第十三話 ノーライフキング
俺は腹の奥底に意識を向けた。
迫り上がってきた熱が、血管を通して全身を駆け巡る。
閉じていた神経回路が一つ、一つと繋がって魔力が濁流のように流れ込む。
「貴様……」
二つに別れていたサリスが、一つに戻っていた。
「悪いな、ロラーナとか巻き込まないように力抑えてたんだ。人間って、こんなに脆いんだな」
初めて出会った人間は、親を除けばロラーナだけ。
てか、母親と父親、どっちが人間なんだ?
じっちゃんに聞きそびれた。
あ、そうなるとロラーナが初めて出会った人間なのだろう。
おほんっ!
「つまり、そういうわけだ。少しだけ本気で行かせてもらう」
「…………」
真面目になろうと決めて早、二十年。
どうしても、真剣に考えようとすると雑念がノイズのように頭に流れる。
適当に話しているが、目の前の敵は決して侮ることはできない。
「じっちゃんか、バルバトと同格か」
森の上位存在と言ったことは、訂正しなくてはならないだろう。
森を出てすぐに、こんな奴に出会うとは思いもしなかった。
「魔族と人間のハーフ……悍ましい」
忌々しげに俺を見た、サリスの瞳が黒く染まっていく。
赤と黒が混じり合った瞳は、最初の時よりも禍々しさが増していた。
「不死の王の我に勝てると思っているのか、貴様?」
「勝てない理由はどこに?」
サリスの手が形を変える。
鎌のような形状となった手が、俺目がけて振るわれる。
「――いいね」
俺の視界の隅に見えるのは、青い幾何学模様の文字列。
六芒星も星もない。
機械的な文字が宙に描かれていく。
それが、奴の腕に纏わりついて、命を刈り取る一撃を防ぐ。
「この魔法は!? お前――」
ん? 今、何か言おうとしてなかったか?
まぁ、いいや。
不死の癖に脆い。
いや、自身の不死性に頼りすぎて、守る事を知らないのかもしれない。
手に握ったサリスの顎を捨てる。
「一度、潰れてみて」
「ぎぴぃっ――」
圧殺の意味を込めた魔法を、サリスの体に貼り付ける。
声を上げる前に、サリスの肉が極限まで圧縮された。
「本当に、サリスは不死なんだ」
潰れた肉の粒が、少しずつ膨らんで手が生えた。
胴体はまだ治りきらないのか、ボールに手が生えたような彼が襲いかかってくる。
「きしょい! やだやだ、今日はこんなんばっか」
イゴールといい、サリスといい。
こんなんばっかり……ハリシェス村に帰りたくなるよ。
切断の意味を込めた文字が、肉団子となったサリスの体に纏わりつく。
「どうやったら死ぬのやら」
とりあえず、切り刻んでみよう。
手を叩くと乾いた音が響く。
青い文字が、まるで生きているかのようにサリスの体にへばりつく。
文字が弾けるたびに、村人達の血液で赤黒かった床に新鮮な色が戻った。
「キィー!」
再生が間に合わないのか、バラけた部分からコウモリとなって俺に襲いかかってくる。
バルバトのナイフを振るった。
「同格って言ったのは、言い過ぎだったかな」
じっちゃんとバルバトの方が、強い。
「ちょっと、能力を過信しすぎじゃないか?」
「ぐそっっッッッツ!」
口だけが人間の形に戻って、濁った声を吐き出した。
「ん? 影が――」
まだ再生してないはずなのに、影はサリスの形をしていた。
ゾワッとした、虫が撫でる感触が肌を伝う。
「ほう――」
影だけが俺に近づいて、俺の影に向かって手を突き出す。
何もないのに喉が締め付けられる。
「コイツ――」
即座に文字を光に変えて、影を打ち消した。
「我は闇、闇は我――その程度では死なん」
いつの間にか人の形に戻ったサリスが、クツクツと笑う。
「確かに貴様は強い。認めよう」
「それはありがとよ」
「だけど、我の方が――上だっ!」
刹那、サリスが消える。
右か。
ナイフで斬り捨てようと動くが、サリスの影が反対に伸びる。
「くうっ!」
サリスの獣のような手が、俺の腹を割いた。
それに合わせるように、影の手が槍のように形を変えて俺の喉を狙う。
間に合わない。
それなら。
「凄く痛い。痛いの嫌いなのに……ぐすん」
手の平から血が滴る。
影は容赦なく、俺の手を貫いた。
すると、ぐにゃっと影が波打つと、先端に四つの筋が入る。
それがゆっくりと広がって、手の肉を中心から押し広げる。
「――――」
左手を捨てた。
バルバトのナイフは、肉を切る感触を感じることなく、手首から先を分離する。
治療と再生と書いた文字を、自身の手に貼り付けた。
「あぶねー! マジ、セーフ――」
って、人の手をボリボリ食いながら来るな。
「守るよ」
文字が俺の体を螺旋を描くように、渦巻く。
「封じるよ」
影に、封を貼り付ける。
サリスの足が止まった。
「てか、どうやったら死ぬんだ?」
喉にナイフを刺しながら言う。
「こうかな?」
転がった頭を踏んだ。
「コウモリ?」
飛んでくるコウモリを切り刻む。
「あ、そうだ」
不死殺し――って書いたらどうなるのかな?
試しにバルバトのナイフに。
「キいッ――!」
何かを察知したかのように、サリスは大きなコウモリに姿を変える。
影を封じていたがいつの間にか脱出したようで、彼は空に羽ばたいた。
サリスの大きな口が開く。
「――――!」
音は聞こえないのに、耳の奥が締め付けられるようだった。
耳の奥でどろりとした感触がすると、ねっとりとした熱が耳たぶを伝う。
一瞬、サリスから目を離すと、次に見た時には姿が見えなくなっていた。
「逃さないよ――」
扉に向かって跳躍する。
「み〜つけた」
空を飛ぶ、サリスの姿が視界に映る。
「そりゃっ!」
魔力をナイフに込めて、離れたところから軽く振るう。
「――キキッ!?」
片方の翼を引き裂いて、サリスが地面に落下した。
「どれどれ、不死殺しは効くのかな?」
なにせ、初めて不死と言う存在に出会ったのだ。
いくら魔法で意味を刻んでも、殺せるかどうかすら分からない。
「とりあえず、試せば分かる」
「――待て……」
ナイフを振り下ろそうとしたが、コウモリ姿のサリスが人の言葉を発した。
よく見れば、切り裂かれた翼が治っていない。
「なんだ?」
「取引をしよう」
「取引?」
「そうだ……好きなものをなんでもくれてやるぞ」
好きなもの? なんだろうな。
ひとしきり考えるが、特に何も思いつかない。
「何もないよ。とりあえず、君みたいな存在が勝手に暴れると困るから、終わりにするね」
命を殺める時は、心を殺す。
恐らく、このナイフでそいつの首を跳ねれば終わり。
「アハハハッッツ! 油断したな――赤い月の夜」
いつもお手に取っていただきありがとうございます!
よろしければ、ブクマ、評価、感想をいただけると励みになります。
毎日投稿いたしますので、よろしくお願い致します。




