠せなかった。
「なんか……一気に来すぎて」
「だよね」
「自分がついていけてるのか、わかんなくて」
奈緒は頷くだけ。
「でもさ」
少しだけ笑う。
「ついていくしかないよね」
「……うん」
「だってもう、そこにいるんだから」
シンプルな言葉。
でも、それが一番現実だった。
そのとき。
ガチャッとドアが開く。
「ただいまー」
美月だった。
「あれ?」
奈緒を見る。
「誰?」
「大学の友達の奈緒」
「へぇ」
美月はニヤッと笑う。
「よろしく」
「こちらこそ」
空気が少しだけ変わる。
「てかさ」
美月がバッグを置きながら言う。
「せっかくだし、飲まない?」
「いいね」と奈緒。
「飲む」
ふたばも少し笑う。
「じゃあ、ちょっと買ってくるわ」
「私も行く」と奈緒。
そこからは一気に流れが変わった。
飲み物、つまみ、音楽。
気づけば――
「はじめ呼ぶか」
「呼ぼうぜ」
「れいじも」
「彩乃も呼ぶ?」
「紬も来るかな」
数時間後。
リビングは人でいっぱいになっていた。
「狭っ!」とはじめ。
「お前がでかいんだよ」と美月。
「うるせぇ」
笑い声が響く。
「プロ契約おめでとー!」と彩乃。
「ありがとう」とふたば。
グラスがぶつかる。
騒がしい。
でも、楽しい。
その中で。
れいじがスマホを見ていた。
「……どうした?」
はじめが聞く。
「いや」
画面を見せる。
メッセージ。
「レーベルから」
空気が少しだけ変わる。
「早速、レコーディングのスケジュール来た」
「……はや」と美月。
「来週だってよ」
一瞬、静かになる。
――プロ。
その現実が、急に近づく。
「……やるか」
れいじが言う。
「だな」とはじめ。
「当たり前でしょ」と美月。
ふたばは少しだけ黙る。
さっきまでの楽しい空気と、
これからの現実。
その間にいる気がした。
「……頑張ろ」
小さく呟く。
でも。
隣には仲間がいる。
奈緒もいる。
だから、きっと大丈夫だと思えた。
その夜は、遅くまで笑い声が続いた。
第52話を読んでいただき、ありがとうございます。
今回はふたばの“まだ追いついていない気持ち”と、
奈緒という存在の大きさを描きました。
環境は一気に変わったけど、気持ちはゆっくり。
そのリアルさが、この先の成長につながっていきます。
そして最後に出てきたレコーディングの話。
ここから一気に“プロの現場”に入っていきます。
楽しい時間のあとに来る現実。
そのギャップも含めて描いていくので、次回もぜひ読んでいただけたら嬉しいです。




