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第14話 A Whole New World

 かつて、まだ日本国に紳士という概念が存在しなかった時代、「浮気は文化」というパワーワードが、北は北海道から南は沖縄までを支配していた。このパワーワード、王朝を築いただけあって、言い得て妙。ギリシャ神話の時代から、ゼウスのとっつぁんの連続不祥事を好んできた人類は、正しく浮気の申し子であるからして。神話のようなファンタジーのみならず、ハンムラビ法典のようなリアルにも、浮気を罰する条文が存在した以上、人類イコール浮気の言説を否定することは難しい。まあ、ハンムラビ法典の浮気を罰する条文は、男の支配欲が丸出しの呪物でしかないのだが・・・・・・勘違いしないでよね! ハンムラビ法典の話を持ち出したのは、フェミニストのご機嫌取りのためなんかじゃないんだからね! フェミニストのことなんて何とも思ってないんだからね! 勘違いしないでよね!

 喉仏を有する筆者でさえ釘宮理恵氏ヴォイスを出せてしまうほどに、浮気とはデリケートな問題なのである。その証拠に、Xを見てみたまえ。またXかよ、などと言わずにXを見てみたまえ。今日も今日とて、純度100パーセントの他人の浮気をネタに人々が言葉の暴力で殴り合っているのが見て取れるであろう。こうまで人を争いに駆り立てるものが、浮気なのである。デリケートにもなるさ。

 人間の営みに根付いた、浮気。しかし、その定義は曖昧だ。合体したら浮気と明言する派閥があり、見詰め合ったら浮気と明言する派閥があり、二人きりで食事をしたら浮気と明言する派閥があり、エトセトラ、エトセトラ・・・・・・みんなちがって、みんないい。結局、金子みすゞ氏が真理。そう、みんな、ちがうのだ。定義は人それぞれなのだ。好きな人の定義に準ずる、それが、恋愛・・・・・・何? そんなの面倒くさいって? てやんでぃ、こんちくしょうめぃ! こんこんちきのこんこんちきめぃ! 好きな人に心を配るのが恋愛なんでぃ! 心配りってぇのは面倒くさいものなんでぃ! 四の五の言うなら、恋愛なんてするんじゃねぇ、こんちくしょうめぃ! さっさと頭を丸めて、坊主にでも尼にでもなれってんでぃ、こんこんちきめぃ!

 それなら恋愛なんて御免被る、しかしエロいことはしたい、という欲張りなあなたへ贈る言葉・・・・・・セックスフレンドを作りなさいよぉ、このバカチンがぁ!

 そんなこんなで、花井、人生の岐路。恋愛やめますか? それともセックスフレンドやめますか? 答えは、恋愛がしたいです・・・・・・全力の土下座が証明です。

 第13話にてポンプ小屋(エクスタシーハット)内を照らした遠雷、それと同レベルでデカいのが、轟いた。地にこすり付けた花井の顔が白ずんで、はっきりと、心配りが見て取れた。

 『薫子から耳に息を吹き掛けられた僕、それは浜辺さんにとって浮気なんだ! 浜辺さんを傷付けてしまったこと、謝りたい! 少しでも、浜辺さんの心の傷を癒したい! そうして、願わくば、これからも浜辺さんの恋人でいたい!』

 二度あることは三度あるの精神で、デカい遠雷が轟いた。虚空に寄り添った浜辺の顔が白ずんで、はっきりと、迷いが見て取れた。

 『こんな風に何度も花井くんに頭を下げさせて、私、何様なの!? 花井くんは、唯、友達とふざけていただけかもしれないのに! 邪推して、花井くんを困らせて、私、嫌な女でしかない!』

 いつの時代も、男と女のラブゲームはシーソーゲームなのである。男が上がれば女が下がる、女が上がれば男が下がる。正常位と騎乗位の関係性みたいなものだ。故に、男女の間に均衡が生じることはない。

 針のむしろ、とはよく言ったもの。毛羽立ったゴザの上に素足で立っているかのように、浜辺は前のめりな小走りで、花井に寄った。そうして、膝を深く折り、花井の背中に触れようとして、しかし恥じらって、その手を引っ込めた。

 「ごめんなさい」

 それは浜辺の、涙すら流すことの叶わない慟哭だった。

 失望、己への失望。恋をして、恋が進み、日々、知らなかった自らの性質を理解して、その度に、呆然とする。強すぎる独占欲に、呆然とする。花井を想う喜びと、花井を想う苦しみは比例して、今はもう、月並みな表現だが、胸が張り裂けそう。

 もう、終わりにしてほしかった。謝罪なんていらない、唯、今日の浮気イアーセックスなんか無かったかの様に振舞ってほしかった。いつもの様におしゃべりをして、いつもの様に笑って、いつもの様に手を握って、そのぎこちなさにハニカンで、浮気イアーセックスなんか忘れさせてほしかった。そんな風に思っておいて、3年後なんかに口論となった際には、「私、3年前の浮気イアーセックスのこと、忘れてないから!」と言い出すのが女という生き物だが、兎にも角にも、今は全てを忘れたい、女心。それさえをも、我がままだと自覚し、尚も苦しむ浜辺、その苦しみさえもが、女心であった。

 男心を知るは3分で足り女心を知るは300年でも足りぬ、とは春秋時代最強の思想家と名高い、豪陳珍(ごう ちんちん)が放った言霊である。これは言い得て妙で、男心とは男根そのものであり、女心とは宇宙そのものなのである。そうして、花井は御年16歳。宇宙を知るには、圧倒的に時間が足りなかった。

 嘘偽りがないのはもちろんの事、様式の側面すらない花井の謝罪は、100パーセント純真であった。その純真が、悲劇的な奇跡を起こす。鎮まらない筈の倅を鎮めたのだ。謝罪中の臨戦態勢を嫌った、ミラクルデトックス。これによって可能となった土下寝に、花井は間髪入れず、シフトした。

 「申し訳ござらん!」強すぎる謝罪の意で、自ずと、侍言葉になっていた。「浜辺殿! 申し訳ござらん!」

 浮気イアーセックスが罪の一つでしかないことを、花井は理解できた。ほんの1分前、己の股の利かん坊が浜辺の唇にラフプレーを行った、その罪をも、花井は理解できた。そうして、増々強まる罪悪感。

 本気で謝罪をするとき、人は滅茶苦茶になる。裏を返せば、理路整然とした謝罪は本気ではない、ポーズである。かといって、滅茶苦茶な謝罪が全て本気であるというわけではない。例えば、政治家なんかがよくやる不貞腐れ謝罪は、滅茶苦茶でありながらも本気ではないだろう。例えば、政治家なんかがよくやる号泣謝罪は、滅茶苦茶でありながらも本気ではないだろう。では、侍謝罪はどうか? 本気である。これは、本気である。本気ゆえの滅茶苦茶である・・・・・・何? 侍謝罪が本気であることを証明してみせろって? お前さん、アメリカ人みたいなことを言うようになっちまったんだねぇ。証明なんか必要ない、照英の兄貴さえ居てくれたらそれでいいじゃぁないかい。それが日本人ってもんだろう? 人情さ。日本人は理屈じゃない、人情さ。ほら、花井の侍謝罪を人情を以て見てごらんよ。本気だろう? 本気さ。分かったろう? 分かったら、もう二度と、アメリカ人みたいなことを言うんじゃぁないよ。はんすけとの約束さ。

 「申し訳ござらん! 浜辺殿! 申し訳ござらんでござる!」

 侍言葉が本気の表れであることを、浜辺は理解できた。花井が、浮気イアーセックスだけではなく、利かん坊ラフプレーにも罪の意識を抱いていることを、浜辺は理解できた。そうして、増々強まる自己嫌悪。

 「申し訳ござらんでござそうろう!」

 早漏は女にとって好都合だが、ござそうろうは浜辺にとって責め苦に他ならなかった。

 彷徨っていた手が、己の膝にたどり着いて、強く強く、それこそ膝小僧が悲鳴を上げるほどに、力んだ。

 「ござそうろうでござらん申し訳!」

 謝罪するたびに浜辺を苦しめているのだと、気が付けるはずもない土下寝スタイル。土下寝は謝罪の最上級、これは間違いない。しかし、この謝罪スタイルには欠点が一つある。そう、謝罪相手が見えないことだ。己の謝罪を受けて、相手がどんな表情をしているのか、どんな様子でいるのか、視認できない超絶リスク。その証明として、土下寝を英訳してみよう・・・・・・土下寝(ハイスイノジン)と出た。つまり、アメリカ人の客観を以てして見れば、土下寝は背水の陣なのである。リターンのデカさはそのままリスクのデカさなのである、背水の陣だもの。

 一方通行のアクションは、コミュニケーション足り得ない。つまる所、土下寝および土下座に意味はなし。この日本文化における最大の悪習は、大和田の悪党が披露したアルティメット土下座にて、最後としなくてはならない。そんな日本人の宿願を、果たそうとする大和撫子がいた。浜辺だ。

 「もう謝らないで、花井くん」

 それを口にするだけでも、大変な勇気なのだった。好きな人にこそ、なんも言えねぇ。嫌われたくないから、嫌われたくないから。例えば、恋人が知らないおじさんの尻にマスタードを塗りたくっていたとしても、なんも言えねぇ。「危ないから止して!」の一言すら言えねぇ。嫌われたくないから、嫌われたくないから。そんな恋愛ビギナーの、か弱い心を自ら破壊し、前進した、覚悟。この人と生きていくのだと、覚悟が決まれば、なんでも言わなきゃならねぇ。嫌われたくなくても、嫌われたくなくても。言いたい事も言えないこんな関係じゃPOISON、正にそれ。ずっとずっと、好きな人と死ぬまで一緒に居たいのであれば、自分の思いを心に閉じ込めるな。心にPOISONを溜め込むな。「知らないおじさんの尻にマスタードを塗りたくらないで!」と言え。「せめてマヨネーズにして!」と言え。恋愛を続けるって、そういう事さ。

 勇気、を英訳すると、ライオンハート、となる。紳士、を英訳すると、ダンディライオン、となる。変態紳士とはいえ紳士は紳士、花井は紳士である。すなわち、ダンディライオン、ライオンである。ライオンなら、ライオンのハートを理解して当然。

 土下寝から正座へと移行するまでに有した時間、およそ0.3秒。浜辺のライオンハートに応えたいと、花井が示したダンディライオンは、ライオンよりもチーターに似た、神速であった。

 神速正座に呼応して、浜辺も正座する。

 こうして、同じ目線の高さで、真っすぐに向き合えた、花井と浜辺・・・・・・ようやっと、ようやっとじゃ! ようやっと、対話のシチュエーションが整った!

 「まず初めに、先ほどのラフプレー、浜辺さんの唇に対して僕が行ったラフプレーについて、話をさせてください」

 婚活アプリなんかじゃ滅多にお目にかかれない、恋慕の真剣で、花井は言った。

 「お願いします」

 婚活アプリなんかじゃ滅多にお目にかかれない、恋慕の真剣で、浜辺は言った。

 「生理現象でした」

 謝罪が許されない以上、ありのままをありのまま伝えるしかなかった。しかし、それでいい。それがいい。真の誠意とは頭を下げる事ではなく、真実を真っすぐに伝えることなのだから。

 「分かりました」

 男の生理現象については、保健体育で学習済みの浜辺である。故に、分かりました、と答えることが出来た。男のラフプレーを許容することが出来た。これだから学校の授業も馬鹿に出来ない。

 許容する喜びと許容される喜び、どちらが大きいか? 許容する喜びのほうが大きい。これを西洋では、聖母マインド、と呼ぶ。

 東洋のマリア様よろしく、浜辺は内側から満ちてくる喜びで恍惚とした。

 許容する喜びのほうが大きいからといって、決して許容される喜びが小さいという訳ではない。許容される喜びも、ジョホールバルの歓喜と同等の喜びパワーを有している。だからこそ花井も、恍惚とした。エクスタシーハットが天国と化した。

 本来、男女間において股の棒を使ったラフプレーはレッドカード、一発退場だ。それを回避したばかりか、イエローカードさえ出てこなかったフィジカルパラダイスに、気弱な花井は生まれて初めて、豪気になった。カードが出なけりゃ何でもできる!

 恍惚の隙間を抜き去る豪気ドリブルでフリーになった花井は、魂の右足を全力で振りきり、本日のメインテーマを放った。

 「今日の教室での一件、耳の快感から僕が演じてしまった醜態、あれも、生理現象でした」

 たった一度の成功体験で、花井は浜辺の許容を、すなわちVゴールを確信していた。これは、カジノなんかで素人が陥る類の心理状態に似ている。ビギナーズラックを己の実力と錯覚する類の・・・・・・それは、愚に他ならない。

 女は男よりも快感のキャパシティが大きい。喜びが快感の一種である以上、そうして、女である以上、浜辺が更に花井を許容したがるのは自然の理。しかし、女は人間だ、獣じゃねぇ。誇りを捨て、CIAOスティックにむしゃぶり付く輩とは違うのだ。

 誇りは捨てねぇ、それが女の生きる道。俺以外の雌で生理現象を起こした雄は許さねぇ、それが女の生きる道。これをエゴイズムだと否定する野郎は、女という生き物を分かってねぇ、東村アキコ氏の作品を読んで出直してこい。

 女と男では、生理現象の重みが違う。男の生理現象は、大きくなってミルクを出して小さくなる、大きくなってミルクを出して小さくなる、それを死ぬまで繰り返すだけの無痛コンテンツ。言わずもがな、ここで言うところの無痛コンテンツは皮肉だ。一方の、女の生理現象は、無痛コンテンツからかけ離れている。新世紀エヴァンゲリオンのように出血し、肉体的なものだけではなく精神的な苦痛をも感じ、そんな痛みに耐えた先、生理現象の頂点たるベイビーギフトに至ってさえ、リスクを負うのは、女。経済的リスク、なんて後出しの、人間社会が作り出したバーチャルなんざぁどうでもいい。心身のリスク、人類誕生の瞬間から存在したそれこそがリアル、すなわち摂理。

 女たちが無痛コンテンツに浸りきった男たちを許容できないように、浜辺は花井を許容できなかった。

 「許さない」

 熱が金を溶かしたかのような声だった。それは、カズダンス寸前だった花井を射すくめた。

 許されざる者、と言えばクリント・イーストウッドである。筆者の魂の父である。魂の父であるからして血縁はないが、父は父である。それがどうした? と言われれば、うん、どうしたのだろうね、俺。なんでこんなことを書いているのだろう? 苦しんでいるのかな、俺。うん、苦しんでいるんだ。生みの苦しみマックスなんだ、今。生みの苦しみマックスなんて、過去に何度もあったけれど、今回のは格別だね。苦しい・・・・・・けれども、書きたい。クリント父さん、力を貸してくれ! と叫んではみたものの、俺とクリント父さんじゃ作風が違いすぎる。幾度となく俺の人生を助けてくれたクリント父さんも、俺の執筆は助けられない。父ですら、ソウルファミリーですら、触れられない領域。創作は孤独、その言葉が骨身に染みる。

 兎にも角にも、許されざる者、花井潤である。正しく、身から出た錆。出た錆の量が多すぎて、まとめるとサッカーボール大。よし、ここでもう一発、生理現象シュートだ! というノリで錆のサッカーボールを蹴り飛ばせるなら、真の豪傑だ、次はバスケットボール大の錆を出そう。

 幸か不幸か、否、幸いで、花井は豪気モードを脱し、気弱モードへと立ち返っていた。錆のサッカーボールが放たれることは、なかった。

 土下座慣れという悪癖で、花井は土下座しようとした。正座からなら土下座への移行も楽ちんだ。そうして、上体が前方に10°傾いた時点で、思いとどまる。

 『浜辺さんが求めているのは対話だ、謝罪じゃない! 頭を下げるのではなく、浜辺さんを見詰めることが、誠意!』

 同じ過ちを繰り返さない、人間らしからぬムーブで、花井は上体を後方に10°戻した。背筋ピーン!

 花井は成長したよ、花井は成長した。好きな人から目を離さない、それって意外と、難しいじゃん。ましてや今はスマホ全盛期、情事の最中ですらスマホから目を離せない時代だ。そんな狂った時代の真っただ中で、三次元の異性を三次元の空間で三次元に捉えた、スーパープレイ。これが俗に言う、Eye(愛)Catchである。

 愛をCatchしたならば、好きな人の気持ちも分かるというもの。花井は、浜辺の悲しみを覚った。

 花井は、徐に、ハンカチを取り出した。そうして、それを浜辺にそっと差し出す。これは、『心の涙を拭って』というアクションに他ならない。花井は成長したよ、花井は成長した。

 差し出されたハンカチで、浜辺は己の心が泣いていることを自覚した。

 『嫌なの! 花井くん、私、あなたが他の女の子と、あなたのことを憎からず思っているであろう女の子と、過剰に親しくするのは、嫌なの!』

 特殊性癖を有していない限り、ホモサピエンスが一生のうちに迎えるイヤイヤ期の回数は2回である。1回目は、言わずもがな、幼児のころに迎える、あれだ。学校という名の監獄に閉じ込められた尾崎豊氏ばりに全てを憎み、窓ガラスを壊してまわる代わりに玩具を壊してまわる、あれだ。そうして、2回目は、初恋で迎える、これだ。好きな人が自分以外の異性と話しをするのが嫌、好きな人が自分以外の異性と目を合わせるのが嫌、好きな人が自分以外の異性と牙突零式の間合いまで接近するのが嫌、つまり、全てが嫌という、これだ。

 黄昏に目を細めながら、酒焼け声で、「嫌でも辛抱せにゃならん事もあらぁな」なんて呟いたら、それは幼児ではない、初恋中でもない、唯のヒューマンだ。幼児であれば、初恋中であれば、嫌なことなんて辛抱できない。故に、泣く。幼児は目で泣き、初恋中は心で泣く。

 受け取ったハンカチを、浜辺は胸に抱いた。

 「もう、しないで」震え出た声は、純粋そのものだった。「今日の、教室での、ああいう事は、もう、しないで」

 「約束するよ。もう、しない」花井は成長したよ、花井は成長した。「僕の耳も心も、浜辺さんにしか触れさせない」

 謝罪でも許しでもなく、約束こそが、愛し合う二人の求める唯一・・・・・・何? 愛し合う二人の約束には指輪が必要だろうって? HAHAHA、指輪ね。そんな偽物の約束はさっさとメルカリに出しちまえ。ハートだよ。約束はハートでするものだよ。3106カラット以上のダイヤモンドだって、ハートと比べたら唯の石炭さ、約束の信頼に耐え得るブツじゃない。ハートだけが、約束の信頼に耐え得るのだ・・・・・・何? ハートの存在を証明してみせろって? お前さん、この野郎! 二度とアメリカ人みたいなことは言わねぇって、俺と約束したばっかりじゃぁねぇかぃ! 三度は言わねぇぞ! 証明なんか必要ない、照英の兄貴さえいてくれればそれでいい! 日本人は理屈じゃない、人情さ! OK!? OK牧場!? OKなら、もう二度と、アメリカ人みたいなことを言うんじゃぁないよ。はんすけとの約束さ、ハートでよ。

 花井と薫子のイアーセックスを目撃してからというもの、浜辺はずっと、下っ腹に重量を感じていた。それは、生理の重たさ以上に生々しい、まるで子泣き爺を下っ腹に抱えているかのような重量だった。その子泣き爺が、跡形もなく、消えた。花井は自分だけのものなのだと、誰に盗られる心配もないのだと、信じられた瞬間に訪れた天使のはね。軽くなった体は心をも軽くして、浜辺は唯々、朗らかに笑った。

 女子に生まれた以上、外向きの笑顔は自ずと拵えることとなる。それは、地獄の人間ジャングルを生き抜くための必須スキル。人間ジャングルは、20パーセントのジャイアンと10パーセントのスネ夫と70パーセントののび太で構成されている。そんな地獄で、ジャイアンに道理を説くとしよう。「力による支配はやめろよ、ジャイアン」と真顔で言ったとしよう。さて、どうなるか? 腕力で屈服させられる。どうしようもねぇ、腕力で屈服させられる。では、今度はスネ夫に道理を説くとしよう。「マウントによる支配はやめろよ、スネ夫」と真顔で言ったとしよう。さて、どうなるか? 財力で屈服させられる。どうしようもねぇ、財力で屈服させられる。もちろん、女子にも腕力の優れた者がいて、財力に優れた者もいる。ギャビ・ガルシアとか、アリス・ウォルトンとか。彼女たちにかかれば、ジャイアンもスネ夫も物の数ではない。しかし、悲しいかな、ほとんどの女子は、ギャビ・ガルシアみたいにはなれないし、アリス・ウォルトンみたいにもなれないのだ。だから、女子は外向きの笑顔を拵える。そうして、「力による支配はよしなさいよ、たけしさん」と外向きの笑顔で言い、「マウントによる支配はよしなさいよ、スネ夫さん」と外向きの笑顔で言うのだ。いくらジャイアンとスネ夫でも、笑顔の相手に腕力やら財力やらを行使するほど腐ってはいない。こうして、今日も女子たちは外向きの笑顔で事なきを得ているのだ・・・・・・何? 男子はどうしているんだって? いねぇよ、男子なんか。美少女戦士セーラームーンの連載が始まった瞬間に、男子は絶滅したんだ。あれから40年、はまだ経っていないが、あれから30年以上、女子は地獄での戦いを独力で切り抜けている。その証左が、魔法少女まどか☆マギカだ。見てみたまえ、男子なんか一人もいねぇ、女子たちだけで地獄の戦いを繰り広げているではないか・・・・・・何? 魔法少女まどか☆マギカにはパパとヴァイオリニストがいるだろうって? いねぇのと同じだよ、あんな連中は。

 そんなこんなで、外向きの笑顔を強要される昨今の女子である。もちろん、浜辺も例外ではない。人前で、外向きではない本当の笑顔を見せるなんてこと、幼児の時分以来、なかった。それが、今、本当の笑顔を見せている。他の誰でもない、最愛の人に。

 美少女戦士セーラームーンの連載開始に伴い絶滅した男子。しかし、けったいな玉を股にぶら下げた生物は、今も地球上に存在している。彼らは一体全体、何者なのか? これに答えを出したのが、生物学の権威、ダーウィンウィン・ハンスケカミナンデスである。202X年、コールド・スプリング・ハーバー研究所で開かれたシンポジウムにて、ダーウィンウィン・ハンスケカミナンデスは以下の様に発言した。

 「確かに、美少女戦士セーラームーンの連載に伴い、男子は絶滅したのです。しかし、全ての男子が死滅した訳ではなかった。生き残った彼らは、突然変異を起こし、全く異なる生物となって、今も地球上に存在しているのです。男子と全く異なるこの生物には、二種類があります。一つには、無痛モンスターと名付けました。彼らは、全ての生物的行為を放棄し、無痛コンテンツにのみ生涯を捧げる特徴を有しています。もう一つには、セックスモンスターと名付けました。彼らは、全ての道徳的行為を放棄し、セックスにのみ生涯を捧げる特徴を有しています。どちらにせよ、彼らは女子にとって害悪でしかない。この世界が女子にとって地獄であることは、何ら変わりないのです。なお、無痛モンスターおよびセックスモンスターを男子に戻す方法は、残念ながら、今現在、全く見つかっておりません。今後も、見つかることはないでしょう」

 生物学の権威ですら匙を投げた、男子の復活。それが今、この極東の島国で、千葉県は銚子市のエクスタシーハットで、なされようとしていた。

 浜辺が初めて本物の笑顔を見せたように、花井もまた、初めて本物の笑顔を見たのであった。そうして芽生えた、男子の心。

 『浜辺さんが、ずっとずっと、こんな風に笑っていられるように、僕は、浜辺さんだけを全力で愛し続ける』

 結局、女子を愛することでしか、男子は男子でいられないのである。女子を愛するとは、スパチャを投げることや種を投げることではない。女子を愛するとは、唯一人の女子を想うこと、唯一人の女子の幸福を願うこと。

 美少女戦士セーラームーンの時代には辛うじて残っていた、タキシード仮面様という儚い幻影。その変態仮面様も消え去ってしまった現代、それでも、否、それ故に、男子は王子様にならなくてはならない、王子様を目指さなければならない。王子様とは、イケメンやパパではない。王子様とは、唯一人の女子を想う漢、唯一人の女子の幸福を願う漢。この漢の道は、いばらの道である。行けばわかるさ、ではなく、行かなくてもわかるさ。そう言い切れる理由は、過去のデータにある。過去、人類700万年の歴史において、王子様を目指した漢たちの99パーセントが、気持ち悪がられただけで生涯を終えてきた。700万年分という圧倒的サンプル数でデータ化された、定めレベルの悲劇。漢とは、報われない生き物なのである。それでも、それでもだ。それでも、男子の本懐は王子様になること。これは男子の独り善がりではない。ありのままの~、などと歌いながらも、女子たちは王子様が迎えにきてくれるのを完全に諦めたわけではないからだ。リチャード・ギアみたいな王子様が迎えにきてくれることは完全に諦めているが、己の心を救ってくれる王子様が迎えにきてくれることは諦めていない。だったら、イクしかねぇだろ! 俺たちが王子様になって、女子たちを迎えにイクしかねぇだろ! 恋せよ男子、じゃねぇ! 愛せよ男子! ここから始めよう、王子様の輪!

 性的な邪は一切なく、愛情だけを以てして、花井は浜辺の両手を握った。そうして、立ち上がり、腕力は用いず気遣いだけを以てして、浜辺を立たせる。

 激しい風雨、軋む小屋、ポンプの駆動音、それらが三重奏と化した。人類の99パーセントが知るであろう、あのメロディ・・・・・・A Whole New World。

 先に歌い出したのは、花井だった。まだまだ王子様の卵、しかし卵だって王子様は王子様、忍たまみたいなもの。女子をリードする姿勢はそのまま、王たまだった。

 英語の赤点常習犯の花井が、完璧なイングリッシュを披露するアンビリーバブル。恋は、魔法。今、魔法による奇跡が起きている。

 魔法にかけられて、浜辺も歌い出す。イングランドからの帰国子女、小池英子を抑え、1年次の学年末試験における英語で学年1位を果たしたイングリッシュを遺憾なく発揮する・・・・・・そのイングリッシュは、アメリカ人よりも完璧だった。ペーパーテストでは優秀でもスピーキングになると赤ちゃんレベル、そんな英語自慢ジャパニーズのテンプレをへし折っていくスタイルで、これが本当の、A Whole New World。

 嵐が過ぎ去るその時まで、歌声が絶えることはなかった。二人だけの世界は文字通り、A Whole New Worldだった。


 外開きのドアは難なく開いた。陽はとうに沈んでいた。風雨に洗われた空気は澄んでいて、星の移ろいさえ見て取れた。

 校内で天気の回復を待っていた生徒たちが、まばらな群れを作り、正門を通っていく。彼らに背を向けた花井と浜辺は、高揚した足取りのまま、裏門を使って校外に出た。

 光だけではなく音さえもが、よく通った。返ったさざ波さえ、どこまでも二人の耳に泳いだ。

 大きな水たまりを幼げに飛び越えた浜辺の手は、花井に握られたままだった。

 「星が綺麗だね」と浜辺が言って、「浜辺娃という名前の星が一番、綺麗だよ」と花井が言った。

 波が砂浜の足跡を消し去るように、ラブラブがイアーセックスの事実を消し去っていた。

 恋人の息吹が肌を縫う。その近さに恥じらいがあっても、二人は離れたりしなかった。

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