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いつか神を殺すまで  作者: 宮浦 玖
第八章「御城坂事変」
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第八話 バケモノ


 雪代と沢羽柚子が出会ったのは、協会の運営する孤児院でのことだった。

 ほぼ同じ時期に協会によって保護された二人は年齢が同じだったこともあり、ルームメイトとして生活の長い時間を共に過ごした。というよりは、沢羽が雪代から離れようとせず、何をするにもどこにいくにも一緒にいようとしていた、というべきだろうか。

 しかし、そういった子供は施設では珍しくなかった。


 何故なら、この施設に預けられるのは悪魔絡みの事件によって身寄りを失った子供の中でも、悪魔の実在を認識してしまったものに限られていたから。それはつまり、この施設にいる子供のほとんどは、悪魔憑きの凶行をその目で実際に見てしまったことを意味していた。


「紗々ちゃん……おトイレ、ついてきて……」

「うん、いいよ」


 消灯時間はとっくに過ぎた真夜中。沢羽に肩をゆすられて、幼い雪代は目を覚ます。

 沢羽の手を引き、二人で共用トイレへと歩く道中、いくつかの部屋からはすすり泣く声が漏れ聞こえていた。だがそれでも、この施設にそういったことに不満を漏らす人間は一人もいない。

 雪代自身、何度も両親の死の光景を夢に見たのは一度や二度ではないし、その度に悲鳴をあげては沢羽に抱きしめられていた。


「……協会の人が来るのって、明日だよね」

「協会の人が何しに来るの?」

「紗々ちゃん、忘れちゃったの? 養子縁組の面談だよ」

「ああ、そうだっけ」


 雪代も明日の予定はしっかりと覚えていた。だがそれでも、あえて彼女は知らないフリをする。その理由は、新しい家族に興味がないように振舞うためだった。


「私達二人とも一緒に引き取られたらいいのにね」

「そうなると、私と柚子ちゃんが姉妹ってことになるのかな」

「おぉ……紗々お姉ちゃん?」

「柚子ちゃんの方が誕生日先じゃなかったっけ」

「じゃあ、私をお姉ちゃんって呼んでくれる?」


 それは決して実現しない未来予想だった。

 なぜなら、雪代は明日の面談で「誰の養子になるつもりもない」と告げるつもりだったから。


 ◆


『よかった、紗々ちゃんが元気そうで安心したよ』


 およそ十年ぶりの友の声に、雪代は妙な感慨を覚える。たとえ電話越しであっても、その声は間違いなく彼女が沢羽柚子だと告げているが、それと同時に長い年月を経て落ち着きを得たその話し方は、まるで別人のようにも思えた。


「心配をかけて申し訳ありません。すぐに連絡を入れるべきだったのですが」

『……ふふっ』


 雪代は自分が変なことを言ったとは全く思っていなかったのもあり、沢羽が噴き出したのだと気づくのに、雪代は少し時間を要した。


「なにか、変なことを言いましたか?」

『ずっと言ってるよ』

「え? もうしわけありません。心当たりが……」

『敬語』

「……あ」


 思わず、雪代は空いた手を口元にもっていく。言われてようやく、自分が幼馴染にも敬語で喋っていることに気づいた。


「……ごめんなさい。もうすっかり馴染んでしまって」

『悪魔祓いになって、紗々ちゃんも変わっちゃったんだね』

「そうかもしれませんね。そういう、柚子はどうなんですか? 新しい家族と楽しくやっていますか?」

『…………』


 それは、なんてことはない近況報告のつもりだった。

 だが、雪代は電話越しでも相手の放つ空気が変わったことを感じ取る。


「柚子? どうしたんですか」


 無数の嫌な想像が雪代の脳裏を巡った。自分が爆弾テロに巻き込まれたことすら忘れて、彼女は両手でスマホを握りしめる。

 そんな雪代の感情を知らず……あるいは知ったうえでなお、沢羽はひとりでに言葉を紡ぎはじめた。


『あの時、紗々ちゃんはどうして私と一緒に来てくれなかったの?』

「そ、それは……」

『大丈夫、知ってるよ。悪魔祓いになるため、だったんでしょう。叶ちゃんと一緒』

「柚子! 事情はわかりませんが、まずはちゃんと話を聞かせてください! いや、そもそもあなたは今どこに!?」

「ここだよ、紗々ちゃん」


 その声はスマホのスピーカーではなく、雪代の真正面から直接聞こえた。


「この子、紗々の知り合い?」


 電話中は静かにしていたラウムも、流石に雪代の異様な態度に何かを感じたのだろう。初対面のはずの沢羽に微かに警戒の視線を向ける。

 雪代はそんなラウムを片手で制し、改めて十年ぶりの幼馴染をじっと見つめた。


 すっかりと大人びた容姿に成長を遂げた沢羽には、幼少期の印象は面影程度しか残っていなかった。かつては綺麗な黒一色だった髪も、今は色あせた金髪がまばらに混ざっている。

 雪代が抱いた感想は、皮肉なことに電話越しに声を聞いた時と似たようなものだった。


「信じたくなかったけど……紗々ちゃん。本当に悪魔と仲良くしてるんだ」

「え? ……いや、柚子! これには」


 「理由がある」といいかけて、声が詰まる。

 声だけでなく、気づけば雪代は金縛りにあったかのように身動きが取れなくなっていた。

 そんな雪代に向かって、沢羽はゆっくりと歩み寄る。


「本当に変わったんだね、紗々ちゃんも」

「ちょっとアンタ。いきなり出てきて――」

「いま、紗々ちゃんと話してるの。邪魔しないでくれる?」


 その二人のやり取りにラウムが割って入ろうとすると、沢羽は心底不愉快そうな声を漏らし、ポケットから取り出した『何か』をラウムへと無造作に投げつけた。


 受け止めるか、避けるか。咄嗟に迫られた二択。ラウムは避けることを選び、離れることを承知で後ろに跳んだ。


「……コイン?」


 沢羽が投げ捨てたそれは緩やかな弧を描いてから、あっけなく地面に転がる。見た目は何の変哲もない白銀色のコイン。

 何かおかしな様子もなければ、魔力の気配もないただのコイン。だが、それを手放した沢羽から魔力の気配が漏れ出したことで、ラウムはそのコインの正体に気づいた。


「退魔銀?! っていうか、この魔力!」


 ラウムは即座に両足に力を込め、沢羽へと再度飛び掛かる。

 呆然としていた雪代もそれが明確な攻撃体勢だと気づき、ようやく思考能力を取り戻すことが出来た。


「ラウム、なにを!」

「だから、邪魔しないでよ、悪魔!」


 ラウムの飛び蹴りが沢羽に迫る。だが、その足は沢羽には届かず、ラウムの体は空中で停止した。


「壁!?」


 何の脈絡もなく、淡く黄ばんだガラスにも似た立方体が沢羽を覆うように現れ、ラウムの蹴りを受け止めたのだった。

 その一連のやりとりを見て、雪代はすぐにその障壁が異能によるものだと理解する。だが、彼女の理解が及んだのはそこまでだった。


「柚子……これは?」

「…………」

「ちょ! バカ紗々! 状況を考えなさいよ!」


 冷めた目で自分を見つめ、無言を貫く幼馴染に対し、無意識に手を伸ばそうとする雪代。そんな彼女を見かねたラウムは、雪代の体を抱きかかえて無理やり二人を引き剥がした。


「もう一回聞くけど、アイツは紗々の知り合い?」

「同じ孤児院にいた幼馴染です……ラウム、彼女はもしかして」

「幼馴染!? ちょっと、それどういう意味よ!」


 雪代の回答にラウムもまた混乱を隠せない様子を見せ、確認の質問を重ねた。


「幼馴染なのに、あの女が異能者だって紗々は知らなかったの?」

「異能者? 悪魔憑きではないのですか?!」

「違うよ。だって、アイツの魔力の匂い、魔人どもと同じなんだもん!」

「魔人って、柚子は確かに……」

「うん。紗々ちゃんは嘘は言ってないよ」


 ようやく声を発した沢羽は、混乱しきった雪代をあざ笑うかのように薄く口角を上げていた。


「沢羽柚子はただの人間だった。そうだよね、紗々ちゃん」

「叶だって、柚子が異能者だったなんて、そんなことは一度も……」

「ねえ、知ってるかな、紗々ちゃん。魔力って一人一人『色』が違うらしいんだ。そして、そういうのは、髪とか目に影響が出やすいんだって」


 沢羽はそう言うと、自身の髪の一房――黒に混ざった金髪を指先にくるくると巻き取って弄ぶ。


「悪魔の髪や目が変な色なのも、それが理由らしいよ」

「柚子……何の話をしているんですか?」

「えー、雑談だよ。昔みたいなどうでもいい話」

「あなたは、そういうなんの意味もない雑談はしないタイプだったでしょう」

「…………凄いよねぇ。この髪もずっと、この色なの。この異能を植え付けられてから、ずーっと」

「異能を、植え付けられた?」

「そう。悪魔憑きと違って代償が要らない、契約解除もされず異能を決して失わない。そういう使い勝手のいい存在を生み出すために、異能を無理やり植え付けられた『人工異能者』それが私達、魔人」


 雪代の想像した沢羽の境遇、その最悪を、現実は易々と塗り替えた。


「私ね、あの日、引き取られた先で……バケモノにされちゃった」


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