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第十四話 赤い夜

 黄金色の月が赤く染まった。

 

 周囲の木々は枯れ、まるで人間のように骨のように突き出していた。

 

 草はあばら骨のように白く姿を変え、鋭い切っ先を足首に突き立ててきた。

 足を踏み込むたびにパキパキと音を立てて、赤い液体が湧き出てくる。

 

 サリスの使った魔法は、世界を変えてしまったようだった。

 

「――血染めの月光」

 

 奴が次にそう呟くと、赤月から放たれた光が収束して俺に向けられた。

 

 悪寒が走る――

 

 俺は光に触れないように、後ろに飛び退いた。

 

 月光が当たった地面がポコポコと音を立て、どろっと溶ける。

 

「我が世界へ、ようこそ」

 

 サリスはコウモリから人の姿に戻っていた。

 

「さて、貴様の魔法はあの――光の勇者と同じ」

 

 光の勇者。

 

「忌々しい……」

 

 サリスは表情を歪める。

 

「お前の魔法は現象は起こせるが、概念そのものを起こすことはできない。違うか? ラグル」

 

 どうやら彼は、俺の魔法について知っているようだ。

 

「…………」

 

 敢えて口を開かず、俺は無言を貫いた。

 

「なら、我が敗北することなど――ありえぬなぁっ」

 

 見せつけるように、バルバトのナイフで傷つけた腕を見せつけてる。

 裂けた肉の隙間に血液が吸い取られ、ゆっくりと肉同士がくっつく。

 

 ただ、少しは効果があったのか、再生する速さはわずかに遅く見えた。

 

「少し痛かったぞ」

 

 ただ、それだけ。

 サリスを完全に殺すには、”この”魔法だけでは足りないようだ。

 

「厄介だな……」

「くっ、ははっ、さあ、どうする? この赤の世界で朽ち果てるがいい。ラグル!」

 

 地面が揺れる。

 ぼこ、ぼこと泡だったと思えば、ゆっくりと沈む。

 

 全てが溶けて、見渡す限り血の世界となった。

 

「くっ」

 

 俺は急いで飛び上がる。

 魔法の言葉に足場と書いて、そこに飛び乗った。

 

 一瞬だけサリスから目を離せば、奴の姿はどこにもない。

 静かだった。

 

 赤月の月光が俺を探すように、光の柱を向けてくる。

 

 止まることなく足場を移動して、月の光から逃げた。

 

 

「――――っ!?」

「後ろだ」

 

 獣のように鋭いサリスの爪が、背中を掠め取る。

 

 振り向きざまにナイフを振るったが、そこには誰もいない。

 

 俺はさらに高い位置に跳躍しようと、両足に力を込めた。

 

「何処に行く? 我はそんなこと許しておらぬぞ?」

 

 両方の足首を掴まれた。

 

 引きずり込むように引っ張られると、体が浮く。

 

 振り回されるように投げられた体に向かって、月の光が頭上から照らされた。

 

「はっ!」

 

 横に壁を作って、それを全力で殴る。

 衝撃で光の直撃を避けることはできたが、殴った腕は溶けて赤い塊となった。

 

 沼地のような血液の海に落ちた体は、どこまでも沈んでいく。

 

 目と鼻から生温かい液体が入り込む。

 

 もがくが、俺を取り込もうと生き物のように絡みついてきた。

 

「どうだ? 美味いだろ? 我がこれまでに喰らった人間達の体液は」

 

 血の底に沈んでいるはずなのに、奴の声がした。

 

 サリスの言うことが本当なら、これまでにどれだけの人間を殺したのだろうか。

 

「まるで原初の海。老若男女、雌雄の区別すらなく、溶け合っている。新たな生命が産声を上げるかもしれぬな」

 

「ほ、うか……か」

 

 奴みたいに喋れないかと試しに口を開いたけれど、ボコボコと音を立てるだけだった。

 

 不意に、サリスが消えた。

 

 瞬きを一度すると、目の前に現れる。

 

「貴様も我の一部になれ――」

 

 突き出されたサリスの手が、腹に食い込んだ。

 

「がはっ――」

 

 肺の空気が押し出される。

 心臓を鷲掴みにされて、後一拍で俺の命が尽きる。

 

「掴まえた」

 

 口の周りに空気の層を作り出して、そう告げた。

 

「いいぜ、心臓を引き抜いても」

 

 ――できるならな。

 

 ちょこちょこ消えるし、赤い月の光も邪魔だし。

 ハエみたいで鬱陶しいんだよな。

 奴の手をバルバトのナイフで切断する。

 

 心臓を掴んだ手に、氷の文字を刻みつけた。

 

 握り潰そうとした手が動かなくなり、砕けろと書けば粒子となって消える。

 

 一刹の猶予も与えず、サリスの胸に動きを封じる文字を刻んだ。

 死ね、とか、消滅しろ、と概念は確かに書けない。

 

 それでも、殺し続けるには十分だ。

 

「やっとだよ。めんどくさかったな〜」

 

 サリスの喉元を掴みながら、俺はそう呟く。

 

 濁ったサリスの目が俺を見た。

 

「コウモリにすらなれないみたいだな。つまり、その能力は動きに連動してるのか」

 

 喉に当てた手をゆっくりと締め付けた。

 

 指先から肉が潰れて骨が砕ける音がする。

 

 瞬間――血の海が裂ける。

 

 空から赤い月光が降り注ぎ、俺を照らした。

 光が触れる前に、俺は宙に壁の文字を作る。

 

 それを蹴り飛ばして、横に飛んだ。

 

 足元にも一つ。

 

 それを踏んで、血の海から外に飛び出した。


「はぁ〜、やっぱり外がいいね」

 

 大きく息を吸った。

 サリスを掴んだまま、一気に加速する。

 

「あの月の光が、一点に集約しないと効果がなくて良かったよ。そうじゃなかったら、死んでた」

 

 この世界は恐らくサリスに作られた世界なのだろう。

 だから、彼の思うように操れる。

 

「だから、まずはこの世界を壊そうかな――」

 

 左手に掴んだサリスを空中に放り投げた。

 

 右手を横に突き出すと、空間が音を立てて砕ける。

 

「久しぶり――虚狼(きょろう)」

 

 取り出した斧にそう声をかけると、刃の表面に現れた大きな目が、瞬きを返してきた。

 暗黒を斧の形に作り替えて、抜き出したようである。 

 

「なんだ……それは……」

 

 サリスの動きを封じていた魔法が解けたらしく、彼の声は震えていた。

 

「かっこいいでしょ。ニカッ!」

 

 わざとらしく口角を上げて笑うと、赤い月が俺に光を向けてくる。

 

「――虚空『ゼネロバ』」

 

 両手に構えると、俺は斧を縦に軽く振るった。

 黒い波動が赤い月を目がけて伸びる。


「ありえ……ない」

 

 月は漆黒の闇に――包まれた。

 

 ――世界に闇が落ちる。

 

 一つの音もしない。

 一陣の風もない。


 何も存在しない虚空だけが、空に広がっていた。

 

「虚狼を使うのは、バルバトと喧嘩して以来だな」

 

 じっちゃんに危険だから、本当にピンチな時以外は使うなって言われてた。

 言いつけを守って、バルバト以外ならじっちゃんと喧嘩した時に使ったくらいだ。

 

 ただ存在するだけなのに、触れた物は何も無くなる。

 

 意識と言う曖昧な存在ですら虚狼は、牙を向くだろう。

 

 斧の表面の大きな目玉がギョロリと一回転すると、サリスを見た。

 

「――がはっ!」

 

 それだけで、彼の体の半分が消えた。

 立っている事ができなくなったサリスは、消えた体の方に向かって倒れた。

 

 そのまま、血の海に沈んでいく。

 

「こらっ! 勝手に攻撃しちゃだめだよっ!」

 

 虚狼に向かってそう言うと、まるで生きているかのようにしゅんっとうなだれてしまう。

 

 成人男性二人くらいの大きさの巨大な斧の刃先は今は俺の頭くらいの位置にある。

 よしよし、と撫でていると、血液の海が泡立つ。

 

「まだ生きてるとか、しぶといな。そろそろ終わりにしてくれないか?」

 

 血が渦巻き、一点に集まりだす。

 少しずつ血液の量が減っていき、底にはサリスの姿が見えた。

 

「なんなんだ……それは」

「虚狼だよ。かっこいいでしょ」

「……ありえない」

 

 サリスの体に集まった血液が、少しずつ体を形作る。

 

「たった一撃で、我のほぼ全てを喰っただと」

「うちの子、大食いなんだ。じっちゃんもバルバトもヒーヒー言ってたし」

「…………」

「もう、降参でいい?」

 

 虚狼をサリスに向ける。

 

「降参? 我がか? それこそありえん」

「なら、今度は全てを消す?」

「やるならやれ。これで我も”黒月”の元に行けるわ」

 

 黒月? なんか聞いた事あるような。

 

「じっちゃんの知り合い?」

「じっちゃん? 誰だそれは?」

「コーランドって、ジジイだよ。俺を育ててくれた」

 

「……まさか、コーランドは生きてるのか?」

「もちろん。ハリシェス村で村長をしてるよ」

 

 どうやら、じっちゃんの知り合い確定らしい。

 なら、とどめを刺すのはやめた方がいいかな。

 

「……クックククッ! コーランドが子守だと! ハハハッ! 冷酷で冷徹なアイツが?」

 

 サリスが楽しそうに笑う。

 

「そんなにじっちゃんって、悪い奴だったの?」

 

 確かじっちゃんは、人類の半分を殺したとか。

 

「悪い奴? あれは悪魔だ。そして、我の相棒で、虐殺の限りを尽くしてやったわ」

「へぇ〜」

 

「目に付く人間は殺した。歯向かってきた者も、命乞いをする者も、等しく全て殺した」

 

 今の姿からは、まったく想像できない。

 

「まさか、奴が子育てとはな。時代か……」

 

 サリスは最後に悟ったように呟くと、口を閉じる。

 

「……よい、後は我を好きにしろ。その概念すらも殺す斧であれば、殺せるだろう」

 

「いや、殺さないよ」

 

「どういうつもりだ……? 我は人間の敵だぞ?」

 

「そうかもしれないけどさ、俺が知ってる限り誰一人として殺してないだろ? 襲ってきたら戦うしかないけどさ」

 

「……甘いな」

 

「甘くていいよ。過去のことなんて、俺は見てないし、知らない。また、同じことを繰り返すなら虚狼を使って殺せばいい」

 

「アイツも腑抜けになったもんだ」

 

 サリスが俺を真っ直ぐに見つめて、そう言ってきた。

 彼の瞳からは敵意が消え、濁りの代わりに哀愁が浮かんでいるように見える。

 

「甘ちゃんでいいんだ。じっちゃんに無意味な暴力はだめだって言われてるし」

 

「ここまで、とはな。まぁ……よい」

 

 サリスが指をパチっと鳴らす。

 すると、世界が歪み、パラパラと崩壊し始める。

 

「――ラグルさん!」

 

 ロラーナの声を久しぶりに聞いた気がした。

 いつもお手に取っていただきありがとうございます!

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 毎日投稿いたしますので、よろしくお願い致します。

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