第36話「少しだけ、変わってみる」
第36話です。
ツアー2日目、福岡へ向かうFirstDay。
移動の中でのやり取りや、それぞれの変化が少しずつ見えてくる回になっています。
いつもの空気感と、少しだけ変わったふたばを楽しんでいただけたら嬉しいです。
朝。
ホテルのカーテンの隙間から光が差し込む。
ふたばはゆっくりと目を開けた。
「……朝か」
体を起こすと、少しだけ頭が重い。
昨日の余韻と、少しの寝不足。
でも、不思議と気分は悪くなかった。
むしろ少しだけ軽い。
ベッドから降りて、洗面所へ向かう。
鏡の前に立つ。
そこに映るのは、いつもの自分。
でも、昨日とは少し違う気持ちの自分だった。
美月の言葉が頭に浮かぶ。
ちょっと変えるだけでいい。
「……ほんのちょっとだけ」
髪を整える。
いつもより少し丁寧に。
前髪の流し方も、ほんの少しだけ変える。
メイクも少しだけ。
やりすぎないように気をつけながら、でも確実に変化をつける。
服を選ぶ。
少し迷ってから、肩がほんの少しだけ見えるトップスを手に取る。
「……これくらいなら」
鏡の前で自分を見る。
恥ずかしい。
でも、嫌じゃない。
「……大丈夫」
小さく呟く。
深呼吸して部屋を出た。
ロビーに向かうと、すでにはじめがいた。
「おはよー」
「おはようございます」
「早いじゃん」
「ちょっと目が覚めちゃって」
そこに美月が来る。
ふたばを見るなり、すぐにニヤッと笑った。
「……いいじゃん」
「え」
「やったね」
「……やってないです」
「やってるやってる」
「やってません!」
少し強めに否定する。
「でもいい感じだよ」
美月が言う。
「自然だし、ちゃんと似合ってる」
「……ほんと?」
「うん」
少しだけ安心する。
そのとき。
「おはよう」
れいじが来た。
一瞬だけ目が合う。
ほんの一瞬、時間が止まる。
「……今日、なんか違うな」
「え!?」
心臓が跳ねる。
「いいと思う」
「……」
「似合ってる」
それだけ言って、普通に歩いていく。
「……っ」
顔が一気に熱くなる。
「ほらね」
美月が小声で言う。
「効いたでしょ」
「……」
何も言えない。
でも、嬉しかった。
チェックアウトを済ませ、外に出る。
朝の空気が気持ちいい。
ハイエースに乗り込む。
「今日は福岡だな」
はじめが言う。
「移動そこそこあるぞ」
「任せろ」
れいじがハンドルを握る。
エンジンがかかり、車が動き出す。
窓の外の景色が流れていく。
ふたばはぼんやりとそれを見ていた。
昨日のライブを思い出す。
ルナの言葉が頭に浮かぶ。
まだいけるでしょ。
「……はい」
小さく呟く。
もっと上に行きたい。
もっと良くなりたい。
その気持ちははっきりしていた。
「なあ」
はじめが後ろを振り返る。
「今日のセトリどうする?」
自然とバンドの話になる。
れいじがいくつか案を出す。
美月も意見を出す。
「最初は昨日と同じでいいと思う」
「だな、掴みやすい」
「ふたばは?」
れいじが振る。
一瞬だけ迷う。
でも。
「昨日より少しテンポ上げてもいいと思います」
ちゃんと口に出す。
「いいな」
れいじが言う。
「その方が流れ作れる」
「じゃあそれでいこう」
はじめも頷く。
「うん、いいと思う」
美月も笑う。
少しだけ嬉しい。
ちゃんとバンドの中にいる実感。
サービスエリアで休憩を挟む。
車を降りると、体が軽くなる。
「うわー生き返る」
はじめが伸びをする。
「それ完全におっさん」
美月がすぐにツッコむ。
「うるせぇ!」
「もう28だよ?」
「まだ28だ!」
「言い方の問題」
ふたばはそのやり取りを見て笑う。
この空気が好きだと思う。
また車に乗り込み、移動を続ける。
会話したり、音楽を流したり、時々静かになったり。
その全部が心地よかった。
そして。
「着いたぞ」
れいじの声。
窓の外に広がる福岡の街。
「おおー!」
はじめがテンションを上げる。
「来たな!」
「なんか雰囲気違うね」
美月が言う。
「それ東京で言うなよ」
「違うの!」
「何が」
「雰囲気!」
「ざっくりすぎるわ」
ふたばはまた笑う。
車を降りる。
体を伸ばす。
「腰やば」
はじめが言う。
「年じゃない?」
「うるせぇ!」
わちゃわちゃしながら荷物を降ろす。
「それ持つ?」
れいじがふたばに言う。
「大丈夫です」
「無理すんなよ」
「はい」
その様子を美月が横でニヤニヤ見ている。
「……何ですか」
「いやーいいねえ」
「何がですか!」
「なんでもないでーす」
ライブハウスの前に立つ。
「ここか」
はじめが看板を見る。
「いい感じじゃん」
「うん、雰囲気ある」
ふたばは建物を見上げる。
新しい場所。
新しいステージ。
「緊張してる?」
美月が聞く。
「……ちょっとだけ」
「大丈夫でしょ」
「……はい」
「昨日より絶対いい」
はじめが言う。
「確実に上がってる」
れいじは短く言う。
「行くぞ」
「はい!」
全員が動く。
機材を持つ。
ケースを肩にかける。
「ちょっと待って」
美月がふたばを止める。
「前髪直す」
「え?」
軽く整える。
「……はいOK」
「……」
「完璧」
「何がですか!」
「いけるいける」
はじめが笑う。
「全部な」
ふたばは深呼吸する。
大丈夫。
昨日よりも前にいる。
そして。
扉の前に立つ。
「いくぞ」
れいじがドアに手をかける。
一瞬の静けさ。
そのあと。
扉が開く。
新しい音の中へ。
笑いながら。
でも確かに前へ。
ふたばは一歩踏み出した。
その変化は、もう止まらない。
第36話を読んでいただき、ありがとうございます。
ほんの少しの変化でも、それが積み重なることで確実に前に進んでいく――そんな回になりました。
ふたばの小さな変化と、それに対する周りの反応も楽しんでいただけていたら嬉しいです。
そして、バンドとしての空気感もより一体感が出てきました。
ツアーの中で、音も関係もどんどん変わっていきます。
次回はいよいよ福岡でのライブ。
どんなステージになるのか、ぜひ楽しみにしていただけたらと思います。
よろしければ感想や評価もお待ちしております。




