第13話 耳狂い
フィルパワーが800を超える枕は最高級とされている。これは枕業界の常識である。そうして、花井の太腿はフィルパワー1200の数値を叩き出した。枕業界に新時代の風が吹いた。
女の全てを受け入れてくれるかのような、ふんわり弾力。それは頭髪を、頭皮を、頭蓋骨を、そうして脳さえをも、愛情で包み込んでくれた。
仰向けで寝たから、必然、零れ落ちる眼差しを瞳に浴びた。ハニカマざるを得ないシチュエーション。
「花井くん」ハニカメば、好きな人の名を呼ぶ以外、出来ることなんてない。「花井くん」
「浜辺さん」ハニカメば、好きな人の名を呼ぶ以外、出来ることなんてない。「浜辺さん」
耳かきなんて必要ないのかもしれない。目と目で通じ合う、は比喩ではないのだ。天と地と、視線で繋がって、ハニカンでいれば、それだけで幸福なのかもしれない、気持ちいいのかもしれない。実際、気持ちいい。それでも、もっともっと、気持ちよくなりたいと思ってしまうのが、人間なんだなぁ。
「浜辺さん。耳かき、イッてみようか」ハニカミながらも、好きな人の名を呼ぶ以外、出来ちゃう欲望の化身。「はい、ゴロンして」
ゴロンして、なんて甘ったるい言葉を浴びる体験、幼児の時分以来。これが、甘美であった。幼児退行の願望を抱くことは雄の専売特許ではないのだ。雌だって、むしろ雌のほうが、願望の度合いは強い。雌は、老婆になってさえ、少女扱いされたいものなのだ。
そんな訳で、ゴロンである。恋愛脳の馬鹿さ加減で、ゴロンである。それでいて、熾火のような羞恥がゴロンの向きに作用した。花井の体側に後頭部を向けたのだ。花井の両の太腿、その谷間には当然、モンスターが潜んでいる。モンスターと顔面のゼロ距離を避けた、これぞ正しく淑女の最後っ屁。
そうして、露わになった浜辺の左耳。幸か不幸か、ポニーテールによって丸見えとなっている左耳。文字通り、ノーガードだ。
第12話で述べた通り、恋愛中の人間はもれなく頭がおかしくなっている。そんな恋愛バーサーカー共も、24時間365日、頭がおかしくなっている訳ではない。特定のタイミングにおいて、ほんの僅かな時間ではあるが、正気に返るのだ。そのタイミングというのが、情事の寸前である。事後ではなく、寸前である。
さあ、炉にパンを入れよう! というアルゴニアンマナーが成立した瞬間、男女ともに正気へ返る。これは人間の悲劇性を物語る一面である。
『話しをするつもりだったのに!』左耳ノーガードのまま、浜辺は思った。『耳かきなんてしてもらっている場合じゃないのに!』
『これ、本当に浜辺さんが望んでいること!?』左耳ゲーイーズのまま、花井は思った。『これ、また僕の自己満足!?』
セックスという名のコミュニケーションは、動物的行為である。トークという名のコミュニケーションは、人間的行為である。すなわち、情事の寸前はラストチャンス、人間に立ち返るラストチャンス。過去、無数の男女が、この岐路に立った。そうして、全ての男女が、獣となった。性欲に流された? 違う、そうじゃない。人類はヤリチンとヤリマンのみで構成されている訳ではないのだ。
過去、確かに、人間へ立ち返ろうとした勇者がいた。彼ら彼女らは高潔だった。性欲を二の次に出来る理性があった。そんな彼ら彼女らでさえ、結局は獣に落ちた。なぜか? 心を持っていたからである。心・・・・・・情事の寸前、「やっぱりセックスは無しで、人間のコミュニケーションをしようぜ」と言われたパートナーがどんな気持ちになるか、それを思いやる心。心・・・・・・情事の寸前、「やっぱりセックスは無しで、人間のコミュニケーションをしようぜ」と言ったらパートナーが自分をどう思うか、それを案じる心。傷付けたくない、嫌われたくない。利他と利己、対をなす心が混ざり合い、そうして、生まれるのは人の心を持った獣、リアルもののけ姫。
『花井くんを傷付けたくない』浜辺もまた、リアルもののけ姫であった。『花井くんに嫌われたくない』
『浜辺さんに嫌われたくない』花井もまた、リアルもののけ姫であった。『浜辺さんを傷付けたくない』
米良美一氏の歌声が聞こえたら最後、もうイクところまでイクしかない。
刃のきっさきに似たのは、想い人の横顔ではなく、耳かきだった。
唐突ではあるが、ここで、他人の耳をかく際の注意点を説明したい。大事なことなので、ここで、他人の耳をかく際の注意点を説明したい。他人の耳をかく行為、それ自体は、合法だ、何も心配することはない、存分にかけ。しかし、かいて良いのは健康および正常な状態の耳の端まで。不健康および異常な状態の耳をかく、あるいは耳の奥までかいたらアウト、それは医療行為です。医師免許を持っていない限り、ブラックジャック確定です。御用です。
健康等、耳の状態を見極めることは、特殊な病が潜んでいるケースを除き、目視で十分、可能だ。法のリスクに対して、この点をクリアすることは難しくない。困難は、耳の奥までかいたらアウト、この点である。耳の奥、その奥というのが一体全体どこから奥なのか定義が曖昧だから? 違う、そうじゃない。より奥を目指してしまう人間の習性、これにより、耳の奥までかいたらアウト、この点のクリアが困難となっているのだ。
一つ、民話を披露しよう・・・・・・昔々ある所に、アナルマスターがおったそうな。ある日、それはそれは美しい男がアナルマスターを訪ねてきたそうな。
「初めてなんです・・・・・・」美しい男は頬を赤らめたそうな。「ファーストタイム・・・・・・」
「それでは、徐々にならしてイキましょうぞ」アナルマスターはそう言ったそうな。「今日のところは中指の第一関節までにしておきましょうぞ」
そんなこんなで、アナルマスターは美しい男の尻に中指を入れたそうな。そうして、秒で、第三関節までイッたそうな。
ファーストタイムでのサードインパクト、そんなモノに耐えられる筈もなく、美しい男は悶絶し、失神したそうな。
この美しい男、実は会津藩藩主の若君だったそうな。美しい若君の尻と男心を破壊した罪にて、アナルマスターは遠島に処されたそうな。めでたしめでたし・・・・・・。
この民話から分かる通り、アナルをマスターした侍でさえ、より奥を目指してしまう人間の習性を抑え込むことは困難なのである。故に、他人の耳をかく際には、侍魂をも超える強い意志が必要なのである。
『合法を貫くぞ!』花井は幻のふんどしをきつく締めた。『浜辺さんのために!』
幻のふんどしの締め具合にたがわぬ、強い意志であった。しかし、そんな意志も、浜辺の清潔な耳を見れば、瞬く間に吹っ飛んだ。
『真っさらなキャンパスよりも綺麗!』幻のふんどしが空を舞う。『新鮮なミミガーみたい! 耳だけに!』
健康な人間の耳は、耳クソを自然と排出する機能を有している。そうして、浜辺は健康だ。故に、ビューティフルは必然。
つまるところ、健康な人間にとって耳かきはプレイでしかないのである。イアーセックスは伊達じゃない!
興奮が、吐息を強めた。ロッキー山脈のチヌークに似たそれは、浜辺の耳を直撃した。
女のサガが、くすぐったさの中に快楽を見出した。浜辺の口が、大きく開いた。
「ぼおぉうぅ!」
雌のトドみたいな声が出て、浜辺の羞恥は一気にマックスを超えた。その羞恥の中にさえ快楽を見出す女のサガで、ブラジャーに隠れた女の山脈は冠雪を迎えた。
「浜辺さん!? 大丈夫!?」
その声さえ、セクシュアルなブレスとなって降り注ぐのだった。
漏れかける、トド。それを必死に抑え込んで、浜辺は人間の女の子の声を、可愛いを演じることを強いられる日本人の女の子の声を、発した。
「大丈夫。続けて。花井くん」
結局、好きな人には嫌われたくない、それに尽きるのだ。だからこそ、どんなくすぐったさも、どんな恥ずかしさも、受け入れてしまう。耐え忍ぶとは、本来、忍者の在り方ではない。耐え忍ぶとは、本来、人を好きになってしまった者の在り方なのである。
ポンプ小屋、その心もとない木造のボディが、軋んだ。天井から埃の煌めきが落ちた。
風雨に全く気が付かない、そんな超集中で、好き合う二人は互いの存在だけを思った。
非童貞、とは何か? それは、女の機微を察することが出来る男である。例え百人の女を抱こうとも、女の機微を察することが出来なければ、その男は童貞である。例え一人の女も抱いたことがなかろうとも、女の機微を察することが出来るのであれば、その男は非童貞である。花井は、浜辺を思った。しかし、機微を察するには至らなかった。花井よ、やはり貴様は童貞だ。
花井もまた、好きな人に嫌われたくない一心で、情事のレールを突き進むのであった。
「浜辺さん! 入れるよ!」耳を犯しながら、更に耳を犯そうとする、天然のサド。「入れるよ! いい!?」
「いい、です」
OKなほうの、いいです、であった。それを理解できるくらいの良識は、花井にもあった。
左手はそえるだけ。左耳に、そえるだけ。そんなソフトタッチですら、否、そんなソフトタッチだからこそのくすぐったさで、浜辺は身をよじった。
「動いたら危ないよ、浜辺さん。ジッとしていなくっちゃ」天然のサド。「ジッとしていなくっちゃ、耳かき、してあげないよ」
鞭を握ったとき以上に、体が火照った。それは、抑圧され続けてきた女の本質・・・・・・古の時代より、人類は男性社会であった。故に、女は男に奉仕する存在として、女王様を強いられてきた。女性の地位向上が叫ばれる現代にあっても、AVおよび風俗にF/Mが乱立するのはその証左である。これこそが、人類最大の過ち。男の子だってプリキュアになりたい! という思いと同等の熱量で、女だってマゾになりたい! という思いがあるのだ。おじさんだってプリキュアになりたい! という思いと同等の熱量で、女だってマゾになりたい! という思いがあるのだ。イジメるよりもイジメられたいマジで。そりゃあ、そうだ。しょせんサドが得られる快感は精神的快楽のみ。精神的快楽にプラスして肉体的快楽をも得られるマゾのほうがイイに決まっているではないか。21世紀も四半世紀が過ぎた今、人類に課せられた使命は、女性向けのマゾコンテンツおよびサービスを充実させること、それに尽きる。
兎にも角にも、ジッとする為に全身の筋肉をフル稼働させる浜辺なのであった。それでも、左耳のくすぐったさに耐えられない。必然、再び身をよじる。
「浜辺さん! メッ!」天然のサド。「メッ、だよ! メッ!」
犬を叱るかのような、メッ! を受けて、公私において優等生を通す浜辺は、その優等生を通す精神性ゆえに、四肢が痙攣するほどの快楽を得た。
「ごめんなさい」
ごめんなさい、と発語するだけで、手付かずの深みは湿り気を増した。
多くの人間にとって、セックスが黒歴史になる理由は、思考の喪失にある。幸運な人間は、気持ちよさによって思考を喪失する。不幸な人間は、諦めの境地によって思考を喪失する。浜辺は、前者であった。
「ごめんなさい」もう何も考えられない状態。「ごめんなさい」
愛のない愛撫であれば、秒で慣れる、すぐに何も感じねぇ。しかし、愛のある愛撫は永久に慣れない、エターナルラブ。
決して乱暴にならない、いつまでも続くソフトタッチに、浜辺は身をよじり続けた。
歌が、聞こえた・・・・・・もののけ姫。リアルもののけ姫なのだから当然だ。
そなたは美しい。身をよじる、そなたは美しい。
己の指先で初めてマリオをコントロールした時、男の子は少年になる。己の指先で初めて女性をコントロールした時、少年は青年になる。
花井潤、16歳。男が、芽生える。
『気持ちよくしてあげたい。浜辺さんを気持ちよくしてあげたい。僕の手で』
それは、男という名の責任感であった。それは、女に心血を注ぐという快楽であった。それは、どこまでいっても自己満足であった。つまるところ、花井ももう何も考えられない状態です。それじゃあ、イクところまでイクしかないっしょ!
左耳から左手を離した。浜辺の吐息が主張を強めた。
耳をロックせずに耳をかくという行為は、ハイリスクだ。これは言わずもがなであろう。耳が動かない、という確証がなければ、耳なんてかけない、かいちゃ駄目。
「浜辺さん」
花井の声は、お釈迦様のように穏やかだった。
紅色の耳を隠し、浜辺の潤んだ瞳に笑みが映った。
「僕の体に顔面を向けてくれるかな」
これを翻訳すると、俺のチンコに顔面を向けろ、になるのである。お釈迦様のようでありながら、過激な内容である。
女が男に隷属する時代は、確かに終わりへと向かっている。精神的自立に加え経済的自立を果たす女性の増加が、その要因だ。浜辺もまた、現代女性の王道を歩んでいる。絶え間ない自己研鑽によって得た知識等は、そのまま精神の充実に繋がり、同時に、将来の経済的自立を助ける武器となっている。そんな女性が、俺のチンコに顔面を向けろ、などと言われたらどうなるか? イタリア人女性、すなわちドンナよろしく、野郎のチンコを蹴り上げてファックユーである。ファックユーで相手の反応を見てからのチンコ蹴り上げ、そんなネンネではなく、チンコを破壊した事後のファックユーである。筋金入りである。
グローバルが極まった現代において、ドンナムーブはミームとなって、隷属を嫌う女性たちの血潮に宿っている。浜辺だって例外ではない、ドンナの申し子だ。今すぐ花井のチンコを握りつぶしてファックユー、それでアッディオ、新しい恋を始めることが出来る。しかし、浜辺、ここでまさかの隷属! 男の言いなりでチンコに顔面を向けた! なんてこったい! マンマ・ミーア!
かつて、最強死刑囚は言った。「敗北を知りたい」と。そうして、今、最強優等生は思った。『快楽を知りたい』と。
自己研鑽とは、日々、勉学なのである。自己研鑽とは、日々、ランニングなのである。自己研鑽とは、日々、ストレッチなのである。24時間365日、繰り広げられるハードワークの、その合間に友人との交際があり、アルバイトがあり、結局、ハードワークに拍車がかかるのみ。そんな日々を、未熟な16歳でこなすのであれば、快楽を知るはずもなく、未知にひかれるのは止むを得ない。
優等生の仮面に隠れた性欲は、破滅願望に似た、一種のデスマッチ上等であった。つまり、女は度胸、である。
「浜辺さん」女をコントロールする悦楽で、花井の声は震えていた。「そのまま、僕の腰に両腕を回して」
一切の躊躇なく、浜辺は花井の言う通りにした。昭和初期の女房より、従順。
「そのまま、両腕に力をこめて、しっかりと腰に抱き着いていてね」
従順であった。
腰に感じる、力強い締め付け。花井が感じたそれは、野原ひろし氏が日々感じているそれ、か弱い者の守るべき温もりであった。
『愛おしい。愛おしいよ、浜辺さん』
男の責任感が強まるのに比例して、男性ホルモンの分泌量も増えた。根っからの男の娘ボディでなかったら、一瞬で全身が毛だるまになっていたところだ。そんな例えが成立するほどに・・・・すごい分泌量だ。
徐に、耳かきをひっくり返す。この耳かき、ヘラの反対側が綿棒になっている作りだ。
花井の腰に回した両腕、それに力をこめれば必然、顔面と下腹部に分子間力が働き、浜辺の右耳は固定を得る。しかし、それはロックよりも遥かに弱い固定だ。結束バンドによる手足の拘束みたいなものだ。だからこそ、花井は綿棒をチョイスしたのだ。浜辺の耳を傷付けてしまう可能性を下げるために。綿棒は、そのまま思いやりです。
さあ、舞台は整った! いざ、愛する人の耳の中へ!
左耳と同様、右耳も健康で清潔だった。耳クソ一つ見当たらない。
『神様! 生まれて初めて感謝いたします!』花井は心中で十字を切った。『こんなにも美しい女性を創造してくださり、ありがとうございます!』
さあ、舞台は整った! いざ、愛する人の耳の中へ!
綿棒がターゲットONしたのは、対耳輪下脚だった・・・・・・なに? 対耳輪下脚が何処か分からないって? よし、みんなで脳トレだ! ググろう!
ファーストキスの速度で、綿棒と対耳輪下脚との距離は縮まっていった。それは正しく、幸福な時間。寸前こそが、絶頂。
ファーストキスも寸前も、一期一会。儚い、余りに儚い。童貞と対をなす程に、儚い。しかし、嘆いてはいけない。童貞以外、この世に永遠という概念は存在しないのだから。
そうして、幸福な時間は終わりを告げ、新たな幸福が始まるのだった。
綿棒が対耳輪下脚に触れた瞬間、浜辺の全身に電気が走った。エレクトリックサンダーならぬエクスタシーサンダー。全身の骨格が透けちゃう程の、快感。
対耳輪下脚だって軟骨だ。軟骨だって骨だ。つまり、浜辺は骨を直接、愛撫されたのだ。こんな強すぎる刺激、16歳の少女が耐えられるものではない。
「ぼおぉうぅ!」
再び、雌のトドみたいな声が出るのは必然だった。
悲しいかな、人間社会には嘘つきがたくさん居る。嘘つきたちは、大抵、武勇伝の体で嘘をつく。「俺、今まで100人の女をイカせてやったぜ! みんな、可愛い声で鳴いていたぜ!」という形で嘘をつく。そんな嘘つきに出くわしたら、間髪入れず、そいつのキンタマを握って、言ってやれ。「お前に抱かれた女は、もれなく不幸だよ」と言ってやれ。
本当に気持ちがいい時、女は可愛い声なんか出さない。本当に気持ちがいい時、女はすごい声を出す。お世辞にも可愛いとは言えない・・・・すごい声だ。
「ぼおぉうぅ!」
またトドが出た。最早、羞恥すらなかった。
「ふぅあぁん!」
不意に、可愛い声が聞こえた。猫ちゃんでも迷い込んできたのかな? 違う、そうじゃない。花井だ。花井が可愛い声を出したのだ。
膝枕の状態で腰に抱き着いている以上、浜辺は花井の下腹部に顔をうずめる事となる。そんなポジショニングでトドボイスを発したらどうなるか? 感じちゃう。花井、感じちゃう。キャビテーションに似た事象だ。
悲しいかな、人間社会には嘘つきがたくさん居る。嘘つきたちは、大抵、武勇伝の体で嘘をつく。「私、今まで1000人の男をイカせてやったわ! みんな、情けない声で鳴いていたわ!」という形で嘘をつく。そんな嘘つきに出くわしたら、間髪入れず、そいつに哀れみの眼差しを向けて、言ってやれ。「お前にヌかれた男は、もれなく不幸だよ」と言ってやれ。
本当に気持ちがいい時、男は情けない声なんか出さない。本当に気持ちがいい時、男は可愛い声を出す。それこそ、日本人女性が強いられる類の可愛い声だ。
「ふぅあぁん!」
また可愛い声が出た。最初から、羞恥なんてなかった。
兎にも角にも、デンジャラスなシチュエーションだ。「ふぅあぁん!」なんて声を発しながら人の耳に綿棒を突っ込むなんて、デンジャラスなシチュエーションだ。両の乳首を洗濯ばさみで挟んだままゴーカートを運転するが如きデンジャラス。それを人類は、事故一直線のコース、と呼ぶ。
ひとたび突いた槍を引くは長江をせき止めるより難事、とは三国志最強の武将と名高い、超朕珍が放った言霊である。これは言い得て妙で、槍に限らず、人間というものはひとたび突き出したものを容易には引っ込められない生物なのだ。Xなんかを見てみると、それがよく分かる。ひとたび突き出した言論を引っ込められず、延々と地獄の底へ落ちていく人間が、おるわおるわ星の数ほど。SNSに支配されて幾星霜、人はそろそろ学ばなければなるまい・・・・・・削除と、言論を引っ込めるのは、イコールではない!
さて、延々と脱線の底へ落ちていく筆者も、そろそろ学ばなければなるまい。話を進めよう。
未だに、綿棒の先端は対耳輪下脚に触れたまま。その状態での、「ふぅあぁん!」は、綿棒さばきに意図せぬトリックを生み出していた。そう、微振動である。
イマジンしてほしい。世界一のイケメンに対耳輪下脚を甘噛みされているシチュエーションをイマジンしてほしい。そうして、世界一のイケメンは、骨伝導でメッセージを送ってくるのだ。「俺様の一生で、愛したのはお前だけだ」というメッセージを送ってくるのだ、骨伝導で・・・・・・はい、それ! そのイマジンと同等の甘美を、今、浜辺は綿棒の微振動によって感じています!
微振動は伊達じゃない。小刻みだ。高橋名人の連打よりも小刻みだ。それでいて、痛みを伴わない、ソフトタッチだ。赤ちゃん肌に対するかのような優しさだ。先述の通り、対耳輪下脚は軟骨だ。そんな軟骨に、敏感な神経が、通った。乳首みたいに。乳首みたいに。優しさが、対耳輪下脚を乳首の域に押し上げたのだ。これが生物学的に言うところの、開発、である。
ローファーに隠れた両の足指が、限界まで開いた。革を突き破るかのような勢いで、開いた。トドの声が出る。花井の下腹部、その暗がりで、星が舞い踊った。それは網膜に散った幻の花火。トドの声が出る。恥丘の先で、渦が巻いた。それもまた、幻。しかし確かな、エクスタシー。
トドの声が、出た。
浜辺の喘ぎに比例して、花井の喘ぎも強まった。必然、手元の狂いも強まる。
綿棒が、小さな弧を描いた。すなわち、対耳輪上脚に昇ってからの滝下りである。言わずもがな、ソフトタッチである。これも、こうかはばつぐんだ! うなじから腰までを細微光鋒の筆にて撫で下ろされたかのような、こうかはばつぐんだ!
濡れた。瞳も、脇も。穴の縁まで。
勢い余った綿棒は、耳甲介艇をも愛撫し、耳甲介腔に達したところで、滝下りを終えた。
耳甲介腔とは、耳の脇の下である。何を言っているのか分からねぇって? 俺も自分で何を言っているのか分からねぇ。なんにしたって、耳甲介腔とは、耳の脇の下である。滝下りのような大きな動きはなくなっても、綿棒の微振動は今も続いている。これは、脇の下を微振動されているのに等しい。
「ぼほぉおぅ!」
トドが、笑った。気持ちよさと、くすぐったさと、トドの強さと。こんなの、16歳の少女が耐えられる刺激じゃないよ!
今、浜辺は、とんでもない顔をしている。千葉県一の美少女と称される浜辺娃が、とんでもない顔をしている。しかし、その顔は、花井の下腹部に隠れている。だったら、もっととんでもなくなれるぜ! 誰にも見られていないなら、誰に気兼ねすることもない、徹底的に顔面崩壊して、徹底的に気持ちよくなれるぜ!
世の全ての女性に知ってほしい・・・・・・体裁を捨てた先に本当の気持ちよさが、ある。
それにしても、花井、見事な綿棒さばきだ。浜辺のウィークポイントを的確に刺激し続けている。トドが笑って、花井の下腹部も相当な刺激を受けているというのに。
事実、花井は強すぎる快感により昇天寸前であった。とっくのとうに、何も考えられない状態だ。しかし、彼の綿棒が描く軌道は星の軌道よりも正確で美しい。何故か? これもまた、先述の通りなのである。天然のサドによって、自ずと、責めを継続しているのである。
サドとマゾは表裏一体。これは真理である。すなわち、最強のマゾは最強のサド。花井は、最強のマゾである。故に、ひとたび裏返れば、最強のサド・・・・・・濁りを払うは清浄に尽くし、野原でさすらう真綿の不埒さえ洗われた。種の軌跡をなぞる床は返し刃の毒を以て、潤沢な飛沫の蓋を開く。満たしきれぬ器さえ満たす泉の、底で紡いだ絹糸が、標なき未開で天幕となろう。そこで、また会える。永久に、また会える・・・・・・サドが居て、マゾが居る。男女であった。好き合っている、男女であった。今はもう、可愛い声とトドの声が絡み合って、至上の音階を昇っている。処女膜を破らずとも、童貞を捨てることは出来る。処女膜が破れずとも、処女を捨てることは出来る。
イクところまでイクのだと、綿棒で繋がる二つの魂が物語った、その刹那に、悲しいかな、肉体から離れられない人間の業が、高潔な魂のセックスを、ソウルセックスを、粉砕した。
下唇を押し上げてくる、バナナに似た感触。その不純が、トドを人間に返らせた。キスをしてあげたらカエルが王子様になった、あれの女子バージョンだ。
人間、浜辺娃の脳みそが、浜辺娃らしく冴え渡る。
浜辺は、バナナに似たそれの正体を、悟った。
『これ、花井くんの・・・・・・』
花井くんであった。花井くんの花井くんであった。
げに恐ろしきは若さである。人間五十年が夢の跡、人生100年時代にあれば老いこそがスタンダード。久方ぶりに男汁を発射してみれば、むこう5日間はシュンと大人しくなって、何も感じず、何も起こらず、倅はずっと俯いたまま。それこそが老いである。それこそがスタンダードである。それに引き替え、若さたるや、電光石火の如し。花井が男汁を発射したのは、浜辺がエクスタシーハットに足を踏み入れた10分前、すなわち、今から20分前のことである。それでもう倅が立った。裏筋ピーン! 全回復である。
浜辺は、風の音を聞いた。
「花井くん。お願い。綿棒を抜いて」
感度は心の状態に作用される。心がリラックスした状態にあれば、感度ビンビン、何でもイケる。しかし、心が強張った状態にあれば、感度シュンシュン、何でもイケない。
気持ちよさと、くすぐったさと、は未だに感じている。しかし、トドの強さと、は完全に消え去っていた。その事実は、浜辺の声に露わだった。
「綿棒を抜いて。お願い。花井くん」
下腹部ではなく、耳で、浜辺の、好きな女の子の懇願を聞いた。そうして、もののけは死んだ。花井の眼はもう、人間のそれだった。
花井もまた、風の音を聞いた。
尻からビーズを抜くよりも慎重に、花井は浜辺の耳から綿棒を抜いた。
そこからの動きはスピーディーだった。ネコ科の動物に似た俊敏性を発揮し、綿棒が離れた次の瞬間には、前蹴りすら届かない間合いで、浜辺は花井を見下ろしていた。
さっきまでの痴態がなかった事みたいに、否、さっきまでの痴態をなかった事にしたいが為に、浜辺の繕う顔は優等生を絵に描いたようだった。
一方の花井はというと、土下座していた。本来であれば土下寝をしたいパッション、しかし己の己が鎮まらぬうちは土下座が謝罪の最上位。
歯を食いしばっての、土下座。これでは誠意が足りないと、理解している土下座。それでも、謝罪するしかない土下座。
窓はない、しかし遠雷の光は室内まで届いた。その瞬間のシルエットは、好き合う二人の距離を明確に表した。




