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第五十一話 吸血鬼の王と村人

「では、レイラを返してもらおう」

 

 竜となった彼の瞳は、青から金色に変わっていた。

 竜の血を入れた人間はこんな風に姿を変えることが、できるのだろうか。

 レイラのような禍々しさと、気持ち悪さはなく、聖竜と言う名に相応しい風貌だった。

 

 ゆっくりこちらに近づいてきたヘイザスは、俺にレイラの頭を要求してくるが、俺は渡すつもりはない。

 

「まさか、偽物を渡されているとは思わなかった」

 

 魔法によって、”レイラの頭”という文字を刻めば、相手を誤認させることができる。

 効果範囲から出てしまえば、薄れてしまうが、今回は保った方じゃないだろうか。

 

「明日になったら渡すじゃだめか?」

「断る」

「ケチだな」

「この国で、人を騙すとどうなるか知ってるか?」

 

 俺はさぁ、とわざとらしく肩を竦める。

 

「ムチ打ち十回」

 

 ヘイザスが尻尾を振るう。

 鞭のつもりなのだろう。空気を切り取る音は、その鋭さを現していた。

 

「それは怖い」

 

 痛いのは嫌いだ。

 

「それなら、条件がある」

「条件? くだらない」

「いいのか? どのみち、この条件をクリアしないと俺に近づくことすらできないと思うけどな」

 

 サリスがあの程度で死ぬわけない。

 本当は手助けしようとしたけど、怒られそうでやめた。

 ついでに今も、俺は手を出すつもりはない。

 

「それは、どういうことだ?」

「すぐに分かるよ。ヘイザスが知ってる吸血鬼は、心臓を壊して首をもぎ取れば死ぬかもしれないけど」

 

 あいつは違う――

 

「うちの仲間は――特注品なんだよな」

 

「その通りだ、ラグル。だが、特注品ではない。我は――王だ」

 

 どこからともなく聞こえてきたサリスの声に、ヘイザスの動きが止まる。

 

「サリス=シルヴィルイス。我は王にして、不死。なに……殺しはせぬよ。ロラーナ=ドラグーンがそう望んだからな」

 

 ヘイザスの背後に現れたサリスの瞳は、俺と戦った時みたいに、錆びたように濁っていた。

 

「赤月……過去の遺物。勇者に封じられた吸血鬼の王……まさか、ここで出会えるとはな」

 

 ヘイザスが笑う。

 初めて彼の笑っている姿を見た。

 それは、愉快そうに――歪に。

 

「……ちょうどいい。私と来ないか? サリス」


 突然の誘いに対して、サリスは鼻で笑う。

 

「そこにいるラグルのように、我を屈服させてみろ。そしたら――考えてやる」

 

「……なら、レイラと同じように首だけをもらう」

 

 サリスの口が三日月のように鋭くなると、手を空高く上げた。

 

「な……に」


 驚愕を含んだ声。

 

「ラグルと戦う時は、これを使う前に負けたからな。久しぶりに切れ味を試させてもらおうか――グラム=ルル」

 

 空にかざした手の上から、血が滝のように流れてくる。

 まるで、裂かれた肉のように、切れ目から人の部品が、ぼと、ぼと、と落ちて血の海に吸い込まれていった。

 

 そこから現れた、神経のような血管のようなもので覆われた、柄をサリスが握ると、ゆっくりと引き出した。

 空気が悲鳴を上げるように、空間は更に大きく裂けて、巨大な鎌が出現する。

 

 まるで生き物の内臓のように、何度も脈動を繰り返す鎌をサリスはヘイザスに向けた。

 

「お前の血は、どんな味がするんだろうな。楽しみだ――」

 

 サリスの裂けた口には鋭い歯がずらりと並んでいる。

 

 これが、吸血鬼の王――サリス=シルヴィルイス。

 

 俺との戦いで、この姿を見せる前に虚狼によって決着がついてしまった。

 サリス自身が、俺のことを侮っていたこともあるが、もし、あの時、彼が本気を出していたら、どうなっていたのだろうか。

 

 殺さないで倒せるほど、生ぬるい相手ではない。

 

 聖なる竜と、悪魔が向かい合った瞬間、何の合図もなかったのにお互いが激突した。

 

「いいぞ、竜の血を継ぐ人間よ。我を昂ぶらせろ」

 

「――吸血鬼ごときが、驕るなよ」

 

 さてと、二人が白熱した戦いをしているのはいいが、俺はどうしたものか。

 家はサリスの魔法で守られてるし、かといって横槍を入れるのは、どうかと思うし。

 

 俺はぼんやりと二人の戦いを眺めていると、バチリと空気が弾ける音がした。

 

「ニルス……いや、ニレシアか」

 

 再び現れた魔族と思われる人間は、折れたはずの大剣を俺に向けていた。

 

「お前はいつもそうやって――」

 

 初めて聞いた彼の声は、怒りが満ちている。

 

「そうか、やっぱりニルスか……久しぶり」

 

 敵意のない声で話しかけるが、それが余計気に食わなかったのか、割れた仮面から見える口からギリっと音がした。

 

「いつもそうだ! そうやって俺を下に見て、蔑んで、しまいには買い出し係だと!? 村の連中は――ふざけるなっ!」

 

「一度も見下したつもりはないよ。それに、ニルスがあのまま狩りを続けてたら死んでいた。仕方ないことだ」

 

「そんなわけない! 俺だって戦えるんだ! それなのに、お前らが勝手に決めつけたんだろ!」

 

「……違う。なぁ、村の周囲の森にいる魔物は、痛みで苦しんで動けないお前を待ってくれるのか?」

 

 ちょっと足を刺されただけで、動けなくなるのなら、いつ死んでもおかしくない。

 だから、ニルスの意思には申し訳ないけど、役割を変えさせてもらった。

 

 それは事実だし、彼自身が納得しないことも知っている。

 

「違う! 違う! 違う! あれは俺の実力じゃない! そうだよ……きっとお前らが俺を陥れたんだ……そう、そうじゃなければありえない。ははは……」

 

「そう、思うならかかってこい。稽古をつけてあげるよ――」

 

 空気の弾ける音。

 

「それ……その魔法は優秀だね。だけど、音ですぐに分かる。しかも、直線にしか動けないだろ」

 

 ニルスの剣をバルバトのナイフで軽くいなして、懐に入る。

 

「村で何回も言ったろ? 懐に入られたら、ニルスは負けるから、絶対に入られるなってさ――」

 

 三日月を描くように、下から上にナイフを振るうと、空中に黒い筋が現れて消える。

 

「え――?」

 

 ニルスの呆けた声が耳に届くと同時に、彼の血が顔にかかった。

 

「な? 言ったろ?」

 

「う、うわ――アァァアッッツ! 腕、俺の、し、死ぬ……死んじゃうぅぅッ!」

 

 ほら、言わんこっちゃない。

 ニルスは戦いには向いていないんだよ。

 たかが、腕一本だろ? まして、綺麗に切ってやったんだ。

 それくらい我慢して――治せ。

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