第40話「届き始めた距離」
第40話です。
対バンツアー大阪編。
広島で出会ったLuminousとの再会、そして再び同じステージに立つことになります。
実力差を感じながらも、その距離をどう受け止めるのか。
FirstDayの現在地を感じていただける回になっています。
ぜひ楽しんでいただけたら嬉しいです。
大阪に着いたのは昼過ぎだった。
名古屋からの移動は思っていたよりもずっとスムーズで、車内の空気も前回よりかなり軽かった。ハイエースの運転席にはれいじ、助手席にははじめ。後ろでふたばと美月が並んで座り、窓の外を流れていく景色を眺めている。
「やっぱ連日だと慣れるな」
はじめが言う。
「昨日より全然ラクだわ」
「お前が昨日うるさすぎただけだろ」
れいじが前を見たまま返す。
「えー、俺のおかげで空気良かったじゃん」
「良かったのは否定しないけど、声量は考えて」
美月が笑う。
ふたばもつられて笑った。
昨日の名古屋でのライブ。機材トラブルはあった。でも、あれを乗り越えたことで、バンドの空気は確実に変わっていた。ただうまく演奏するだけじゃない。何が起きても止まらずに前へ進む。その感覚を、四人とも掴み始めている。
「大阪の箱、広島と名古屋より少し広いらしいよ」
美月がスマホを見ながら言う。
「へぇ、いいじゃん」
はじめが振り返る。
「じゃあその分、ビビるなよふたば」
「ビビってません」
「ちょっとはビビってる顔してる」
「してませんって」
「してるよ」
美月がくすっと笑う。
そんなやり取りをしているうちに、車はライブハウスの近くへと入っていく。見慣れない街。見慣れない看板。それでも、昨日までより確実に落ち着いている自分がいた。
車を降りて機材を下ろす。ビルの入口を見上げたとき、ふたばは無意識に深呼吸をした。
「よし、行くぞ」
れいじの一言で、全員の表情が少しだけ引き締まる。
ライブハウスに入ると、すでに何組かの出演者が到着していた。スタッフに挨拶をして、受付前を通ったそのときだった。
「あ」
聞き覚えのある声がした。
振り向くと、そこにはルナがいた。長い髪を軽くかき上げながら、どこか余裕のある笑みを浮かべている。後ろにはLuminousのメンバーたちもいた。
「やっぱ来てたんだ」
ルナが言う。
「そっちこそ」
美月が返す。
ふたばは少しだけ緊張しながら頭を下げた。
「お久しぶりです」
「うん、久しぶり」
ルナはふたばを見て少しだけ笑う。
「配信された新曲聴いたよ」
その一言に、ふたばの心臓が少し跳ねた。
「え」
「よかったじゃん」
ルナはあっさり言う。
「前より、ちゃんと“バンドの曲”になってた」
軽い口調なのに、言葉にはちゃんと重みがある。
れいじが横から短く聞く。
「そっちは?」
「うちらも悪くないよ」
ルナが肩をすくめる。
「今日は前回より仕上がってると思う」
「だろうな」
れいじが答える。
そのやり取りに、はじめが小さく口笛を吹いた。
「なんか普通に喋ってるの怖いな」
「何それ」
ルナが笑う。
「いや、上手い人同士の会話って感じで」
「お前、それ言うと感じ悪いぞ」
美月がツッコむ。
「でもちょっとわかる」
ふたばが小さく言うと、みんなが少しだけ笑った。
リハーサルを終え、本番が始まる。
Luminousの出番はFirstDayの前だった。
照明が落ちた瞬間から、空気が変わった。
最初の一音でわかる。やっぱり違う。音の立ち上がり、空間の掴み方、四人の視線の交わし方。無駄がない。観客が一気にステージへ引き込まれていくのがわかる。
ルナの声はまっすぐで、強くて、それでいて軽やかだった。ただ音程がいいとかリズムがいいとか、そういう話じゃない。ステージの上で、自分たちの世界を完成させている。そのこと自体が圧倒的だった。
(……すごい)
ふたばは、袖からその姿を見つめていた。
悔しい。
でも、目を逸らしたくない。
こういうバンドと同じ場所に立っている。その事実が、逆に胸を熱くする。
「やっぱやべぇな」
はじめが小さく呟く。
「うん」
美月も短く答える。
れいじは何も言わない。ただ、静かにステージを見ていた。
Luminousの演奏が終わる。歓声が上がる。大きい。熱い。完全に持っていかれた空気。
でも、その熱の残った場所に、今度は自分たちが立つ。
「行くぞ」
れいじの声。
ステージに上がる。
ライトが当たる。
客席が見える。
昨日までと同じようで、少し違う。Luminousのあとだ。比べられる。見られる。空気の温度も高い。
でも、不思議と怖くはなかった。
はじめのドラムが鳴る。
美月のベースが入る。
れいじのギターが重なる。
その音を聞いた瞬間、ふたばの中の余計なものが消えた。
歌う。
一曲目から手応えがあった。客席がちゃんと見ている。聞いている。反応が返ってくる。昨日の名古屋よりも、さらに一歩前へ出られている感覚があった。バンドの音も強い。四人の呼吸が揃うたびに、曲が生き物みたいに前へ前へ進んでいく。
MCを挟み、新曲に入る。
この瞬間を鳴らせ。
ふたばが自分の言葉で書いた歌。
イントロが流れた瞬間、客席の空気が少し変わった。初めて聞く曲だからこそ、耳を傾ける静けさがある。その中で、ふたばは息を吸った。
歌う。
まっすぐに。
今の自分を隠さずに。
名古屋でトラブルを越えて鳴らしたこの曲は、もう前回とは違っていた。バンドのものになっている。ふたば一人の歌じゃない。四人で鳴らす音の中に、ちゃんと居場所があった。
サビに入る。
客席の何人かの表情が変わるのが見えた。
届いている。
そう思えた。
最後まで走り切る。
音が止まる。
拍手が上がる。
大きい。
昨日よりも、確かに。
Luminousのあとという難しい流れの中で、この拍手をもらえたことが、何より嬉しかった。
ステージを降りたふたばは、少しだけ息を切らしながら、それでも笑っていた。
「よかった」
思わず漏れた言葉に、
「だろ」
はじめが笑う。
「今日かなり良かったぞ」
「うん、ちゃんと乗れてた」
美月も頷く。
れいじは短く一言だけ言った。
「悪くない」
その声に、ふたばは少しだけ肩の力を抜いた。
終演後。
片付けを終えた頃、ルナが声をかけてきた。
「お疲れ」
「お疲れ様です」
ふたばが答える。
ルナは少しだけふたばを見て、それから言った。
「……いい顔してたじゃん」
「え」
「前より全然いい」
一歩だけ近づく。
「ちゃんと届いてたよ」
その一言が、胸にまっすぐ入ってくる。
「……ありがとうございます」
ふたばは小さく頭を下げた。
「でも」
ルナが少しだけ笑う。
「まだ負けてるけどね」
「……はい」
ふたばも少しだけ笑う。
悔しい。でも、その悔しさは前向きだった。
「打ち上げ、来る?」
Luminousのベーシストが聞く。
「え?」
「せっかくだし。一緒に飲もうよ」
はじめがすぐに反応する。
「行きます!」
「お前早いな」
美月が笑った。
打ち上げはライブハウス近くの居酒屋だった。
席に着くと、さっきまでの緊張が少しずつほどけていく。
「かんぱーい!」
はじめの声でグラスがぶつかる。
最初は少しだけぎこちなかった空気も、酒と料理が進むにつれて徐々に柔らかくなっていった。Luminousのドラムが意外と天然だったり、はじめがすぐに打ち解けたり、美月がルナに「今日のあのベースの入りズルい」と言えば、ルナが「そっちもあの二曲目の展開好きだった」と返したり。気づけば普通に音楽の話で盛り上がっていた。
「大阪まで来て思ったけどさ」
はじめが言う。
「やっぱ上手いバンドって、ただ上手いだけじゃないんだな」
「どういうこと?」
ルナが聞く。
「空気ごと持ってく感じ?」
「あー」
ルナが頷く。
「まあ、それは意識してる」
「だよなあ」
はじめがしみじみ言う。
一方で、ふたばはルナの向かいで少し緊張しながら座っていた。
「ねえ」
ルナが言う。
「新曲、あれ自分で書いたんでしょ?」
「……はい」
「いいじゃん」
「ありがとうございます」
「ちゃんと今の自分で書いてる感じした」
その言葉が嬉しい。
「まだ荒いけど」
すぐに続く。
「でも、そこがいい」
れいじが隣で小さく笑った。
「厳しいな」
「そっちが言う?」
ルナが返す。
そのやり取りに、場が少しだけ笑いに包まれる。
打ち上げの終盤。
ルナがふたばに向かってグラスを軽く持ち上げた。
「次さ」
「え?」
「またやろうよ」
「……はい」
「今度は、もっとちゃんと並んだ状態で」
一拍置いて、ルナが笑う。
「同じステージで勝負しよう」
その言葉は、挑発みたいで、でも嬉しかった。
認められていなければ、そんなふうには言われない。
「……はい」
ふたばは、今度ははっきり頷いた。
「負けません」
自然にそう言えていた。
ルナが少しだけ驚いたように笑う。
「いいね」
「その顔、前より好き」
その言葉に、ふたばの胸が少しだけ熱くなる。
追いつきたい背中だった。
でも今は、それだけじゃない。
同じ場所で戦いたい相手になり始めている。
大阪の夜はにぎやかに更けていく。
笑い声と音楽の話と、少しの悔しさと、確かな手応え。
その全部が混ざり合う中で、FirstDayはまた一歩先へ進んでいた。
まだ届かない場所はある。
でも、もう遠すぎるとは思わなかった。
その距離は、確かに縮まり始めている。
第40話を読んでいただき、ありがとうございます。
今回はLuminousとの再会、そしてライブを通して「差」と「成長」の両方を描きました。
圧倒されるだけで終わらず、その中でも自分たちの音を届けられたことが、FirstDayにとって大きな一歩になっています。
そしてルナの言葉。
厳しさの中にある評価と、次へ繋がる約束は、憧れだった存在が“ライバル”へ変わり始めた瞬間でもあります。
まだ届かない部分はありますが、確実に距離は縮まっています。
その変化を感じていただけていたら嬉しいです。
FirstDayがどこまで進んでいくのか、ぜひ引き続き見守ってください。
よろしければ感想や評価もお待ちしております。




