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第五十二話 稽古をつけてやる

「痛みで動けなくなるなら、戦うな――そう、俺は教えたよな?」

 

 だから、ニルスを一度も狩りに連れて行ったことはなかった。

 もっぱら村の警護だけで、血だらけで帰ってくる俺達を迎えてくれていたことを覚えている。

 

「その、雷の魔法に関しては秀でている。どういう原理か知らないけど、こうして飛ぶことができるのだから」

 

 なんか、じっちゃんが磁力がどうとか言ってたけど……知らね。

 とりあえず、魔法で飛んでる。

 

「戦いに出たいんだろ? 動けよ? それくらいで、魔法が不安定になるなら、ゴンタとハナコの方がマシだぞ?」

 

 真面目に話すの疲れてきた……。

 

「俺達、狩人はな。村のために獲物を狩るだけじゃない。繁殖し過ぎた魔獣の駆除に、はぐれの討伐」

 

 それこそ、こんな生易しい戦いじゃない。

 

「腕を食い千切られようが、肉を溶かされようが、足をもがれようが――命がある限り戦い続ける必要がある」


 正直、この程度の戦いなんて、お遊戯みたいなものだ。

 

「屍より酷いかもしれない。泥臭く、生きるためには、自分だって獣になる必要がある。大切な友人を守ることができるか? 子供達も家族も。俺達は死ぬと分かった奴らは――平気で見捨てるぞ」

 

 のんびりとした村を守るために、血反吐を吐きながら、みんな戦うんだ。

 心臓が動き続けるなら、魔法が使えるなら――治して戦う。

 

 それが、ハリシェス村での狩人の掟。

 

 決して背を向けない。

 決して逃げない。

 決して――死なない。

 

 ニルス、お前には覚悟が足りない。

 

「ぐぞッ……これくらい……あ、ぐぅっ」

「そうだ。いいぞ? 狩人になりたいなら、戦え」

 

 残った右腕で、どうにか大剣を構えるが、その剣先は小刻みに震えている。

 

「かかってこい。人間達の世界で、自分が強いと勘違いしたんだろ?」

 

「――ァアアッッッツ!」

 

 ニルスの絶叫。

 

「ああ、いい一撃だ」

 

 破れかぶれに振るってきた一撃は、隙だらけだし力もこもっていない。

 手に感じた感触は、大剣の重さだけである。

 

 それでも、村で夢を果たせなかった彼の一撃は重たくて、心にずっしり響くものがあった。

 

「成長したな。だけど――まだ、足りないんだよ」

 

 俺はニルスの大剣を弾き返すと、胸に向かって蹴りを放つ。

 肋が折れて、肺にでも刺さったのだろう。

 咳き込んで血の塊を吐き出した。

 

 ぜーぜーとした苦しそうな呼吸音。

 大剣は血の海に飲み込まれて消えている。

 

「昔は治療してやったが、今回はしない。死んだら……仕方ない」

 

 死んで欲しくはないが、一つ階段を登ったのなら、もう何段か登ってもらおう。

 死にかけた状態での、魔力制御。

 

「はぁ……あ……く、苦し……助け……て」

 

 手を伸ばしてくるが、俺はその手を掴むことはなかった。

 ニルスから距離を取って、見ていることにした。

 

「ほら、早く治さないと本当に――死ぬぞ」

 

 涙と鼻水と血の混ざった唾液に、ニルスの顔が酷く汚れる。


「今、ニルスがいる世界が、狩人では日常だ」

 

 冷たく突き放す。

 

「いや……だ……シにたく――ない」

 

 彼の残った手に魔力が宿ると、それを自身の胸に持っていく。

 緑色をした光が手を包むと、木が描かれた魔法陣が彼の胸を覆った。

 

 苦しそうな呼吸は少しずつ戻り、そのまま手を失った左腕に向ける。

 

 ゆっくりとだが、骨ができて神経と肉が戻っていく。

 

「もう少しだ。歯を食いしばれ」

 

 そして、時間をかけて彼の傷が回復した。

 

「どうだった? 死にかけた気分は」

「…………」

 

 俺の言葉に答えなかった彼は、鋭い視線を向けながら立ち上がった。

 瞬きも少なく、見つめてくるニルスだったが、武器をなくした彼が襲ってくる気配はない。

 

「狩りに出かけるとな、今みたいな状況が結構あるんだよ。もちろん、魔獣には言葉は通じない」

 

 子供の頃の俺も何度も経験している。

 そのたびにじっちゃんに助けられて、今は村でも禁忌の森でも、死にかけることはなくなったのだ。

 

「ニルスには、できるか?」

 

 俺が特殊なのかもしれない。

 他の村人達は、いつもボロボロになって、助けに入ることはよくあった。

 

 だけど、狩りが終わった後はみんな笑うんだよ。

 状況は違うけど、ニルスのような憎らしい表情はしない。

 

「……ちっ」

 

 苛立ったような彼の舌打ちに、俺は肩を竦めて見せた。

 

「まぁ、少しは見込みができた。痛みと恐怖に耐えて、自分の傷を癒すことができただろ?」

 

 それに、痛みで魔法が途切れて下に落ちることもなかった。

 

「痛かっただろ? 村の連中は、その傷を毎回負ってるんだ。それでも――狩人として認められたいなら、村に戻ってじっちゃんに鍛えてもらえ」

 

 ニルスは何も言わない。

 変わりに体のこわばりが消えて、両手が下にすっと落ちた。

 

「俺は村に戻れないから、代わりに頼んだよ。ニルス」

 

「……誰が……お前らなんかに――」

 

 ニルスが何か言いかけた時だった。

 

「がっ――!」

 

 ニルスの脇腹にぶつかった赤い宝石は、半分ほどまで食い込んでいる。

 

「――ニルス!」

 

 俺がニルスの元に近づこうとすると、白い影が視界の中で揺れる。

 目前に迫った尻尾による一撃を、上体を逸らせて避けるが、彼に近づくことはできなかった。

 

「ヘイザス……」

「ちっ! ちょこまかと逃げやがって。貴様は最初から、これを狙っていたのだな?」

 

 サリスの苛立った声がした。

 

「ふむ。私の目的は、レイラの回収だからな」

 

 尻尾でニルスの首を締め上げて、俺達にそう言ってくる。

 

「だが……ロラーナの奴は人望があるらしい」

 

 予想外だったのか、忌々しそうにサリスに鋭い視線を向ける。

 

「はっ! お前の妹に殺すなって言われてるから、難儀しているんだ」

「ほう……私を倒せると?」

「そんな紛い物の竜の鱗、貫けないと思うたか?」

 

 ヘイザスとサリスを包む空気が、ひりついた。

 

「それなら、本物を見せてやろう――」

「うぐ……ぅ、ぁ……」

 

 ニルスが苦しそうな声を上げた。

 体に半分ほど埋まった竜石『ベネ』が明滅を繰り返す。

 

「何をするつもりだ?」

 

 俺がそう問いかけると、サリスから目を逸らしてこっちを見た。

 

「なに、竜石の力を見せてやろうと思ってな。資格のない者が持つとどうなるかを――」

 

「が、あ……ぁアッ」

 

 皮膚が結晶化したように、砕けるたびに真紅の鱗が露わになる。

 

「これが……竜石の……」

 

 あの時、俺が触っていたら――こうなっていたと言うことなのだろうか。

 

「――ヘイザス」

「おい! ラグル!」

「悪い、サリス。アイツ……ニルスは村の仲間なんだ」

 

 レイラの頭をヘイザスに向けて投げた。

 人の姿に戻った彼が、それを受け取る。

 

「どういうつもりだ?」

「それが欲しかったんだろ? ニルスを解放しろ」

「ほう。私を騙しておいてか?」

「まあ、そうだ」

 

 ヘイザスから、目を逸らさない。

 

「ニレシア……いや、ニルスと言うのか。素直に解放するとでも?」

「むしろ、解放しない場合は――仕方ない」

 

 虚狼を掴んで、肩に担ぐ。

 

「……分が悪い、か。いいだろう」

 

 ヘイザスがニルスの腹から、竜石を取り出す。

 

「貴様、我を無視するのか」

「サリス」

 

 俺は彼の名前を呼んで止める。

 

「――ちっ!」

 

 苛立ちを隠しもせず、サリスは舌打ちをした。

 

「ロラーナの守護者達よ、しっかり妹を――守れ」

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