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いつか神を殺すまで  作者: 宮浦 玖
第八章「御城坂事変」
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第九話 人×魔人×悪魔×天使


「バケモノにされっちゃった」

「なにを……言って……」


 その声は酷く震えていた。

 雪代は縋るようにを見つめるが、沢羽柚子は歪に目を細めるだけだった。


「柚子……あなたにいったい何が――」

「紗々、上!」

「え?」


 ラウムの叫び声に釣られて上を見る。そこにあったのは、先ほどラウムの跳び蹴りを遮った半透明の防壁だった。


 「何故あんなところに」と考える暇すらなく、その壁は雪代目掛けて落下する。

「ふんぬっ!」


 プレス機のように雪代を押しつぶそうと迫った壁を、ラウムが両手を掲げて受け止める。雪代はというと、ラウムが咄嗟に服を引き倒し、その場に膝を付かせたおかげもあって壁と激突することは避けられていた。

 だが、受け止めてもなお頭上の壁には見えざる圧力を持ち続けているらしく、ラウムの足場には今も少しずつひび割れが広がり続けていた。


「――ラウム!」

「これ、貸しだから。今度、ドーナツ奢ってもらうからね……おい、そこの! えーっと……うん、ネクラ女! これ、私じゃなくて紗々を狙ってたみたいだけど、どういうつもりなのよ!」

「だからさぁ! 邪魔しないで、って何度言えばわかるのかなぁ?!」


 沢羽の声に明らかな怒りの色がこもり、ラウムへとその右手がかざされ、その動きに連動するように、ラウムの両足はさらに深く床に沈み込んだ。


「あんた、紗々に助けてもらいに来たんじゃないの?」

「助ける? はははっ! そんなの無理に決まってるじゃない! 私はね、紗々ちゃんを殺すために会いに来たんだから!」


 ラウムを襲う重圧がさらに強くなる。ラウムはそこから、隣の雪代ごと押し潰すという沢羽の強烈な意思を感じ取った。


「あっそう。だったら、もっと時と場所を選ぶべきだったわね!」

「契約者のいない悪魔一人でなにが――」


 刹那、青い閃光が沢羽を照らし、爆発音がモールに三度轟いた。

 その眩い光に一瞬目を閉じた雪代は、慌てて沢羽の身に何が起きたのかを確かめる。幸運にもと言うべきか、不幸にもと言うべきか、沢羽は無傷だった。その周囲には魔力で形作られた薄黄の立方体が展開されており、おそらくその防壁によって閃光を防いだのだと察することができた。


「なるほど、君が魔人か。やっと見つけたよ」


 先の閃光の正体、それはアルメロスが放った魔力砲だった。

 突如として姿を見せた第三の敵対者の存在は、沢羽にとっては想定外だったのか、彼女は忌々しそうに表情を強張らせている。


「男の悪魔がいるなんて、情報にはなかったけれど」

「僕は悪魔じゃなくて天使だよ」


 アルメロスは訂正と同時に再度魔力弾を沢羽へと放つ。だが、それは薄黄色の防壁に阻まれ細い光の筋へと裂けて飛散するだけだった。


「あのネクラ魔人は私とアルメロスに任せて、紗々はここから離れて!」


 いつの間にか頭上の壁は消えていたらしく、重圧から解放されたラウムが雪代の腕を引いて立ち上がらせる。


「待って! 柚子は……あの子は私の!」

「あんなにはっきりと、紗々のこと『殺す』って言ったんだよ?! 話し合いで仲直りなんて状況じゃないってば!」

「それでも……」


 雪代はその場に踏ん張って抵抗を示すが、腕力差には抗えず少しずつ引きずられていく。


「っていうか、説得以前に今下手に近づいたらアルメロスの攻撃に巻き込まれ……ひゃ!」


 言ったそばからラウムのすぐ横に、防壁に弾かれた閃光の欠片が落ちる。

 こうしている間にも、アルメロスによる飽和攻撃は沢羽へと注がれており、魔力砲の跳弾が周囲の壁や床を破壊し、着実に被害を広げていた。


「周囲の被害もお構いなしって……あーもう。これだから天使ってやつは!」


 ラウムの言う通り、アルメロスは機械のように一定のペースで、前に突き出した右手から魔力を放ち続けている。あまりにも単調で工夫も技術もない攻撃は当然のように沢羽を守る防壁に防がれる。


「くっ…………」


 動と静、攻撃と防御の膠着。先に苦しげな声を漏らしたのは沢羽だった。

 どれほど堅牢な防御であろうと、永遠に全ての攻撃を防げるわけではない。異能の防壁であろうと、魔力切れという限界が存在する。沢羽の鉄壁の守護、その決壊は間近に迫っていることは、本人はもとよりラウムと雪代にも伝わっていた。


「ダメ……お願い、やめて!」


 その叫びに雪代の何かしらの意図や思惑はほとんどなく、無意識の悲鳴に近かった。

 天使の凶弾が幼馴染の命を奪う。その最悪の未来予想だけは避けたいという悲痛な懇願。

 ラウムも、沢羽も、雪代も、それが神の忠実な僕である天使に届くなど思っていなかった。


「…………あれ?」


 それはアルメロス自身すら例外ではなく、彼は魔力砲を撃つことを止めた自身の右手を見つめ、首を傾げた。

 ほんの一瞬の停滞。その空白を沢羽は見逃さなかった。

 彼女の指先が空を走り、その動きに合わせて、新たな防壁が生み出される。アルメロスの右腕、その肘から先を切り離すように。


「肉体に魔力壁を割り込ませたの!?」


 ラウムからしても、そのような攻撃方法は予想外だったらしい。異能に疎い天使にいたっては、自分の身に何が起こったのかすら理解できていなかった。


「なら、こっちを――」

「させない!」


 右手がダメならと突き出された左腕もまた、沢羽の生み出した半透明の壁によって斬り飛ばされる。

 両腕を失い、攻め手を封じられたアルメロスは次の言葉を発するより先に、十を超えるパーツに切り分けられ、最後に胴と切り離された頭部がゴトリと音を立てて床に転がった。


「はぁ……はぁ……」


 沢羽は膝に手を付き、大きく肩を上下させる。その顔は蒼白で、今にも倒れてしまいそうだ。


「どうして、体が再生しないんだろ?」


 一方、首だけの状態になってなお、天使は自らの敗北を実感できていないかのように淡々と疑問を口にしていた。


「切り離したパーツはそれぞれ私の”結界”で隔離したわ……いくら不死身の天使でも、これならしばらくは動けないでしょ……大人しくしてて」


 沢羽はそう言ってアルメロスの頭部を小さな立方体で囲み、改めて雪代の方へと向き直る。


「次は……あなただよ……紗々ちゃん」

「柚子……」


 二人はともに血の気の失せた顔をして、互いに向けて弱々しく手を伸ばす。そんな両者の間にラウムが割って入った。


「残念だけど、紗々の前にラウムちゃんの相手もしてもらうから」

「っく……はぁ……仕方……ないな……」


 ラウムは沢羽が息も絶え絶えに吐き出したその言葉を、交戦の意図と思い警戒する。だがしかし、それは読み間違いだった。

 沢羽の眼前にひと際巨大な――上も横も果てが見えない程の壁が、彼女達を分断した。そして、沢羽は背を向け、その場から離れるように歩き出したのだった。


「あ、ちょっと逃げる気!?」

「ええ……あなたと天使の邪魔のせいで……時間切れ……」


 沢羽は爪が食い込むほど強く腕を握りしめながら吐き捨て、ふらふらと体を左右に揺らして歩み続ける。


「時間切れ? 何言ってるのかわかんないけど、この建物はまだ警察と野次馬に囲まれてるんだよ。それでどうやって逃げる気?」

「大丈夫だよ……もう誰にも邪魔はさせない。必ず、また会いに来る……絶対に逃がさない……」


 若干噛み合わない回答。それはまるで、高熱にでも浮かされているかのようだった。


「待って柚子! 一つだけ教えて!」

「…………なに?」

「あなたが私を殺したい理由って……何?」

「決まってるじゃない」


 沢羽柚子は首だけをひねり、雪代を睨む。


「私がこんな体になったのは……紗々ちゃんのせいなんだから」

「…………」

「じゃあね、紗々ちゃん……」

「柚子!」


 それ以後、どれだけ雪代が叫び、呼び止めても沢羽柚子が立ち止まることはなかった。



「壁、消えたね」


 ラウムはモールを両断した巨大な壁の消失を確認すると、雪代の方に視線を向けた。

 本当は状況説明のために深夜の元に向かうつもりだったのだが、今の雪代を一人にすることに抵抗を感じ、ここに留まっていたのだ。


「柚子を探します…………さきほどの様子は明らかに異常でした。もしかしたら怪我をしているのかも……」

「待って待って! 私が魔力の匂い辿ってあげるから、その前に聞かせてよ。アイツは誰? 紗々とはどういう関係なわけ?」


 ラウムは心から「残ってて正解だった」と思いながら、雪代をこの場に止める説明を要求する。


「沢羽柚子。私がかつて、協会が運営する孤児院で生活していた頃のルームメイト……端的に言えば幼馴染ですね」

「協会のってことは、あの子も……」


 おおよその境遇を察し、ラウムは言葉を濁す。


「それで、今は人工的に異能者にされたって言ってたね…………一体誰に?」

「わかりません。それも含めて、とにかくもう一度会って、彼女から話を聞かないと」

「会ったらまた殺しにかかってくると思うけど……」


 彼女は理由はどうあれ、雪代を心の底から恨んでいる。仮に見つけられたとしても、素直に話してくれるとは到底思えない。というのがラウムの率直な感想だった。


「私からもラウムに聞いておきたいことがあります」

「紗々から? なに?」

「柚子が使っていた異能についてです。どういうものか心当たりはありませんか?」

「んー、あの子がどうやって異能者にされたのかわかんないから、断言はできないけど」


 一応の前置きをして、ラウムは経験則に基づいた意見を述べる。


「ベリトって悪魔が持ってた『結界』の異能に似てたね」

「『結界』というと……在原さんが魔導具として所持していたやつですよね。ですが、あれは外部から内側が認識されなくなったり、内部の一般人が気を失う、というものでは?」

「それは魔導具だったから、本来は内と外を完全に遮断する『結界』だから……」


 そこでラウムはハッと目を見開き、雪代の顔を見つめる。


「そうだ! あの『結界』って内側の人間の意識が奪えるんだった!」

「…………まさか!!」


 次の瞬間、ラウムの目の前で雪代は眠るように意識を失ってしまった。


「やっぱり、外の警察とか全員まとめて気絶させて逃げる気だ! って、ちょっと待ってよ……」


 周囲の空気全体がかすかに魔力を帯びた感覚に不快感を覚えるラウム。それと同時に、彼女の魔力探知がかすかな違和感を告げる。


 ◇


 ラウムは最初、自分の気のせいだと思っていた。天使の力の一部を取り返した時のように、魔力探知が下手になっていたのだと。

 それでも、万が一の可能性が捨てきれず、彼女は自らの足で御城坂アウトレットモールの屋上駐車場に再び足を運んでいた。


「嘘でしょ…………」


 目的は、沢羽柚子が結界の異能によってこの建物の周囲を覆ったのだとしたら、それはいったいどれほどの規模なのか、それを自らの目で確認することだった。

 屋上に上がると同時に、車の警報ブザーが遠くから聞こえてきた。屋上駐車場の中からではない。それよりももっと遠く、御城坂の車道からだ。

 そしてそれは、一つや二つではなく、まるで夏のセミの合唱のように、ありとあらゆる場所で鳴り響いていた。


「…………あいつ…………御城坂全部を結界で囲んでる…………」


 空を仰ぎ見れば、そこにはドーム状の薄黄色の魔力の壁があった。



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