第四十九話 交換条件
いつ、どうやって、俺達に近づいたんだ。コイツは。
ニレシアに意識を向けていたが、周囲も警戒していたのだから、気づけるはずだった。
それなのにコイツは何もないところから、ふっと現れて、目の前に立っていやがる。
しかも、あろうことか。
「ふむ、妹の頭と竜石と交換。いいだろう」
ヘイザスは身なりの整った服の、内ポケットから赤い石を取り出して、手を前に突き出してくる。
「私の持っている竜石『ベネ』だ。これで足りないなら、レイラの『コンストリア』も渡そう、どうした? 受け取らないのか?」
俺が受け取るのを躊躇していると、ヘイザスが竜石を放り投げてきた。
目の前に転がってきた石に視線がわずかに、落ちる。
「妹の命に比べたら安いものだ」
「頭だけなのに、まだ生きてると思ってるのか?」
「ああ、まだ死んでいない」
ヘイザスの声には揺らぎがない。俺が見つめ返しても、彼は真っ直ぐに見てくるだけで、何かを隠している様子もなければ、本当に妹の身を案じているようにも見えた。
それなら、どうしてロラーナをあの場で助けてやらなかった。
「……ロラーナはどうなんだ?」
「どう、とは?」
「なぜ、ポタポタ村の犯人に仕立て上げた」
「……あれのことか。本当にポタポタ村を滅ぼした本人だと思ったからだ。それ以外、特にない」
ヘイザスの声は抑揚があまりなくて、感情が読めなかった。探るように彼を見つめたが、表情筋一つ動かさない。
「そうか……レイラとロラーナならどっちが大事なんだ?」
「どっち? 家族に優劣をつけるのか? ロラーナは無事なんだろ。なら、苦しんでるレイラを助けることが、当たり前だと思うんだが? ラグル」
こいつの言うことは、もっともらしいが、あまり好きになれない。
竜石を取ってレイラを返すか、今も口をガチガチと鳴らす彼女に目を向けた。
「――どうした? いらないのか?」
ほんのわずか。瞬きをひとつするくらいの時間で、ヘイザスは俺の目の前に迫っていた。
奥に見えるニレシアは、ちょうど今崩れ落ちるところのようである。
彼の顔のシワが鮮明に見える距離で、俺は下がることなくヘイザスの瞳を見た。
ロラーナと同じ青い宝石なのに、不純物が混ざったかのように、濁って見える。
「拾うがいい――なに……こちらから何かするつもりはない。そう――怯えるな」
肌触りのいい落ち着いた声色は、彼に従うことこそが、正しい。そう言っているようだった。
膝を折り、竜石『ベネ』に手を伸ばす。
「…………」
「どうした?」
アルド=フェロードの言葉が頭に浮かんだ。
『竜石に触れる機会があっても、触ってはいけません』
つまり、これこそが彼の罠。
「いや……やっぱりいらない」
「それは何故だ? 竜石を五つ全て手に入れて、ロラーナが王になれるんだぞ?」
俺は立ち上がって、レイラの頭を差し出した。
「そもそも、竜石を全て集めて、王と認める。それを認めるのは誰なんだ? ロラーナの父親か?」
「そうだ」
「意識もないのにか?」
「そうだ」
「なぁ、本当は竜石って四つなんだろ?」
「それは、知らない」
引っかかるわけないか。
たけど、一瞬だけ彼の眉の端がはねたのが見えた。
やはり――何かを隠している。
「なぁ、竜石に触れたらどうなる?」
「……貴様は何を言っているのだ」
「いや、なに。友人がいろいろと教えてくれてさ。触れるなって、な」
「おかしな友人もいたもんだ」
それ以降はどれだけ突っ込んだ話をしても、彼の表情は変わらなかった。
「てか、そっちもレイラの頭を手に入れたんだから、いいだろう? 俺はアイツの足に刺さったナイフを返してくれれば十分だ」
「そうか。ニレシア――立て」
さっきまで彼を支えていたはずなのに、膝をついた彼に、命令するようにヘイザスが言う。
怪我をしていない方の足に力を込めて立ち上がったが、ニレシアの口元は苦痛に歪んでいた。
「ほう……このナイフはどこで手に入れた?」
ニレシアがヘイザスの元にたどりつくと、彼は振り向くこともせず、足に刺さったナイフを一気に引き抜いた。
それを俺に渡そうとしたが、目の高さに持っていくと、バルバトの鱗で出来たナイフを見やる。
「それも、友人のだ」
「竜の鱗……それも、かなりの年月を経ている……」
「分かるのか?」
「竜の血が流れているからな。多少は」
「そうか。さっさと返してくれ」
俺が手を差し出すと、ヘイザスはナイフを俺に渡してきた。
「もうひとつだけ、聞かせてくれないか? その竜の鱗を持った友人、そいつはどこにいる?」
「さてね……どこにいるだろうか? まぁ、手で砕けるくらいの鱗なんだから、たいしたことないだろ」
「これを、素手で?」
「そうだ」
俺は敢えてそう言った。
竜の血を受け継いでいるのなら、その鱗の硬さに対して、いろいろと知っているのだろう。
それを素手で割ったとなれば、多少は牽制できたかもしれない。
「なぁ……お前達が何を企んでいるか分からないけど、ロラーナと俺の仲間に何かしたら、王国ごと、滅ぼしてやるからな」
「……肝に命じておこう」
最大級の牽制だ。
もちろん、そんなことしないし、させない。
「それと、ニレシアって言ったよな。お前……魔族だろ? ハリシェス村って知ってるか?」
俺の問いかけに彼が反応することはなかった。
「二人は知り合いか?」
「さぁね。顔見たら分かるかもしれないけど、知らん」
「…………」
ニレシアが、魔法で自分の足の治療を始めた。
「強い、けど痛みに慣れてないから、突き刺さったナイフすら抜けなかったか」
多分、この魔族は――ニルス。
買い出しに行くと言って数年帰ってこない彼に似ている。
紫色の雷を操り、大剣を好んで使っていた。
大人になっても泣き虫で、大きな怪我に耐えられず、狩り班から買い出し係に。
たまに稽古をつけたり、模擬戦をしたりしていだけど、昔とその癖は変わらない。
「なら、ニレシア。ハリシェス村の村長から、ニルスって見つけたら、帰ってこいって伝えてくれだってよ」
頼むわ、とニレシアに声をかけて、俺は大穴から飛び出した。




