第十一話 復活した悪魔
「深淵に眠りし王よ、血と肉と魂を代償に我の願いを聞き届けろ――アンサーラ、ブルガ、ラパネイル」
俺とロラーナは、ようやくアリシャと村人達を見つけることができた。
倉庫から繋がっている階段を降りた先は、大きな広間となっている。
百人くらいであれば、余裕で生活ができるくらいのスペースがあった。
ちょうどそこの二階。
人が落下しないように作られた石壁から、下を覗いた。
「なに、してるんでしょう?」
「儀式だとは思うけど、分からん」
声の主は、大勢の人が寝かされた奥の方に立っていた。
謎の呪文を繰り返し唱えている。
「あの、真ん中にあるやつは――髑髏!」
その髑髏の周囲には、大量の血液らしい液体。
「血を吸ってるのか?」
血液がそいつを中心に波打つように、波紋ができていた。
「アリシャさんもいます!」
「まだ、みんな生きてるみたい。てかロラーナ、声、大きいよ」
そう言ったが遅かった。
「――そこにいるのは誰ですかね?」
儀式を行ってる主が、こちらに向かって声をかけてくる。
「はっ! バレちまったら仕方ねぇ」
おい、ロラーナ。ヤケクソになるな。
そして、助けを求めるような視線を向けるな。
「ラグルさん! みんなを助けましょう!」
「……そうだな」
ロラーナが俺に両手を差し出す。
「ん?」
「ん?」
「え?」
「え?」
「飛び降りるんですよね?」
「そうだけど」
「なら、お願いします」
はい、分かりました。
彼女を抱きかかえて、そのまま下に着地する。
「ほほほっ、素直に出てくるとはいい度胸ですねぇ」
「ハゲた爺さんが、きしょい話し方してる」
「ハゲてますね」
声は若いのに、見た目は若い声に似つかわしくないような老齢の男性だった。
とりあえず、オカマみたいな話し方できしょい。
しかも、見た目とのギャップで余計に増幅される。
鳥肌めっちゃ立った。
「ふふふんっ! いいのかしら、そんな悠長な話なんてしてて、そろそろ皆さんが死にますわよ」
「治した」
「――はっ?」
「飛び降りながら、全員――治した」
二度、その謎の変態に言うと、近くに倒れていた村人に顔を素早く向けた。
「なにを、馬鹿な――」
自身のつけた傷跡を確認するために、手首の辺たりを見ている。
「……どうやって」
どうやっても何も、あれだけ時間があればできるでしょ。
って、人間は詠唱が必要なのか。
「まあ、いろいろとな」
「……あなたは神官、もしくは治癒師」
「そんなところだ」
適当な事を言ってみた。
「ふふ、ははっ――アハハハッッッツ!」
「え? 何? この人、怖い。ロラーナ、パス!」
「嫌ですよ! だってハゲてますもん!」
「ハゲハゲハゲ、うるさいですわね。でも、機嫌がいいので許しますわ」
わざと挑発するようなことを言ったのに、そいつは上機嫌に笑っている。
「あなたが神官なら、殺し合いは慣れてないでしょう」
「そうだな」
「となれば、ロラーナ姫!」
「え!? わ、私ですか!? 嫌です!」
「良かったな。ロラーナ、ご指名みたいだ」
「嫌ですよ! なんか顔の皮膚もぶよぶよして――」
ぬるっとしてから、べちゃっと、床に人間の皮膚が落ちた。
「あら、やだ」
鼻から下の皮膚が落ちて、そこから出てきたのはピンクの唇と、青ひげの顎。
口調は変わらずオカマと言ったところ。
「急ごしらえじゃ、ダメね」
自身の指先を額に並べるように添えると、海老の皮を剥くように、皮膚を剥がした。
「――うふふっ、私の美しさに怯えてるのかしら?」
バチバチの眉毛でウインクして、ピンク色の髪を手で払う。
腰くらいまで伸びた髪の毛は、女性のようにみえたが。
「イゴール=ツェンリ、よろしくね――うふっ」
イゴールと名乗ったそいつは、爺さんの皮のような物を剥ぎ取った。
「あなた……それは」
「なーに? これは村長の皮膚よ」
「――ぎりっ!」
ロラーナの歯ぎしりが、静かな空間に反響する。
「怖いわね〜。おしとやかなロラーナ姫、あなたもそんな顔をするのね」
「あんたみたいな、ゴミ野郎! 私が消し炭にしてやります!」
「あら、やだ〜。可愛い! その皮膚もらえないかしら――」
イゴールは言葉を言い終えると同時に、ロラーナに飛びかかってきた。
腰に下げた両刃の剣を、左右同時に振るってロラーナの首を狙う。
「おらよっ!」
俺は牽制するつもりで、蹴りをかました。
「おっと……神官さんのくせに戦えるのですか?」
剣をクロスさせて、俺の蹴りを受けたイゴールは宙を舞った。
後ろに数回、回転するとそのまま地面に着地する。
曲芸師のような奴だ。
「ありがとうございます! ラグルさん!」
そう言ったロラーナの手には、野盗に浴びせた魔法を発動していた。
「いっけぇー!」
彼女は手を前にかざす。
「中々、激しくて興奮しちゃう!」
イゴールはロラーナの魔法を見て、両手で肩を抱いて体をくねらせていた。
「私は薔薇。赤い薔薇、桃色の薔薇、白い薔薇。でも、気安く触れないで――イゴールの愛の鞭」
変な詠唱。と、今のうちにみんなを隅の方に退かそう。
イゴールが発動した魔法は、棘の付いたツタのような物が彼の背中から生えている。
それを竜の魔法に巻き付けて、防いでいた。
「こん、、のおっっ!」
「ロラーナ姫、中々やりますね」
均衡が保たれている間に、せかせかと意識のない村人達を退かす。
「でも、おしまい――愛のフレンチキス」
「無詠唱!?」
「からの〜。ディープキッス!」
ツタの一部から、赤と白の花が咲く。
花弁がゆっくりと開いて、蕾が完全に開き切ると、その中から唇が現れた。
竜の顔に唇を重ねる。
軽い口づけ。
舌を絡ませるような口づけ。
ロラーナの魔法が少しずつ小さくなっている。
「へぇ、魔力を吸ってやがる。あっ、骸骨――」
イゴールの魔法を観察しながら、みんなを運び終えると、床に置いてあった骸骨を手に持った。
「なんの骸骨なんだ? 人間の顔に牙? うわっ――」
目が突然光りやがった。
「――へ?」
気づいた時には、イゴールに放り投げていた。
弾丸のように発射された頭蓋は彼の顔にぶち当たり、広がってゴツゴツした鼻を潰す。
そのまま仰向けに倒れると、ロラーナの魔法は突っ掛かりが取れたようにイゴールの体の上を通り過ぎて壁にぶち当たった。
「お、お……まえ。ゴロ――ず!」
イゴールの鼻からポタポタと血が流れ落ちて、頭蓋骨を赤く染める。
「え……骸骨が」
絶え間なく流れる血液に歓喜するように、口をカタカタと揺らした骸骨が浮かび上がった。
「ひっ! 来る――」
全てを口にする前に、イゴールの鼻に頭蓋骨が喰らいつく。
――ぐしゃ
「いだ――い!」
――バキ
「鼻! ああっ! 私の鼻!」
――ぐちゅぐちゅ
「助け……あっ、動けな、、、あ、あァァァアアアッ!」
俺とロラーナは、その光景を見ていることしかできなかった。
あれは、ヤバい。
森に住んでる魔物の中で、さらに上位に位置するレベルだ。
下手に動けば、ロラーナが。
彼女は喰われるイゴールから、慌てて目を離した。
「ロラーナ、目を瞑れ! 俺が守ってやるから、安心しろ!」
俺の声にハッとした彼女は、一瞬だけ俺に目を向けて頷きを返した。
バルバトの鱗で作ったナイフを取り出す。
「カーッ! カカカッ! どんなブ男でも、久しぶりの肉はうめえぜっ!」
体の大部分を失った、イゴールをこっちに放り投げてきた。
「ああ、まだ生きてるから、好きにしてくれていいぞ? 我に復活の機会を与えてくれた男だからな――褒美だ。願いを聞き届けたぞ」
黒い服を纏った男の赤い瞳は、血液のように錆びた色をしていた。
あれは完全な――悪。
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