第九話 村の異変
「狭い部屋で、大変恐縮ですが……」
「そんなことないですよ! 可愛いぬいぐるみがいっぱい」
「うっ……」
生真面目なアリシャは意外とメルヘンなのかもしれない。
ピンクを基調とした部屋に目を向けると、ぬいぐるみがたくさん飾られている。
「この村はアリシャ一人で護ってたのか?」
野盗とのやり取りを見ていたが、他に仲間の姿はなかった。
「いえ……王都より伝令があって」
他の仲間達は、今は王都にいるとのこと。
「なんでしょうね?」
ロラーナは首を傾げる。
「ヘイザス様から、至急招集せよ、との命でございました」
「ヘイザス兄様からですか?」
「誰だそれ?」
「ヘイザス兄様は、ドラグーン家の長男です」
とても知的で優しいんですよ、とロラーナが教えてくれた。
「でも、そいつらと王位を争ってるんだろ?」
「うっ……」
「王位、ですか?」
俺達の会話に、アリシャが入ってくる。
「えっと……その……」
ロラーナが口ごもる。
「話せないことでしたら、お気になさらず。ロラーナ様」
彼女の様子を見て、アリシャがそう伝えると、ほっとしたように胸を撫で下ろした。
「それと、ラグル殿も聞かれたらまずいことが多いのです。なので、気をつけていただけると、ロラーナ様も助かりますよ」
と、軽く怒られてしまった。
しゅん……
「ロラーナ、ごめん」
「いえ、私も説明してませんでした。ごめんなさい」
二人してペコペコと頭を下げる。
「ふふふっ、仲良しなんですね」
アリシャが微笑ましそうに笑顔を見せる。
「では、私は村長にさっきのことを話してきますので、ゆっくりとくつろいでいてください」
「その、ありがとうございます」
「あざーっす!」
アリシャが出て行って、俺達は荷物を降ろした。
「はぁ〜、疲れましたね」
「本当にな。てか、人間の魔法ってあんなにめんどくさいの?」
「めんどくさい?」
野盗との戦いのことを尋ねてみた。
「なんか、いっぱい喋ってたじゃん」
「あ、詠唱のことですか?」
「詠唱?」
魔法は使えるけど、そういったことは一つも分からない。
おほん、と咳払いすると、ロラーナが突然立ち上がる。
「では、私が魔法について教えて差し上げます!」
まるで先生のように、ロラーナが人間の魔法について説明をしだす。
「魔法と言うのは、精霊様や神様からお力をお借りしてそれを具現化しているのです」
「ふむふむ」
「その、お力をお借りするための工程が詠唱です」
「それなら、詠唱しないと魔法は使えない?」
俺はロラーナに質問する。
「いえ、高位の魔法使いは詠唱無しでも使えます。が――」
ロラーナは言葉を続けた。
「詠唱無しでは、詠唱有りと比べると、力が落ちます」
詠唱って凄いんだな。
めんどくさいけど、俺も試してみよう。
「ラグルは一度も詠唱を?」
「ないかな。じっちゃんに、使えると思えば使えるって、しか教わってない」
「コーランドさん……」
「その詠唱って誰でも使えるの?」
「もちろんですが、自分で最適な言葉を見つける必要がありますね」
同じ言葉で同じ魔法は使えない。
「なるほどね」
「そのために、自分の言葉に、どういった役割があるか――魔法使いは研究をしています」
つまり、勉強しないとなのか。
だるいから、やめた。
「詠唱無しで魔法を使える、ラグルさんが異常なんですよ?」
「そうなの?」
「そうです」
「おかしいの?」
「おかしいです」
なんか、悲し。
「でも、ラグルさんが詠唱使えたらどうなるんでしょうね?」
「試してみる?」
「やめましょう」
言っといて、それは酷くないでしょうか。
「そう言えば、アリシャさん戻ってきませんね?」
ロラーナが、壁に立てかけられている時計を見て呟いた。
結構な時間、ロラーナ先生に魔法の講義をしてもらっていたが、彼女は未だに帰って来ない。
「様子を見にいきませんか?」
「そうするか」
外に出ると、村の外は静かだった。
まるで元から誰もいないような、廃村となった雰囲気である。
野盗の襲撃から、アリシャの家に向かっている時にはチラホラと村人の姿は見えた。
怯えたように窓から外を見る人や、玄関から様子を見るように顔を出した人。
人の生気と言うものを、しっかりと感じる事ができた。
「…………」
その異様な雰囲気を感じ取った、ロラーナも口を閉ざして横を歩いていた。
「このデカい家が、村長の家か?」
村人の家とはまた違う、石造りの家。
玄関には住人に来訪を告げる、取っ手のような物がついていた。
「ごめんくださーい! 誰かいます、むぐっ!」
「ちょ、ラグルさん! 声が大きいですよ!」
ロラーナは俺の口を塞いだ。
「むぐむぐむぐ、ぐ〜」
「しー、です!」
彼女は俺に静かにするように、促してくる。
「何が起きてるか分からないから、静かに行動しましょう」
「分かった。まずは玄関は――」
取っ手を軽く握ると、バキッと音がする。
「開いてるみたいだよ」
「いえ、それはラグルさんが壊しました」
呆れたようなロラーナの声。
わざとじゃないよ?
きっと、古くて壊れかけてたんだよ。
「ともあれ、中を確認しましょう」
足音を立てないように部屋に入る。
入ってすぐ左側に扉と、正面にも扉がある。
右手側には階段があって、かなり大きい家となっていた。
「お邪魔しま〜す」
ロラーナの控え目な声。
勝手に家に上がるのに、負い目を感じているようだ。
「じっちゃんの家よりデカい」
じっちゃんだって村長のはずだけど、玄関を開けたらすぐに寝室だし、そこで食事も全てを済ませる。
お風呂場とトイレが別々になっているくらいで、綺麗に区画を分けられていない。
アリシャの家もそうだった。
「いいな〜」
自分だけの部屋って憧れる。
「ラグルさん、ぼーっとしないで、ぱぱっとやっちゃいましょう」
ロラーナ、それは泥棒のセリフだぞ。
心で突っ込みを入れながら、俺達は村長の家を調べた。
「……結局、誰もいませんでした」
一通り見て回ったが、誰もいない。
「とりあえず、外に出るか」
日はすっかり落ちて、村が闇に溶けていた。
光はひとつもなく、冷気が肌を撫でていく。
「ラグルさん……」
ロラーナが俺の服の右裾を指先で摘む。
軽く引っ張られて、彼女に目を向けると眉が力なく下がっている。
「怖いの? ロラーナ」
彼女は首を何度も縦に振った。
「――はっ!?」
「ひっ!」
「何もなかった」
「…………」
「よし、アリシャを探そう」
背中から抗議するような声が聞こえるが、振り向かないで前を歩く。
ただ、勝手に口元がニヤニヤしちゃうのが止まらない。
あれ……?
「今、何か通り過ぎなかった?」
「もう! やめてください!」
「いや、そこの木……」
気のせい――じゃない。
生臭い、花の蜜を何倍も濃くして喉に貼り付く感じ。
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