第十話 悪魔はどっちだ
「この匂い、どこから?」
「え? 匂いですか?」
「これは、血のだと思う」
つい最近も、ロラーナからした匂い。
「血……アリシャさん! それに村の方達が!」
目を細めて、集中する。
空気中にある魔力の基――魔素の乱れがないか意識を鎮めた。
さっき見えた黒い影。
通り過ぎた部分には、まだその痕跡があった。
「こっちみたい」
ロラーナの手を引いて、乱れた粒子を辿った。
「ここだ」
間違いなく、今立っている場所で痕跡が消えている。
「ここですか? でも」
「何もないよな。だけどさ――」
すっと軽く息を吸って、指先を蛇の顔のように合わせる。
「――ふんっ!」
「へぇっあ――!?」
地面に軽く突き立てると、六芒星の魔法陣が現れて砕けて消えた。
「やっぱり」
地面の中で手を広げて、強引に引き上げる。
「階段……」
ロラーナが呟いた。
「間違いない、この下から血の匂いがする」
地下への扉を強引に開けた瞬間、嫌な匂いがさらに濃くなった。
鼻腔を撫でた匂いは、今も鼻の中で渦巻いて喉の奥が締まる。
「てか、ラグルさん」
「どうしたの? 怖いなら隠れてる?」
「いえ……、その封印を力で壊すのやめません?」
「あ〜……あれくらいなら魔法とかいらないし」
そう切り返すと、呆れたような声が返ってきた。
「つくづく、規格外ですね。ラグルさんは」
「え〜、でもハリシェス村のみんなも、同じことすると思うよ」
「……脳筋族」
「ん? なんて言ったの?」
「いえ! なんでもありません! 先に進みましょう」
ロラーナに聞き返したが、誤魔化すように背中を押された。
「危なっ! 落ちるって!」
「ラグルさんなら、階段から落ちたくらい平気だと思います!」
いや、平気だけどさ……その自信はどこからくるんだよ。
石造りでできた階段をロラーナと二人で、降りていく。
どこまでも続くように見えたが、そこは案外浅かった。
「扉……ですね」
「開くのか――?」
指先が扉に触れると、火花が飛び散るように弾き返されてしまう。
「ここも、封印かよ。めんどくせー」
さっきと同じように、扉を破壊しようとするがロラーナに止められた。
「ラグルさん! ここはスマートにいきましょう!」
彼女は自身の胸を叩いて、前に出た。
手をかざして目を瞑る。
「あ〜、こうなって……ああなって……」
ロラーナはぶつぶつと呟いている。
こんなの壊せばすぐなのにな、って内心思いながら彼女の器用さに感嘆の声が漏れた。
手をかざしてから、血のように赤い魔法陣が扉に出現した。
俺達の侵入を拒むように、扉全体を覆っている。
ロラーナは、「あっ、こうなってるんですね。ふむふむ」と一人で喋って、魔法陣を解析している。
彼女の魔力が魔法の線を一本ずつ、丁寧に進んで行くのが分かる。
通り過ぎるたびに、線は切れた紐のように地面に落ちて砕けた。
「…………」
突然、ロラーナの動きが止まる。
残り半分まで来たというのにどうしたと言うのだろうか。
「ロラ――」
「――あ〜ん! 分かんない!」
彼女に呼びかけようとすると、駄々を捏ねるように地団駄を踏み出した。
「ラグルさん……ダメでした」
瞬間、俺は扉に蹴りを放つ。
「スマート……」
「スマートだろ」
「そうですね……」
彼女の諦めに似た言葉を尻目に、破壊された扉の向こうに足を進めた。
――ぐらり。
脳震盪を起こしたように、視界が一瞬揺れた。
空間がぐにゃっと動いたと思うと、目の前の光景に俺は息を飲む。
俺はハーフらしい。ハリシェス村の連中は生粋の魔族だと思う。
魔と名前がつくのだから、悪魔と同類なのだろうと思ったが、俺の視界に映るのはそれを否定してくれた。
人間こそが、悪魔と同類だと。
地面に綺麗に並べられた手。
そして、足。
体のパーツが何か役割を持っているかのように、そこかしこに並べられている。
言葉にできないような光景に、人間の中身は悪魔なんじゃないかと錯覚させられる。
「――おぇええっ!」
ロラーナだった。
「ロラーナ、大丈夫か?」
彼女の背中を擦ると、服の布地越しにでも分かるくらい汗ばんでいた。
「ラグルさん……これ、人が……みんなが……」
「ああ、殺されてる――現実だったら」
「――え?」
両手に魔力を込めて、手を叩いた。
「嘘……」
凄惨な光景が霧が晴れるように消えていく。
「倉庫か?」
棚の中を見ると、保存の利く食べ物ばかりである。
「ロラーナは、ここなんだと思う?」
「胃が変……はい! ここですか? 多分ですけど、緊急時に避難するための、避難所かなと」
それなら、納得。
「じゃぁ、さっきの侵入者用のトラップかもな」
「えげつない、精神攻撃でした」
恐らく、強引に封印を解くと発動するようになっていたのだろう。
今回はただの幻惑の魔法だったから良かったけど、下手したらロラーナが危なかった。
彼女と行動する時は、気をつけなければ。
「悪趣味なトラップだった」
「本当ですよ……まだ、胃がぎゅるぎゅるしています」
「盛大に吐いてたね」
「やめてください」
ロラーナの吐瀉物は、魔法で消しといてあげよう。
「奥にも扉がありますね」
「行ってみよう」
次も何かしらの仕掛けがあるかもしれないから注意しよう。
「おりょ。なんもない」
ドアノブに手を伸ばしたけれど、今度は普通に開いた。
鍵もかかってない。
「また、階段です」
「避難所って、こんなふうになってるのか?」
「一応、大規模魔法に耐えられるように設計されてますからね」
「なるほどね」
そしたらなんで、この奥から――血の匂いがするんだ。
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