第四話 ロラーナの覚悟
「のどかな村ですね」
「いいでしょ〜」
「ええ、とっても」
家に二人でいても暇だったからと、ロラーナに村を案内していた。
本当に何もない村だと思う。
木で出来た家に、土を踏み固めたような道。
見渡せば柵に囲われた向こう側には、森の木々が村を囲んでいる。
俺とロラーナはのんびりと歩いて、見て回っていた。
「ロラーナはどうしてあんなところに倒れてたんだ?」
彼女を見つけた時のことを、何となく思い浮かんだから聞いてみることにした。
「それは……」
「言いづらいことなら、いいよ」
「……いえ」
口ごもった彼女に、俺は無理に話さなくていいと伝えたがロラーナは首を横に振った。
おもむろにワンピースのポケットに手を入れると、緑色の宝石のような石を取り出した。
大切そうに握っていた奴か。
「それは?」
「竜石です」
俺はそれをまじまじと見つめる。
わずかに魔力を帯びていて、魔獣から取れる魔石のようだった。
「かつて打ち倒した竜の体内から出てきた石の一つ」
「一つってことは、他にも」
ロラーナが小さく頷く。
「はい。私の持つ竜石『アルキラ』。他に四つの魔石を、兄弟達が一つずつ持っています」
「竜が体内に五つも魔石、か。初めて聞いたよ」
「王都『ドラグニル』、それが私の住んでいる街。初代王が奇跡の石として、代々王が所有することになっていました」
「でも、今はロラーナとその兄弟が持っているんだよね」
「そうです……」
ロラーナは、話すことを迷うように一度口を閉じた。
「全ての石を集めた時、竜王の力が宿る。病に伏せる王……お父様にそう教えられました」
この話を口にすると、ロラーナの瞳から、光が消えたように見えた。
「全てを集めた者を王に。その日から、兄も姉も変わってしまったのです……」
「……そうか、つまりそれを兄弟が奪おうとして」
襲った。そんなところか。
「たまたま、馬車で移動中でした。護衛は全員……気づいたらラグルさんに助けていただいて、この村に」
「ロラーナは強いんだな」
「え?」
「女の子なのに、あんなにたくさん傷ついてもそれを表に出さないだろ?」
「私も王女……だから、これくらいのことで足を止めるわけにはいきません」
そう言った彼女の瞳に光が戻っていく。
スカイブルーのような色をした、澄んだ瞳が俺を真っ直ぐに見た。
「それと、私これでも成人してますからね」
「え!? そうなの!?」
「やっぱり、子供だと……」
「いや、まあ」
「二十歳です。人間では十八歳で成人した大人とみなされます」
ロラーナがぴしゃりと俺に言ってきた。
「そんなに幼いですか? 私」
ずいっと近寄ってきた彼女が、上目遣いで不満を訴えてくる。
頬を膨らませるロラーナの姿は、やっぱり幼くて、心に秘めようとしていた言葉を飲み込めなかった。
「幼い……かな〜」
「…………」
言ってからちょっと後悔してしまう。
だって、怖いもん。目の前の小さい女性から放たれた圧に思わず縮こまる。
急いで機嫌を取らなければ、俺の命が消えてしまう。
「いえ、やっぱり大人の女性……です」
俺、女性の怖さを初めて知ったよ。
ゴンノスケ、お前が結婚してから付き合いが悪いと言ったけど、謝るわ。ごめん……
「ですよね! やっぱり! 良かった!」
能面だった彼女の顔が柔らかくなると、嬉しそうにそう言いながら後ろ手を組む。
引きつった笑いを見せる俺のことも気にせず、鼻歌を歌っていた。
すると、ロラーナの視線が俺の背後で止まる。
「あそこは訓練場……ですか? え、腕――お腹刺されて……」
ちょうど、狩人の人達が訓練している所だったらしい。
ロラーナの言葉に後ろを振り向くと、村人同士が戦っている姿が目に映った。
「ごふっ……負けた」
「いや、俺も腕を取られたわ」
ロラーナは何故かその場から動かない。
「ロラーナ?」
「ラグルさん、これ訓練ですよね?」
「そうだよ。今日もみんな頑張ってるね〜」
「でも、お腹も腕も――え、治った!?」
「あれくらいなら、治癒魔法ですぐだよ」
平然と答えると、ロラーナは口をポッカリと開いたまま固まってしまう。
「神官や聖職者じゃないのに、治癒魔法を……」
「今日は子牛が産まれるから、控えめに訓練してるみたい」
「これで……控え目?」
「そうだよ。ちなみに、ロラーナの怪我はもっと酷かったけどね」
そう言うと、ぎょっとした顔で彼女は俺を見てきた。
「私、そんなに酷かったんです……?」
「うん。死んでるかと思った。目に矢が――」
「――いいっ! いいです! 言わなくてっ!」
どんどん顔が青ざめていったロラーナは、コロコロとよく表情が変わる。
最初は物静かなのかと思っていたが、そうでもないらしい。
「でも、ラグルさんに出会えてなかったら、私は今ごろ――奇跡ですね」
「本当だな」
「魔族って、おとぎ話でしか聞いたことありませんでしたが、皆さんとても仲良さそうで全然イメージと違いました」
「俺はよく分からないんだけどさ、どんなふうに伝わってるの?」
「ん〜、そうですね……例えば」
ロラーナが顎に人差し指を当てて、考えるそぶりを見せる。
「一体の魔族が一つの国を滅ぼしたとか。人間のふりをして、王国を乗っ取ったとか……」
「あ〜、俺はハーフだけど、まったく興味ないかも」
「興味あっても困りますよ。コーランドさんの逸話もありますよ?」
「え? じっちゃんの?」
「聞きたいですか?」
うんうん、と首を縦に振ってお願いした。
「コーランドさんはですね、太陽を三年間世界から消しました」
地味だな〜、じっちゃん。
「そのせいで、地上では飢餓が起きて、幾多の国が滅び、人口が半分になったとか……」
撤回、一番えげつないし、陰険。
「凄い怖い人を想像してたんですがね、とてもいい魔族でした」
「じっちゃん、そんなに凄かったんだな」
「そうですよ。伝説として数百年経っても、伝承に残っていますからね」
ちょっと面白そうだから、後で聞いてみようかな。
「あっ、ゴンノスケだ。お〜い」
疲れ切ったように歩く、ゴンノスケに手を振る。
下を向いていた顔がこっちを向いた。
「ラグル、それとお嬢は、さっきのお客さんが探してた人かな?」
「初めまして、ロラーナと申します」
品の良いロラーナの挨拶に、慌てたゴンノスケはズボンのシワを掴んで、彼女の真似をしてお辞儀をした。
「ゴンノスケ、それは真似しなくていいと思うぞ?」
「お、そうなのか?」
「ああ。てか、産まれたのか?」
俺はゴンノスケにそう尋ねた。
「……産まれたぜ。コーランド村長が来てくれて、助かった……」
「じっちゃんが?」
「そうなんだよ。足が引っかかって中々出てこれなくて――」
俺はゴンノスケから、子牛の出産に関して詳しく話を聞く。
「ただ、逃げたわけじゃなかったのか……じっちゃん」
「コーランド村長って本当に器用だよね。僕なんて砕くか、破壊するかしかできないのに」
「あの〜、それってどっちも同じなんじゃ……」
「そうなの?」
「厳密には違いますけど、その……」
「まぁ、いいじゃん! ゴンノスケもお疲れ! とにかく休んで、お祝いパーティしようぜっ!」
そう言って、俺達とゴンノスケは別れた。
「凄い疲れた顔してましたね」
「ロラーナも経験すると分かるけど、めっちゃ大変なんだよ」
と、たわいない話をしていると、あっという間に村を一周してしまう。
特に変わったこともなく、村人達は今日も楽しそうに一日を過ごしていた。
「本当に平和……」
「ロラーナから見てもそう思う?」
「はい。ずっとここにいたい気分です」
「いいよ」
「え?」
「好きなだけ、この村にいても」
戻るのが嫌なら、逃げてもいいじゃん。
そう言いたくなるくらい、ロラーナの顔は沈んで見えた。
「……ありがとうございます。ラグルさんは優しいですね」
ロラーナは、どこか迷っているように見える。
「でも……ダメです。おかしくなった兄や姉達が王になったら国が……」
その先を言おうとして、ロラーナは唇を強く噛んだ。
「それに私がいたら、ご迷惑をかけちゃいますし。だから、私は戻って――」
そんなことないよ、って言おうとしたけど、やめた。
彼女の肩は小刻みに震えている。
怖いのだろうか、逃げてしまいたいのだろうか。
そんな感情を、ぐっと堪えているように見えた。
でも、その瞳は――
「――王になります」
彼女の青い瞳は揺れることはない。
俺は逃げてもいいと思う。だけど、ロラーナはそれを否定した。
揺るがない瞳の向こうには、王になる決意の炎が揺らめいているように見える。
この村にいれば、きっと平和。
それも彼女は分かっている。争いもなく、村の連中も優しいから、すぐに受け入れてくれる。
でも、彼女はどうしても——王になりたいらしい。
俺は、それに対してなんと答えるべきか。
そう悩んで、もう一度だけ彼女を説得しようと、試みようと口を開きかけた。
「ふぉっふぉっふぉっ!」
クソジジイの声がした。
「何を真剣な話をしておるのじゃ?」
「ジジイには関係ねーよ?」
「酷い話じゃの――およ、それは竜石かな?」
突然現れたジジイが、ロラーナのポケットからはみ出た竜石を指差すと、顔を近づける。
「あっ、はい! 王家に伝わる、”五つ”の竜石の一つです」
「五つ……四つじゃ……」
ロラーナから離れたじっちゃんが、何やらぶつぶつと呟いていたが、うまく聞き取れない。
「なんか言ったか?」
「いや、のぅ。ワシもボケとるから、勘違いじゃったよ」
「なんでしょう?」
「まぁええ。それはそうと、二人はちゃんと今日のお祝いパーチィに参加するようにのう」
――この時、じっちゃんの話をちゃんと聞いていれば、あんなに犠牲を出すことはなかったかもしれない。
これは――俺とロラーナ王が背負う罪の一つ。
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