第34話「走り出した先で」
第34話です。
ついに対バンツアーがスタート。
東京を出発し、最初の地は広島――。
初めての遠征、初めての土地、そして新たな出会い。
バンドとして一歩踏み出す大事な回になっています。
ぜひ楽しんでいただけたら嬉しいです。
夜、21時。
東京の街を抜けて、ハイエースが静かに走り出す。
「よし、行くぞ」
れいじがハンドルを握る。
助手席にははじめ。
後部座席には、美月とふたば。
機材と楽器に囲まれた車内は少しだけ狭い。
でも、不思議と居心地は悪くなかった。
「マジでツアーだな」
はじめが笑う。
「車で回るの、それっぽいわ」
「今さら?」
美月が肩をすくめる。
「でもわかる」
れいじは軽く笑うだけで、前を見たまま。
ふたばは窓の外を見ていた。
流れていく夜の景色。
少しずつ遠ざかっていく街の明かり。
(……始まったんだ)
胸の奥が、少しだけ熱くなる。
不安もある。
でも、それ以上に。
ワクワクしていた。
数時間後。
サービスエリア。
「交代な」
はじめが車を降りる。
「任せろ」
れいじと入れ替わる。
夜の空気は冷たい。
でも、どこか心地いい。
「ふたば、寝とけ」
美月が言う。
「着くまで長いよ」
「……はい」
シートに寄りかかる。
揺れが、やけに優しい。
そのまま、意識がゆっくりと遠のいていく。
次に目を開けたとき。
外はもう明るかった。
「……あ」
「もうすぐ着くぞ」
れいじの声。
時計は9時前を指していた。
「広島だ」
はじめが言う。
車は知らない街へと入っていく。
見たことのない景色。
それだけで、少しだけ胸が高鳴る。
ライブハウス近くに車を停める。
「……着いたな」
エンジンが止まり、一気に静かになる。
「とりあえず仮眠」
はじめが言う。
「夕方まで時間あるし」
全員、軽く頷く。
シートを倒す。
疲れが一気に押し寄せてくる。
そのまま、すぐに眠りに落ちた。
昼過ぎ。
ホテルにチェックインする。
れいじが事前に予約していた部屋。
「準備いいな」
はじめが笑う。
「まあな」
短く返す。
シャワーを浴びると、体が一気に軽くなる。
少しだけ現実に戻る。
夕方。
ライブハウス。
「FirstDayです。よろしくお願いします」
挨拶を済ませる。
機材チェック。
音出し。
リハーサル。
いつもと同じ流れ。
でも場所が違うだけで、少しだけ緊張する。
「問題なしだな」
れいじが言う。
「いける」
はじめが頷く。
「うん、いい感じ」
美月も笑う。
ふたばはマイクを握る。
(……大丈夫)
やるだけ。
やってきたことを出すだけ。
夜。
対バンスタート。
知らない客。
知らない場所。
でも――
関係ない。
音が鳴る。
歌う。
前よりも自然に声が出る。
無理がない。
ちゃんと届いている感覚。
演奏もまとまっている。
音が一つになる。
曲が終わる。
拍手。
歓声。
初めての場所でも、確かに伝わった。
「……いいな」
はじめが小さく言う。
「手応えある」
「うん」
美月も頷く。
ふたばは、ほんの少しだけ笑う。
自分でもわかる。
前より、ちゃんと歌えていた。
ステージを降りる。
余韻が残る中――
「ねえ」
声がかかる。
振り返る。
そこにいたのは、一人の女の子。
長い髪。
透明感のある雰囲気。
でも、その目はしっかりとした強さを持っていた。
「さっきのライブ」
静かに言う。
「よかったよ」
「……ありがとうございます」
ふたばが答える。
「ボーカル?」
「はい」
「やっぱり」
少しだけ笑う。
「声、いいね」
「……」
「まだ粗いけど」
一歩近づく。
「ちゃんと届く声してる」
その言葉は、優しいのに逃げ場がない。
「……ありがとうございます」
「私もボーカルやってる」
「え?」
「Luminous」
「あ……」
今日の対バン。
名前は見ていた。
「朝霧ルナ」
「……ふたばです」
「知ってる」
さらっと言う。
「見てたから」
その一言で、少しだけ背筋が伸びる。
「またやろうよ」
ルナが言う。
「対バン」
「……はい」
自然と頷く。
「次はもっと面白くなる」
自信のある言い方。
でも、嫌味はない。
「せっかくだし」
美月がバッグを開ける。
「これ」
取り出したのはミニアルバム。
5曲入りの、FirstDayの今。
「今日から売ってる」
はじめが言う。
「物販デビュー」
「へえ」
ルナはそれを手に取る。
じっと見る。
「……いいね」
小さく呟く。
「ちゃんと形にしてる」
その言葉に、重みがあった。
「よかったら聞いてください」
ふたばが言う。
少しだけ緊張しながら。
でも、目は逸らさない。
「じゃあ、買う」
「え、いいよ――」
「いいの」
軽く遮る。
「対価は払う主義だから」
さらっと言う。
でも、その姿勢がかっこいい。
「……ありがとうございます」
「じゃあ、こっちも」
ルナがCDを取り出す。
「Luminousの」
「え?」
「交換」
差し出される。
自然な動き。
迷いがない。
「……いいんですか?」
「うん」
軽く頷く。
「聞いてほしいし」
ふたばはそのCDを受け取る。
少しだけ重く感じた。
そこにあるのは、音だけじゃない。
積み重ねてきた時間。
覚悟。
「……聞きます」
「うん」
ルナは満足そうに笑う。
「次やるとき」
一拍。
「お互い、もっと良くなってよう」
「……はい」
自然に返事が出る。
「じゃあ今度は負けないから」
ルナが笑う。
「……私もです」
ふたばも笑う。
ルナは軽く手を振って去っていく。
その背中を見ながら――
ふたばはCDを握りしめる。
胸の奥が熱い。
(……負けたくない)
でも、それは嫌な感情じゃない。
前に進むための力。
世界は広い。
まだ知らない場所。
まだ知らない人。
でも、その中で戦っていきたい。
ふたばは前を見る。
さっきよりも、少しだけ遠くを。
この旅は始まったばかり。
音を届ける旅。
そして、自分を知る旅。
止まらない。
もう決めた。
その一歩は、確実に未来へ繋がっていた。
第34話を読んでいただき、ありがとうございます。
ついに始まったツアー。
移動、ライブ、そして新たな出会い――バンドとしての世界が一気に広がった回でした。
特にルナとの出会いは、ふたばにとって大きな刺激になったと思います。
同じボーカルとして、これからどんな関係になっていくのかも注目です。
そしてミニアルバムという“形”を持ったことで、音が人と人を繋いでいく――そんなテーマも感じていただけたら嬉しいです。
ここからツアーは続き、物語もさらに加速していきます。
引き続き見守っていただけると嬉しいです。
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