第五十話 家族思い?
「それで、貴様はキンキン女の頭を渡して、呑気に帰ってきたと言うのか」
「いや……まぁ、何と言うか……はい」
「たわけ! 死ねっ! カス! 脳筋!」
と、帰ってくるなりサリスに罵声を浴びせられているわけだ。
酷い言われよう。一応命のやり取りをしてきたんだけどさ、俺。
「サリス、落ち着いてください。そんな大きい声出したら、カエラちゃんが起きちゃいますよ」
「ああん?」
ロラーナに注意されたサリスだったが、どこぞの不良のように睨みながら振り向いて、舌打ちをする。
「あっ……虚狼」
勝手に俺のベルトから飛び出した虚狼は、元の姿に戻って、ロラーナを守るように立つ。
「な、なんだよ!」
じっ。
「うっ……」
目だけで訴える虚狼に、サリスの喉から変な声が出た。
「まぁ、サリス落ち着け」
俺がなだめるように肩を叩くと、サリスの腕に布で包んだとあるものを渡す。
「なんだ、これ?」
ロラーナに見せるのはちょっと抵抗があったから、サリスの耳に手を当てて中身について教えといた。
すると、驚いた彼は、深紅の瞳を大きく開いて、俺の顔を見る。
「そういうことなら、早く言え」
「ラグルさん……それは、なんでしょうか?」
「あ〜……戦利品?」
「そこで、戦利品のチョイスはお前らしいけど、酷い言い方なのを自覚しとけ。それと、小娘は見る必要はない」
意外と優しいところあるじゃんか。もう一度肩を軽く叩くと、今度は睨まれた。素直じゃないな、本当に。
「気になりますね。ガチガチ何か音がしてますし」
球体のような形をした布からは、規則正しい音がする。
硬いものが何度もぶつかるように、部屋の中にこだましていた。
「サリスはそれの見張りも頼む。明日、どうなるか知りたい」
「分かってる。アリシャ――今日はカエラを頼む。我が外の見張りをやろう」
「マスター? どうしたんですか?」
「なに、そういう時もあるのだ。貴様はおとなしく家の中を守れ」
納得してない感じのアリシャだったが、サリスは背中越しに手をひらひらと振って、さっさと外に出ていってしまう。
「それじゃ、ロラーナもリズアラもまた明日。アリシャはみんなのことを頼むね」
「承知致しました。ロラーナ姫は命に代えても」
「命に代えるのはダメです〜。では、ラグルさん、お休みなさい」
全員が二階に行ったことを確認すると、横に長い椅子に背中を預けて目を瞑る。
明日は引っ越しとか、レイラのことで忙しくなりそうだ。
◇
迸るような殺意は、瞼の裏をチリチリと焼いて眠りに落ちていた意識を強引に引っ張り上げる。
「……やっぱり、来たか」
外からはサリスが誰かと戦っているようである。
「ラグル殿……目を覚ましたか」
体を起こすとアリシャの声がした。
「さすがにここまでバチバチとした、殺気を放たれるとね」
「外の様子を見てきます。ラグル殿は休んでいてください」
アリシャが玄関に歩いていくのを、俺は止める。
「俺が行ってくるから、アリシャはみんなをお願いできる?」
「ですが……」
「いいから、いいから」
任せてくれとアリシャに伝えて、俺が先に玄関に出る。
外に出た瞬間、視界が赤く染まった。
「ガボッ! これ、サリスの! ぶはぁ〜! 酷い目にあった!」
真っ赤に染まった血の海に、俺の体が飲み込まれると、肺の中の空気がなくなる前に地上に出た。
相変わらずデタラメな世界である。
空中から聞こえてきた、打撃音が耳に届いて顔を上げれば、背中から翼を生やした二人の姿が視界に映る。
一人はコウモリの翼。サリスである。
もう一人は白い翼を生やして、まるで鎧のようにこの世界の光を反射していた。
「ラグルか……いいところに来た。これ、持っとけ」
と、放り投げてきたのはレイラの頭。血の海に落とさないようにと受け取って、魔法で足場を作ると、俺は二人の高さまで登る。
「こいつは……ヘイザスか?」
「忘れ物を取りに来た」
俺の声に反応した彼は、標的をサリスから俺に変えたようで、翼を一度強く羽ばたかせると、こっちに向かってきた。
「我を前にしながら、余所見だと――万死に値する」
腕を伸ばして手の平を空に向けると、人差し指と中指を曲げる。
大きく血の海が波立つと、赤い斬撃が無数に現れた。
それがサリスめがけて、向かっていく。
「邪魔をしないでくれないか? ――吸血鬼風情が」
冷めた目をしたヘイザスが、サリスの放った血の斬撃を見る。
「凍てつく竜の息吹――」
手をかざしたヘイザスからは、光を反射する粒子が放たれる。
「やっぱり、ヘイザスはただ者じゃなかった」
あの、ニレシアよりも強いだろう。
霧に触れた斬撃は一瞬で凍り、そのまま砕け散ると、赤い花びらのように空中にばら撒かれている。
「なに、そう邪険にするなよ。王子様」
「……むっ」
無数のコウモリとなったサリスが、ヘイザスの背後に現れると、鋭い爪を突き出した。
「竜の鱗か」
砕けた自分の指先を見てサリスが呟いた。
ヘイザスの破れた服の隙間からは、翼と同じ純白な鱗が見えている。
「竜モドキは、さっさとくたばれよ」
折れた指先がムチのようにしなると、鎌となった腕を、サリスは躊躇なく振るう。
「ここは、私の聖域だ――サンクチュアリ」
クリスタルのような形をした壁にヘイザスが包まれると、サリスの攻撃がそこにぶち当たる。
「聖域? ハハハッ! それは面白い! なら、犯し尽くすまでよ」
鎌による攻撃が防がれると、即座に人の手に戻る。
サリスは笑いながら、自分の手をヘイザスの魔法に沿えると、笑いながら手をねじ込ませていく。
「貴様など相手にしている暇はないのだ。寝ていろ――」
ヘイザスがそう言うと、全身が白い鱗に覆われた。
尻尾が生えて、顔まで鱗に覆われていて、白いドラゴンの姿に変わっていく。
「中途半端なドラゴンだな。小さくて、すぐに喰い殺せそうだ」
「そうか。残念だがその期待に応えることはない――」
ヘイザスの姿が消えた。
「がふっ!」
「吸血鬼はこれだけでは死なぬはずだ。貴様は首を落とせば死ぬのか?」
小型のドラゴンとなったヘイザスが、サリスの胸に尻尾を突き刺す。
それをゆっくりと引き抜くと、瞬きするよりも早く首を跳ねて、その体を切り刻んだ。
「貴様のような古き種族は、この世界に用はない」




