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第五話 結婚宣言とクソジジイ

「このお肉美味しいですね! 何のお肉なんですか?」

 

「あむ、むぐ! んぐっ! これはマルモットの肉だよ」

 

「マルモット?」

「そうそう、でっかいネズミみたいな奴」

「ネズミ……」

 

 子牛が村に産まれたことで、ハリシェス村の夜は騒がしかった。

 みんなが楽しそうに酒をあおって変な歌を歌う。

 

 子供達も今日は夜更かしを許可されて、楽しそうにドンチャン騒ぎに混ざっていた。

 

「凄い賑やかですね。ネズミ……あむっ! でも、美味しい」

 

「旨いでしょ。あんまり獲れないから貴重なんだ。ちなみに、新しい命が誕生したらいつもこんな感じだよ」

 

 魔族の過去の所業は聞いた。

 命を奪う側から、命を祝福する側に。

 

 時間の流れというのは、魔族の本質を変えてしまっているのかもしれない。

 昔をよく知らないけどさ。

 

「ふぉっふぉっ、ロラーナ嬢、楽しんでるかのぉ?」

 

 丸太を椅子替わりにして座っている、俺達の背後からじっちゃんの声がした。

 

「はい、コーランドさんとっても」

「そうかそうか。ところで決まったかの?」

「決まった?」

 

 俺が首を傾げるのと、ロラーナが傾げるのは同時だった。

 

「ラグルとの結婚の話じゃよ」

 

 ――ぶっ! ジジイ、まだ言ってやがった。

 ロラーナなんて目をまん丸にして、耳まで赤く染まっている。

 慌てふためいて、唾を飲み込んで、鼻で深呼吸すると、ようやくくっついた唇が離れた。

 

「な、な、何を言ってるんですか! コーランドさん! 流石に急すぎますよ!」

 

「ふむ、ラグルじゃ不満かのぉ? 確かに抑揚のない顔をしているが、腕は村一番じゃよ」

 

「誰が抑揚のない顔だ! まぁ、ロラーナも忙しいらしいぞ」

「忙しい?」

 

「その、恥ずかしい話なのですが、身内でゴタゴタがありまして……」

 

 俺がジジイを睨みつける横で、ロラーナがじっちゃんに、王位継承について説明をする。

 

「なるほど……つまり、王になったら結婚してくれると?」

 

「まぁ……その、考えます」

 

「なら、決まりじゃ!」

 

「――おい! 勝手に決めるな!」

 

 俺はジジイに叫んだが、時すでに遅かったらしくみんなの方を向いて、手を口のすぐ横に添えている姿が映る。

 

「おーい! みんな聞いてくれじゃ!」

 

「なんだ〜!」

「今良いところだから、出てくるんじゃね〜!」

 

「――ジジイ!」

 

 そこから始まったジジイコールと、手の平を上に向けて煽るような仕草を見せる。

 

「ついに! ついに! うちの孫にフィアンセができたぞーっ!」

 

「おおー!」

「マジかよ! ラグルに!?」

「行き遅れの――ラグルにっ!?」

 

「誰だ! 今、行き遅れとか言ったヤツ! 出てこいっ!」

 

 ジジイのせいで、広場に集まった連中が一斉に騒ぎ出す。

 俺が何を言っても収まるどころか、酔っ払いの声は大きくなるようだった。

 ちらっと横目でロラーナを見れば、銀色の髪からはみ出た耳は、いつか湯気でも出てくるんじゃないかというくらい赤く染まっている。

 

「ラグルー! 前に出てこい! フィアンセちゃんも!」

 

「モタモタすんなっ! 行き遅れ野郎!」

 

「この……酔っ払いども」

「あはは、ラグルさん……みなさんから好かれてますね」

 

 チラチラと、恥ずかしそうに彼女は目を向けてくるが、かち合うと、ふいっ、と顔を右に逸らした。 

 

「はよ来い、お二人さん!」

 

 横を向いたロラーナから、ジジイの方に体を向けたが、唇を尖らせてあさっての方向を向いた。

 ヒューヒューと、下手くそ口笛を吹く姿に、拳を強く握りしめるがジジイの態度は俺を挑発するものに変わる。

 

「ジジイ……てめぇ、覚えてろよ」

 

 俺は文句を言いながら数歩前に足を運ぶと、村人の視線が一気に注がれた。

 

「行き遅れだー!」

「行き遅れ! 行き遅れ! 行き遅れっ!」

「ぶっ殺す!」

「イエーイッ!」

 

 俺はドスの効いた声で叫ぶと、村の連中はむしろ喜び出していた。

 

「ほれほれ、ロラーナ嬢も」

「はい……」

 

 肩越しに後ろを見れば、ロラーナがゆっくりとした足取りで歩いてくる。

 

「皆の衆、彼女、ロラーナ=ドラグーンが、ラグルのフィアンセじゃ!」

 

 瞬間――熱気が最高潮に達した。

 

「うぉー! ロラーナちゃん!」

「ラグルには勿体ない!」

「一生、行き遅れろっ!」


 本当に言いたい放題だな。お前ら。

 

「ロラーナ嬢は、今忙しいみたいじゃから、落ち着いたら籍を入れてくれるらしいのじゃ」

 

「ええ!? 考えるんじゃ……」

「はて? ワシはジジイじゃからの」

 

 困惑するロラーナだったが、うちのジジイは勝手に話を進めていた。

 質問攻めにあう、ロラーナはアタフタとしていて、口をパクパクと動かすことしかできていない。

 

 俺はやれやれと首を横に振って、ジジイの顔を殴ってやろうとしたが、ものすごい悪巧みを考えていそうな顔をしたクソジジイから放たれた言葉に、動きを止めざる得なかった。

 

「と言うことで、ラグルは村を出る」

「――はっ!?」

 

 拳の代わりに出たのは、間抜けな声だったと思う。

 上ずった声に、ジジイは笑いを堪えるように口角がひくついている。

 

「ぷっ、くっ。ラグル、まあいいじゃないか。女の子を守るのが、男の役目じゃろ?」

 

 もっともらしいことを言うが、勝手に決めすぎだ。

 

「それにのう、見てみろ。この村を……」

 

 じっちゃんは、何かを思うように遠くを見つめる。

 それはまるで、過去の自分を追憶しているようで、わずかに目が細まった。

 

「――ド田舎過ぎる! ロラーナ嬢が王様になったら、都会にしてもらうのじゃ!」

 

 やっぱり、殺(や)るしかないんじゃないか、ジジイ!

 テメーの村だろう!

 

「それに、ロラーナ嬢は助けてくれたお礼にお金もくれるそうじゃ!」

 

 最低だな! オイッ!

 確かに村の外に行って、担当の村人が塩とか村で取れないのを買いに行くけどさ。

 

「それ、本当? ロラーナ」

「あはははっ……」

 

 隣に立っているロラーナは、乾いた笑いをこぼしている。

 

「つまりじゃ! ラグルの結婚と、この村の発展、一石二鳥じゃよ」

 

 歯を見せてカッコつけてるんじゃねーよ。

 

「あの……王位継承の争いにラグルさんを巻き込むのはちょっと……」

 

「なんじゃ、コヤツが死ぬとでも?」

「ええ……現に私も」

 

「大丈夫じゃ、ラグルの奴はワシより――」

 

 じっちゃんがそう言いかけた瞬間、焚き火の炎で照らされた、空間を切り裂く銀色の筋が見えた。

 

 突然の婚約の話にまだ戸惑っているロラーナの前に、俺は躊躇なく出る。

 

「――ラグルさん!」

 

 飛んできた数本のナイフは、俺の体に刺さるように直撃した。

 

「セーフ」

 

 ポロポロと地面にナイフが落ちていく。

 

「チッ! 化け物か――」

 

 村人に混じって、ナイフを投げた犯人の声がした。

 

 朝見た時と変わらない、黒い服を纏った男。

 ただ、五人いた筈なのにそいつしか見当たらない。

 

 気配を探ってみるが、やはりコイツしかいないようだった。

 

「え!? この人も客人じゃなかったの!?」

「寡黙な人だと思っていたが、まさか悪者だったんだ」

 

「スゲー、暗殺者みたい! かっこいいっ!」

 

 村人達の前に出た男に向かって、村の連中がそう言葉をかける。

 だが、そいつは後ろを振り返ろうともせず、俺を真っ直ぐに見つめていた。

 

「こんばんは」

 

 なんとなく、そう声をかけてみたが、無言のまま反応しない。

 

「ロラーナ……あれって敵だったの」

「き、気づいてなかったんですか?」

「まあ……はい」

「馬鹿ですね」

 

 その言葉はナイフより深く、刺さったと思う。

 

「ナイフすら、効かないのか」

 

 忌々しそうに、目の前の男が呟いた。

 

「いや、服には穴が空いたぞ。てか、お前もボロボロだな。仲間はどうした?」

 

「黙れ……」

 

 ロラーナが人間にとって禁忌と言っていたことは、本当なのかもしれない。

 恐らくこいつの仲間は森の中で――

 

「――せめて、命尽き果てても!」

 

 男は走りながら、腰に差した剣を引き抜いて、こっちに向かってくる。

 

 ロラーナの腰に手を当てた。

 

「――え?」

 

 彼女を抱えたまま、小さく指を鳴らすと、男の背中が視界に映る。

 さっきまで目の前にいた男が少し離れた場所にいて、自分に何が起きたか理解できないロラーナからは間の抜けた声が漏れていた。

 

「くそっ!」


 振り向きざまに男が剣を振るう。

 

「いい剣だ」

 

 俺は奪った剣をまじまじと見つめた。

 

「でも、敵なら容赦しないかな」

 

 後ろに飛ぶように下がった男に合わせるように、俺は前に出た。

 顔面を鷲掴みにすると、片手で持ち上げる。

 

「化け物! 死ねっ! 死ねっ!」

 

 男の顔面を捉えた手から逃れようと、魔法をぶつけてくるが、俺は防ぐこともしなかった。

 服だけが破れ、肌に魔法が触れると、焚き火の火の粉のように弾けて消える。

 

「ちょっと、寝てろ」

 

 そう言って、軽く頭を地面に叩きつける。

 

「やばっ! 力加減――間違えた! 人間って脆すぎない?」

 

 土の中に、男の後頭部が埋まる。

 眼球が半分くらい飛び出ていたが、動かないのを見ると、彼は意識を失ったのだろう。

 

「嘘……精鋭部隊をこんな軽々と……」

 

「これで、ラグルの心配はいらんじゃろ?」

 

 彼に治癒魔法を施していると、二人の会話が聞こえた。

 

「ラグルも、ロラーナ嬢を助けてやれ」

 

 じっちゃんにそう言われると、俺は二人に振り向いた。

 

「まぁ、結婚とかは別として、女の子が酷いことをされるのは嫌だからな――」

 いつもお手に取っていただきありがとうございます!

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