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第32話「少しだけ、立ち止まる日」

第32話です。


バイト、バンド、ボイトレ――忙しい日々の中で、ふたばは少しだけ立ち止まる時間を持ちます。

今回は奈緒との久しぶりの再会回です。


ゆったりした空気の中でのやり取りを、楽しんでいただけたら嬉しいです。

最近、忙しい。


 バイト。


 バンド。


 スタジオ。


 ギター。


 そして――ボイトレ。


「……はぁ」


 ふたばは小さくため息をつく。


 嫌じゃない。


 むしろ全部やりたいこと。


 でも。


 さすがに少しだけ、余裕がなくなっていた。


(……ちょっと疲れてるかも)


 そんなとき。


 スマホが鳴る。


『生きてる?』


 奈緒からだった。


 思わず笑う。


『生きてるよ』


『じゃあ遊ぼ』


 即決。


「……急だなぁ」


 でも。


 ちょうどよかった。


『いいよ』


 送る。


 


 数日後。


 駅前。


「久しぶり!」


 奈緒が手を振る。


「久しぶり」


 ふたばも笑う。


「なんか雰囲気変わった?」


「え?」


「いい意味でね」


「……そうかな」


「うん、ちょっと大人っぽくなった」


「やめてよ」


 照れる。


 でも、少し嬉しい。


「で?」


 奈緒がニヤニヤする。


「どうなのよ」


「何が」


「バンドと……」


 一拍。


「れいじ」


「……」


 一瞬で核心。


「……何もないよ」


「はい嘘」


 即答。


「なんでよ」


「顔に書いてある」


「書いてない!」


「書いてる」


 奈緒は楽しそうに笑う。


「で、どこまでいったの?」


「どこまでって……」


 言葉に詰まる。


「ほら」


「……」


「好きなんでしょ?」


「……」


 否定できない。


 もう、わかってる。


「……うん」


 小さく答える。


「やっと認めた」


「……うるさい」


 少しだけムッとする。


 でも。


 どこかスッキリした。


「で?」


 奈緒が聞く。


「どうすんの?」


「……わかんない」


「は?」


「だって……」


 ふたばは少しだけ下を向く。


「鈍いし」


「まあね」


「でも優しいし」


「うん」


「距離近いときもあるし」


「うんうん」


「でも全然そういう感じじゃないし」


「……」


「もう意味わかんない」


 一気に吐き出す。


 奈緒は少しだけ笑う。


「典型的じゃん」


「え?」


「好きな人に振り回されてるやつ」


「……」


 図星すぎる。


「で、行動したの?」


「……ちょっとだけ」


「ちょっとって?」


「ギター一緒に買いに行った」


「デートじゃん」


「違う!」


「いやそれはデート」


「違うって!」


 でも。


 言われてみれば。


「……」


「で?」


「……何もなかった」


「……」


 奈緒がじっと見る。


「逆にすごいね」


「どういう意味!?」


「そこまでいって何もないって」


「……」


 何も言い返せない。


「でもさ」


 奈緒が少しだけ真面目な顔になる。


「いいじゃん」


「え?」


「ちゃんと進んでる」


「……」


「ゼロじゃないでしょ?」


「……うん」


「ならいいよ」


 あっさり言う。


「焦らなくていい」


「……」


「でも」


 一拍。


「待ってるだけはダメ」


「……」


 その言葉は、はじめと同じだった。


「ちゃんと自分から行きな」


「……うん」


 ふたばは小さく頷く。


「てかさ」


 奈緒が笑う。


「なんか楽しそうだね」


「え?」


「忙しいけど」


「……うん」


 自然と笑う。


 確かにそうだった。


 大変だけど。


 でも。


 全部楽しい。


 やりたいこと。


 好きな人。


 全部ある。


「いいね」


 奈緒が言う。


「青春って感じ」


「もう卒業するけどね」


「関係ないでしょ」


 笑う。


 


 そのあとも、たくさん話した。


 バンドのこと。


 ボイトレのこと。


 どうでもいい話。


 全部。


 久しぶりの時間。


 でも。


 すごく大事な時間だった。


 


 帰り道。


 ふたばは一人で歩く。


 少しだけ、気持ちが軽い。


(……大丈夫)


 迷ってるけど。


 でも。


 ちゃんと前に進んでる。


 その実感がある。


 やることは決まってる。


 歌うこと。


 上手くなること。


 そして――


 ちゃんと向き合うこと。


 逃げない。


 もう決めた。


 夜の空気が、少しだけ優しい。


 深呼吸する。


 少しだけ、余裕が戻る。


 立ち止まる時間も、大事だ。


 走り続けるだけじゃ、見えないものもある。


 だから。


 また前を向くために。


 この時間は、必要だった。


 ふたばは空を見上げる。


 そして、少しだけ笑う。


 止まることも、前に進むための一歩だった。

第32話を読んでいただき、ありがとうございます。


走り続けることも大事ですが、立ち止まることで見えるものもある――そんな回になりました。

奈緒との会話を通して、ふたばの気持ちも少し整理されたのではないかと思います。


恋も音楽も、少しずつですが確実に前に進んでいます。

ここからまた動き出すふたばに、ぜひ注目していただけたら嬉しいです。


よろしければ、感想や評価もいただけると励みになります。

引き続きよろしくお願いします。


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