第35話「眠れない夜」
第35話です。
ツアー初日の夜、広島のホテルにて打ち上げ。
ライブの余韻の中、それぞれの時間がゆっくりと流れていきます。
少しだけ肩の力を抜いて、楽しんでいただけたら嬉しいです。
広島の夜。
ホテルの一室。
「かんぱーい!」
はじめの声が響く。
コンビニで買ってきた酒とつまみがテーブルに並ぶ。
四人でグラスを合わせる。
「今日はよかったな」
はじめが言う。
「手応えあった」
「うん」
美月も頷く。
「ちゃんと届いてた感じあった」
ふたばは小さく笑う。
「……楽しかったです」
素直な一言。
「それでいい」
れいじが言う。
「楽しめてるなら、ちゃんと出てる」
「……はい」
「でもさ」
はじめがニヤッとする。
「ルナ、すごかったな」
「あー」
美月が笑う。
「わかる」
「ちゃんと“やってる人”って感じだった」
「うん」
ふたばも頷く。
あの目。
あの言葉。
忘れられない。
「刺激になるな」
れいじがぽつりと言う。
短い一言。
でも、その重さはしっかり伝わる。
「じゃ、そろそろ解散な」
はじめが立ち上がる。
「明日もあるし」
「だな」
れいじも立つ。
男子二人が部屋を出る。
ドアが閉まる。
一気に静かになる。
「……で?」
美月がグラスを揺らしながら言う。
「え?」
「あれからどうなの?」
「……何が?」
「れいじと」
「……」
一瞬で詰まる。
「なんもないの?」
「……はい」
「ふーん」
ニヤッと笑う。
「じゃあさ」
少し身を乗り出す。
「ちょっと攻めてみたら?」
「……攻める?」
「そう」
指を一本立てる。
「例えばさ」
「服」
「え?」
「ちょっと変えてみるとか」
「……服?」
「そうそう」
「もうちょいこう……女っぽい感じ?」
「……」
「露出ちょい増やすとか」
「……む、無理です」
「なんで」
「恥ずかしいし……」
「いやいや」
笑いながら言う。
「ちょっと肩出すとかでいいんだって」
「……」
想像してしまう。
無理だ。
「あとさ」
さらに続ける。
「メイク」
「……メイク?」
「うん」
「今も悪くないけど」
「ちょっと変えるだけで全然違うよ」
「……」
「それか」
少し声を落とす。
「ボディタッチとか」
「……え!?」
「さりげなくね」
「肩トンってするとか」
「距離近くするとか」
「……」
無理。
絶対無理。
「……できないです」
「えー」
「無理です」
「もったいないなー」
美月は楽しそうに笑う。
「でもさ」
一拍。
「そういうの、意外と効くよ?」
「……」
「別にがっつりじゃなくていいの」
「ちょっとだけ」
「それだけで変わるから」
「……」
ふたばは少しだけ考える。
れいじの顔が浮かぶ。
距離が近くなる。
――無理。
「……やっぱ無理です」
「はい却下」
「……」
「まあいいや」
美月が笑う。
「そのままでも可愛いし」
「……」
「でも」
一拍。
「ちょっとくらい意識してもいいんじゃない?」
「……」
その言葉は、軽いのに。
妙に残る。
「……はい」
小さく頷く。
一方――
男子部屋。
「で?」
はじめがニヤニヤする。
「どうなんだよ」
「何が」
「ふたば」
「……」
れいじは少しだけ考える。
「いいボーカルだと思う」
「出た」
「何が」
「それだけじゃねぇだろ」
「……」
少しだけ間。
「……頑張ってるとこは好きだな」
「おお」
はじめが笑う。
「それそれ」
「違う」
「はいはい」
れいじはそれ以上言わない。
一人になる。
ベッドに横になる。
今日のライブ。
ふたばの歌。
確実に変わってきている。
(……いいな)
小さく思う。
一方――
ふたば。
ベッドに入る。
でも、眠れない。
美月の言葉が頭に残る。
『ちょっと変えるだけでいい』
「……」
少しだけ考える。
もし。
ほんの少しだけ。
変えたら。
どうなるんだろう。
そのとき。
スマホが光る。
れいじ。
『今日よかった』
一行。
「……」
心臓が跳ねる。
『明日も頼む』
「……はい」
小さく呟く。
顔が熱い。
眠れない。
でも――
少しだけ楽しみだった。
明日。
ほんの少しだけ。
変わってみようか。
そんなことを思いながら。
ふたばは目を閉じた。
その夜、小さな変化が生まれようとしていた。
第35話を読んでいただき、ありがとうございます。
ライブを終えたあとの静かな時間の中で、ふたばの気持ちにも少しずつ変化が見えてきました。
美月との会話や、何気ないやり取りの中で、恋と音楽の両方が少しずつ動き出しているように感じていただけたら嬉しいです。
そして最後のやり取り――短い言葉ですが、ふたばにとっては大きな意味を持つものになったのではないでしょうか。
次回はツアー2日目。
小さな変化がどんな影響を与えるのか、ぜひ楽しみにしていただけたらと思います。
よろしければ感想や評価もお待ちしております。




