第十二話 真祖
「数百年ぶりの血肉は、どんなに下等でも美味いもんだ」
顎まで真っ赤に染めた口を、舌でベロリと舐めて俺達を見ながら口角を吊り上げていた。
俺はロラーナの前に出る。
「そいつ、まだ生きてるから、バルバトの涙かけてやって」
ほとんど死んでいるイゴールの体からは、心臓が見えてる。
よく、これで死んでいない。
そう思うくらい凄惨な姿に変わり果てていた。
「俺としたことが、下品な食い方をしてしまったようだ」
「お前はなんだ?」
見た目は人間だが、中身はなんだ。
「ふ、はははっ! 人間ごときが我に口を聞くのか、頭を下げよ、目を向けるな――不敬だぞ」
男がクツクツと笑いながら、赤い髪をかき上げる。
言葉の一つ一つに呪詛が込められているようで、コイツがこれまでに喰らった人間の憎悪が頭の中に流れてくるようだった。
背後でロラーナの苦しそうな声が聞こえる。
「人間は脆い、貧者ぅっ! 少し力を解放しただけで、すぐに死ぬ。家畜と同じ価値しかないなら――死ぬがいい」
つま先で軽く地面を叩く。
奴から発せられた重圧から、解放されるように息苦しさが消えた。
「ほう……少しはできるみたいだな貴様」
赤い双眼が真っ直ぐに俺を見て、歪む。
「名を名乗ることを、許そう」
「ラグルだ」
「ラグル、いいだろう。俺の前に立つことを許す」
「サリス=シルヴィルイス。吸血鬼の王にして、真祖。その俺の一部になることを光栄に思え――」
サリスの体がぶれた。
「お前……ロラーナを」
「誰が貴様に攻撃をすると言った? 我はお行儀のよい騎士ではないぞ」
奴の放った拳を弾き返した腕が、じんわりと痺れる。
俺じゃなくて、ロラーナを狙いやがった。
バルバトの鱗で作ったナイフを、顔の前で構える。
「黒竜の鱗で作ったナイフか。いい代物だ」
左足を前に強く踏み込んだ。
石で出来た床がビシリと音を立てて砕ける。
捻った体の反動を利用して、サリスに向かってナイフを振るう。
「…………」
確実に首を跳ねた。
いや、間違いなく首を跳ねた。
証拠に床に赤い髪の頭が転がっている。
「――キー! キィー!」
――コウモリ。
サリスの頭が弾けたと思ったら、小さいコウモリに分裂する。
それが失った体に集まると、失った頭が元に戻る。
「ハハハッ! 少し本気を出してやろう」
体が縦に二つに割れる。
中身がでろりと地面に落ちるが、そいつは気にした様子を見せない。
「分裂した――」
俺が言葉にしたと同時に二体のサリスが、襲いかかる。
「くっ――」
「どうした? もう終わりか?」
力はそのままかよ――
イゴールはとんでもない化け物を復活させたもんだ。
「余計な事を考えていると死ぬぞ――ハハハッ! 女がな。それか村人がいいか?」
分裂したサリスが二手に別れた。
「どっちを助けるんだ? ラグル」
ロラーナに迫ったサリスに蹴りを放つが、当たる寸前でコウモリとなり分裂する。
そのまま地面に着地した瞬間、その足を軸にサリスの顔面目がけて再び足を突き出した。
「――ちっ!」
サリスが舌打ちをする。
寸前でかわされたが、鋭い蹴りは奴を後ろに下がらせるには十分だった。
「ふふ、ハハハッ! 貴様は村人を見捨てたか。一人の女のために、大勢の人間を見捨てるとはな。ククク――」
「――ハハハッ!」
代わりに笑ってやったわ。
「貴様、なぜ笑ってやがる」
「いや、なに。真祖ってなんだかしらないけど、王の目は節穴だと思ってよ」
村人までたどり着いたもう一人のサリスは、倒れている一人の女性に手を伸ばす。
首元を掴んで持ち上げると、反対の手で引き千切った。
「――うまい、美味っツツ!」
血を啜りながらサリスは叫ぶ。
その姿は机に置かれた果物に、無造作に手を伸ばして喰らうのと一緒。
倒れた人間の血、肉、臓物をひたすらに喰らう。
「これが、お前の出した結果だ。目に焼き付けて――絶望しろっツツツ!」
こっちに向かって手を伸ばす。
俺は体をわずかにずらして、そいつの手首を掴む。
そのまま、サリスの肘に膝を突き出す。
ボキッと嫌な感触が、手から神経を震わせた。
だけど、俺は止まることなく、サリスの腕をねじ切るように回転させる。
「痛みを感じないのか? お前は」
「痛み? そんなものとうの昔に忘れたな」
皮一枚で繋がった腕から神経が伸びて、治っていく。
「こんなところで油を売ってていいのか? 我はちと大食いだからな。早くしないと全部食らい尽くすぞ」
「……そっちはどうでもいい」
「どうでも……? クククッ」
サリスには、俺が狂ったように見えているのかもしれない。
もしくは、おかしくなったか。肩を震わせ腹を抱えるようにして笑う。
俺は再びナイフを構えた。
「気に入った。お前、俺の眷属になれ」
「断る――」
「なに、貴様の意思など聞いてなどいない」
――サリスの姿が消えた。
速い。
彼の体がぶれた瞬間しか見えない。
刹那、気づいたら石の壁に背中から激突していた。
目の前に口を大きく開けた顔があった。
ねっとりとした唾液と、口臭が鼻腔を刺す。
「――ラグルさん!」
ロラーナの叫ぶような声が、耳に届く。
ただ、それは自分の頭より高い位置から。
「――なにっ!?」
サリスが首だけを素早く後ろに向く。
「アホ――」
その隙に、サリスの首筋にナイフを走らせる。
「ごほっ……が……」
なにかを喋っているようだったが、聞こえてくるのはむき出しになった気管からの空気の抜ける音。
「まぁ、これくらいじゃ死なないとは思うが」
左腕、右腕。
バランスを崩した瞬間に、残った首の皮を削ぐ。
心臓に一突き。
体を押し退けて両足を切断した。
「――ラグルさん!? 大丈夫なん……ひゃっっツツ!」
心配するように、二階からひょっこり顔を出したロラーナが悲鳴を漏らす。
「俺は大丈夫だから、早く外に逃げてくれ」
俺は背中越しにロラーナに声をかけて、手を振った。
「い、イゴールさん! キビキビ働いてください!」
「んもぅ! ロラーナ姫は人使い荒いんだから」
「元々はあなたがあんな怪物、復活させたんでしょうが!」
いつの間に、イゴールを手懐けたらしい。
二階からは遠ざかっていく足音が聞こえる。
「こんなに簡単に上手くいくとはね」
「……どういうことだ」
口を真っ赤にした、サリスがこっちに歩いてくる。
まだ、再生してないもう一つのサリスを退かして立ち上がった。
「いや、ね。ここに無理やり入ってきた時にトラップに引っかかってさ」
試してみたんだよ――幻術を。
そう伝えてやると、体を獣のように低くして、牙をむき出しにする。
「人間風情が……」
「あ、俺ハーフだから。魔族と人間のさ」
「……どこまでも――」
そいつが飛びかかろうとすると、足が取られたよう前のめりに倒れる。
「さて、サリスって言ったっけ? 人間の味はどうだった?」
肥大化した腹と、口元には泥と石の破片がくっついている。
「あんなに必死に、壁を剥がして食うとは思わなかったよ」
お陰で、かなり時間稼ぎが出来た。
イゴールが助けてくれるのは予想外だったが、そこはバルバトを手懐けたロラーナだ。
「さて、ようやく――普通に戦える」
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