第六話 空の旅
「おーい、ロラーナ起きろ」
「むにゃむにゃ……」
「朝だぞ」
「む〜にゃっにゃっ……」
布団に転がったロラーナは、猫人間になってしまったようだ。
声をかけても、揺すっても起きない。
口には涎が垂れた跡、腹を出してへそが丸見えである。
「帰るんだろ〜」
「むにゅ」
ビンタすれば起きるのだろうか。
さすがにじっちゃんじゃあるまいし、それはできないよな。
今日、王都に向けて出発。
ゆっくり行けばだいたい一週間で、到着できるらしいと、じっちゃんが言ってた。
「じっちゃん、ロラーナ起きない」
「疲れてるんじゃろ。おんぶしてけ」
と、めんどくさそうに長めの布を渡してきた。
「仕方ない、か」
ロラーナを持ち上げると、体に彼女をくくりつける。
めっちゃ軽い。
小柄だと思っていたが、改めておんぶすると、まったく重さを感じなかった。
「ラグル、分かっていると思うが、”アレ”を外すなよ」
「子供じゃないんだから、分かってるよ。村でもずっと外してないだろ?」
「お主はあの二人の子供じゃからの……心配じゃよ」
「俺の父さん、母さんってどんな人達だったんだ?」
「――ヤバいやつら」
両親のことを聞いた時のじっちゃんの顔は、なんか一気に疲れているように見えた。
「ヤバいやつと、ヤバいやつから産まれたお前は、もっとヤバいやつなんじゃ!」
じっちゃんが突然ヤケクソ気味に、俺に怒りをぶつけてくる。
失礼な! よく分からないけど、普通だと思うよ。俺は。
「それと、五年前に買い出しに出たまま帰ってこない、ニルスも見つけたら帰るように言ってくれ」
「ニルス……か。今も買い物してるのか? とりあえず了解」
ロラーナの替えの服は……よし。
食料は現地調達、よし。
「じゃ、行ってくる」
「うむ、くれぐれも国を滅ぼすでないよ」
「そんなことしねーよ」
じっちゃんに最後まで心配された。
そう思うなら、あんなこと言わなければいいのに。
玄関を開けると、澄んだ空気が肺を満たす。
早朝の鳥の鳴き声は、俺達の門出を祝うようだった。
背中にロラーナをおぶったままの俺は、燦々と輝く太陽を見つめる。
「春だね〜」
冬の冷たさは残っているけど、今は温かい。
ロラーナの体温も相まって、寒さはまったく感じなかった。
「――はへっ!」
「あっ、起きた」
「え……ええ!? ラグルさん!?」
村を出てしばらくしてから、ようやくロラーナが目を覚ましたようである。
背中でもぞもぞと動くが、しっかりと結ばれた布のせいで彼女は思うように動けないようだった。
次第に自分の状況に気づいたのか、あっ、えっ、と耳元で彼女の困惑した声がする。
「おんぶ! お尻!」
「あんまり騒がないでよ。くすぐったいよ」
ロラーナの体を支えるために添えていた手を、尻からどかす。
縛っていた布を解くと、背中に生まれた空間に風が入ってきた。
涼しくて、気持ちいい。
「起こしても起きないんだよね。ロラーナは」
「あう……」
「朝、弱いんだね」
「はう……」
そう突っ込むと、気まずそうに視線を逸らして、頬についた涎をゴシゴシとハンカチで拭いていた。
「ここは……禁忌の森ですか?」
「うん、そうだよ」
ロラーナに伝えると、表情が強張った。
「魔物の巣窟――身を引き締めないと!」
力強く拳を握りながらそう言ったロラーナだったが、母親のクマの模様が描かれたパジャマを着ているせいで、まったく締まらない。
「ロラーナ、着替えどうする?」
「……着替え」
彼女の顔が、赤い果実のようになる。
「――パジャマ!」
「おーい、そんなに大きな声出すと、魔物が来ちゃうよ」
「そうでした――」
と、言った時には遅かった。
俺達の頭上を何かの影が通る。
木々がざわめくように揺れる。
土煙が立ち込め、ドスンっと重たい振動が体を突き抜けた。
黒い鱗は太陽の光すら吸収しているようで、空間にポッカリと穴が空いたみたいに見える。
獰猛な肉を削ぐための牙。
銀色の瞳が、睨みつけるようにこっちに向いた。
「――ひっ! ドラゴン!」
ロラーナが驚いて尻もちをつく。
魔物のくせに、人間のように二本足で立っていた。
「バルバト――」
俺がドラゴンの名前を呼ぶ。
「騒がしいと思って来てみたら――ラグルか」
魔獣とは思えない、流暢な言葉で話しかけてくるが、鎧のような鱗のせいで感情はまったく読めない。
「へ? ラグルさんのお知り合い?」
「そうだよ。バルバト――この森の主だよ」
「――主!?」
「ほう……生きがいい、人間だ」
バルバトが真っ赤な舌で、口の回りを舐める。
それを見たロラーナは、引きつった笑みを浮かべた。
「食うなよ」
「分かってる……ジュルリ」
「はぅっ!?」
ロラーナが俺の背中に隠れる。
「して、珍しいな。ラグルよ」
「今日、村を出ることになった」
「村を?」
「ああ、ロラーナを王都ってところに連れて行かないとなんだ」
バルバトに軽く事情を話す。
「ほう、それは寂しいの」
「すぐ帰ってくるって」
「この娘が王になったら、食っていいのか?」
「ダメです!? お願いだから食べないでください! バルバトさん!」
「そうだぞ。食べたらこの森消しちゃうからな」
「冗談だ」
バルバトの笑い声が鼓膜を激しく揺らす。
「てかさ、ちょうどいいや」
「ちょうどいい?」
「森の外まで乗せてって」
凄い嫌そうな顔してる。
でも、バルバトがいればすぐに外に出られるから、楽ちん。
「乗せてってくれるって」
「オイ、我はまだそんなこと――」
「ロラーナ行こう」
「話を聞け」
俺がバルバトの横に歩いて行くと、ロラーナは体を縮めながらついてくる。
「あ〜、ちょっと待ってて」
バルバトの鱗は、刃物のように鋭い。
触れるだけで肉を断ち、骨すらも切断するのだ。
このまま直接触れれば、怪我して倒れていた時の比じゃないくらい、大変なことになるだろう。
俺は右手を開いてロラーナに向けると、不思議そうに彼女は首を横に倒した。
「ほいほい、ほ〜い!」
「えっと……これは」
「障壁だよ。そのまま座ったら、大変なことになるからさ」
そう言われたロラーナは、バルバトの鱗を見て喉を鳴らしていた。
「仕方ない。特別だぞ、ラグル」
「あざーっす! さすが、バルバト。森の覇者」
「た、大変恐縮です! って、きゃっ――!」
ロラーナを抱えると、バルバトの背中に向かって飛び上がる。
「しっかり、つかまってろよ」
俺は彼女の後ろに座り、吹き飛ばないように体を支えた。
「――あはははっ! すごーい! はやーい! たのしーい! たかーい!」
ロラーナはバルバトの上で声高く、はしゃいでいる。
さっきまで怯えていたのが嘘のように、空の旅を満喫しているようだった。
見渡す限り木しかない。
遠くを見てもずっと、森が続いている。
「てか、ロラーナ。よく村の近くまでこれたな」
「はっきり覚えてないんですけど、転移のトラップのような物に引っかかって」
「あ、それトラップじゃなくて、村の奴が使う奴だと思う」
外の世界に買い出しに行く用の。
「そうなんですね。やっぱり、ラグルさんと出会えたのは――運命みたいです」
そう言った、ロラーナは嬉しそうに笑っていた。
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