第四十八話 ストレス解消
「虚狼、今回は俺にやらせて欲しいから、何もしないでくれよ?」
俺は相棒の大斧に向かって言葉をかけると、珍しく素直に言うことを聞いてくれたようで、大きな目玉がすっと閉じる。
「最近、あんまり体を動かしてないから、少し運動したかったんだよ。ニレシアって言ったっけ? いつでも、かかってきてもいいからね」
「…………」
白い仮面の向こう側のそいつの表情は見えない。だけど、俺の言葉に大剣を握る手に力がこもったことが分かった。
バチっと、弾ける音がすると、ニレシアの足元に紫色の光が迸る。
「――早いね」
空気が肌に触れるよりも早く、大剣の剣先が目の前にあった。
俺はそれに合わせるように虚狼を振るう。
空気が爆発したように弾けると、周囲の砂が舞い上がる。
両手で大剣を持ったニレシアは、虚狼を押し返すと、上半身を仰け反らせて、薙ぎ払いの一撃を繰り出した。
バチッと音がした瞬間には、腹のすぐ横に刃がある。
俺はくるりと虚狼を回転させ、斧の先端を地面に突き立てて防ぐ。
「いい感じだ。もっと、速くてもいいんだよ」
打ち合うたびに、額にかかった髪がめくれ上がる。
少しだけ、楽しい。
ハリシェス村で、模擬戦をしているような感覚だった。
まだ、数回しか打ち合ってないのに、血が煮えたぎってくる。
軽く地面を踏み込んで、軽く虚狼を振るってみた。
「ああ、これは防げるんだ。いいね」
村の子供のハナコとゴンタくらいの実力は、あるらしい。
「はははっ、いいね! 楽しいよ!」
もう少しだけ、力を込めてみよう。
どこまで――いけるかな。
「次は上から行くよっ!」
宣言通り、俺は虚狼を縦に振るう。
それをニレシアは大剣の腹で受け止めたが、足首まで地面に埋まった。
ニレシアが両手に力を込めると、虚狼が持ち上がる。
「凄いね! でもさ――」
ニレシアが手首を捻って大剣を振るおうとする瞬間、また紫電が迸った。
それに合わせて軽く体を後ろに逸らせると、目の前を剣先が通り過ぎる。
いろいろ、話を聞きたいし。
虚狼を地面に刺して、それを軸に左足でニレシアの顔面めがけて蹴りを放った。
「んっ?」
完全に当たったと思ったが、足には何の感触もなかった。
「なんだ、毎回同じパターンじゃないんだね」
月明かりで照らされて、影が虚狼によって作り出された大穴から伸びてくる。
俺はゆっくりと頭を上げると、ニレシアの正面に大きな六芒星が浮かび上がっていた。
「この魔法陣は……」
人間が作り出す、無駄の多い魔法陣じゃない。
むしろ、必要な部分を削ぎ落として、威力だけを高めた――魔族による魔法。
仮面の下半分が壊れて、彼の唇が見えると、歪に歪んでいた。
大きな六芒星の頂点を結ぶように円が描かれると、その周囲に更に小さい六芒星が浮かび上がる。
時間が経つに連れて増えていき、視界の全てがニレシアの魔力で覆われた。
刹那――
全身が総毛立ち、ビリビリとした感覚が肌を撫でる。
周囲から魔素が消えた。
雷鳴のような音が、鼓膜を強く震わせると、視界が眩い紫色の光に包まれた。
鳥肌が立つくらいの魔力の塊に、俺の口元が自然と吊り上がる。
「そうこなくちゃ――」
こういう、ひりつくような命のやり取りは、たまにならいいかもしれない。
というより、俺の方がこんなにも飢えているとは思わなかった。
平和主義者、なんて自己評価していたけれど、その認識は改めないといけない。
なぁ、死なないでくれよ。
あんまり手加減できそうにないからさ。
本当に、頼むよ――
「――アスラ=マズラ。食い散らかせ」
体を限界まで捻り、力を溜めてから全てを解放する。
俺の魔力を根こそぎ吸い上げられ、体から力が抜けるような感覚があった。
黒い影は虚狼の放った闇よりも、荒々しい。
牙を剥き出しにした狼が、獲物の喉に食らいつくようにニレシアが放った魔力の塊とぶつかった。
「この感覚――久しぶりだ」
自身の魔力の一部を一気に解放した感覚は、気分をスッキリとさせてくれた。
相手の生死は正直どうでも良かった。
昂ぶった気持ちだけを、ぶちまけたいのだ。
俺の放った魔法は、ニレシアの魔法とぶつかると鍔迫り合いをすることもなく一瞬で飲み込む。
黒い影は触れたものを見境いなく破壊して、全てを飲み込んだ時には、大穴の一部が抉り取られていた。
「ニレシアは、耐えられなかったか?」
さっきの技を平然と耐えるのは、じっちゃんくらいしか村でも思いつかない。
ほとんど、”今の”俺の全力をぶつけたのだ。
ニレシアが魔族だったとしても、塵も残さず消えてしまったのだろう。
俺は虚狼を肩に担いで、ニレシアが立っていた場所から背を向ける。
「――っ!?」
今、驚いたのは俺じゃない。ニレシアだ。
青い文字がレイラの頭に伸びたニレシアの手に、貼り付けられていた。
”縛”という意味を込めて、不意打ちを狙った彼に放つと、悲鳴こそ上げなかったが、ニレシアは驚いたように肩を竦めた。
「いい判断だよ。ところで、まだやるつもりなの?」
俺が肩越しに顔だけ向けると、地面を二度跳ねて後ろに飛び退く。
剣先の半分になった大剣を捨てて、魔法の効果範囲の外に出た彼は、動かなくなった手を反対の手で押さえる。
一度、魔法が射程範囲で刻まれれば、距離を取っても多少は継続する。
現にニレシアは手を伸ばしたまま、固定されていたが、少しずつ自由が戻って来ているようである。
ん〜、なんか違和感あるんだよな。
「なんか、俺の魔法の癖を知ってるような動きだよね? 俺の知り合い? ハリシェス村の人?」
あの魔法は強力だが、自分の視界が塞がれてしまう。
しかも、その後の不意打ちだ。
今思えば、まるで誘導されたように感じられる。
「答えてくれないなら、無理やり連れて帰るか」
一歩前に出ると、武器を失ったニレシアが一歩後ろに下がった。
彼の足元に魔素が集まり出すのが見える。
「逃さないよ」
虚狼を手放して、バルバトのナイフを取り出して投げると、彼の太ももに根元まで食い込んだ。
バランスを崩して前のめりになるが、別の人物が現れて、ニレシアを抱きとめた。
「そこまでで勘弁してくれないか? ロラーナの、守護者よ」
ヘイザス=ドラグーン。
まさか、主人の方から現れるとは。




