第四十四話 隠し扉と謎解き
「どうしたんですか、ラグルさん?」
腕の中にすっぽり収まったロラーナが、伏せていた顔を上げてそう言ってきた。
「なんか、本棚の後ろに何かあるみたいなんだよ」
「――はっ! それは俗に言う隠し扉! ベタですが、まさかこんなところでお会いできるなんて!」
さっきまで怯えていたロラーナは、俺の言葉を聞いて何故か元気になった。
あれだけ降りるのを嫌がっていた彼女がすっと床に降りて、本棚を見つめている。
「これは……順番に本を取り出すタイプでしょうか? いえ、正しい順番に並び替える……」
拳を握った手を顎に当てて、本を手に取って表紙を見始めた。
「ロラーナ?」
「しっ! これはミステリーですよ! 謎解きです。私に解けない謎なんてありません。見ていてください」
ミステリー? なんだそれ?
まぁ、そう言うんだからロラーナに任せてみようかな。
俺は後ろに下がって、せかせかと本を入れ替える姿を見守ることにした。
「…………」
動きが止まったと思ったら、ロラーナが勢いよく俺の方に振り向いた。
「ふむふむ……ラグルさん……分かりません! ふえ〜んっ! 助けてください!」
おいっ! さっきまでの勢いはどうしたよ。
たく。
「はいはい。それじゃぁロラーナは後ろに下がっててもらっていい?」
「あ、はい」
本を一つ一つ手に取って、黒い椅子の机の前に置いていく。
「あの、何を……」
「ん? 謎解き?」
「……なんで疑問系なんでしょうか……」
これでよし!
空になった本棚を眺めて、そっと手を伸ばす。
本棚と本棚の間に指を入れて――
「――ふんっ!」
と、力を込めれば。
「謎が解けた」
下に降りる階段が出てくるというわけだ。
「……認めません。そんなの――認めないですもんっ!」
「え! 突然怒り出してどうしたの!」
「ラグルさんは、ロマンを分かってなさ過ぎです! なんでも力で解決するのは禁止なんです!」
そう言われても、早く問題を解決して引っ越ししないとじゃん。
むつくれたロラーナのほっぺをつつくと、ぷしゅ~っと音を立てて空気が抜ける。
「やり直しです! こんなのミステリーじゃありません」
ロラーナがそっぽを向く。
――ミたな。
男の囁くような声がした。
「ひいいぃっ!」
思い出したかのように、ロラーナが俺に抱き着いてくる。
「早く抱っこしてください! 怖いです!」
その歳で抱っこはいかがなものかと思うが、彼女の守護者としてしっかり守らなくてはいけないだろう。
黙ってロラーナの足に手を回し、スカートが捲れないようにゆっくりと持ち上げた。
「下に行くんですよね?」
「もちろん。このゴーストをどうにかしないと、住めないだろ?」
「やっぱり違う家に――」
「――いや、ここがいい」
むしろ、最適だ。
敵が来ても周囲に迷惑をかけないし、それに他の家が障害物になってくれるおかげで、相手の動きが読みやすい。
ついでに、罠でも張れば完璧だ。
ロラーナを抱えたまま、本棚の後ろに隠された階段へと足を伸ばす。
「この隠し階段、空間を魔法で弄ってるな」
壁一枚を挟んで、隣の部屋がすぐそこにある。
それなのに、向かって正面に廊下が続いていて、下に降りる階段があるのだ。
「空間操作の魔法ですかね……?」
「多分な。これは俺もできないぞ」
「いや……普通の人にはできませんよ。宮廷魔法使いでも、せいぜい誤差範囲で空間を拡張することしかできないです」
宮廷魔法使いがなんだか知らないけど、ロラーナの口ぶりから、かなり凄いことが伝わってきた。
「虚狼……あ……」
ロラーナを虚狼に守ってもらおうとしていたけれど、リズアラとカエラを守るために置いてきたことを忘れていた。
引き返すべきか。
階段下の闇に目を向けて、そう考える。
「ロラーナはここで待ってて欲しい――」
言葉の途中でロラーナが見つめてくる。
その圧に負けて、俺の口が塞がってしまった。
「なら、せめて……俺の後ろに隠れていて欲しいんだが……」
空間をここまで操作できる存在がいるとなると、ロラーナを抱えたままなのは危険すぎる。
また、怖いと駄々を捏ねるかもしれないと、控え目に伝えると、「分かりました……」と、案外素直に俺の腕から降りた。
「明かりが欲しいな」
あいにく、俺の魔法は文字を刻んで、現象を起こす程度のもの。
もう一つあるけど、それはこういったことに向かない。
「――闇を払う光よ、炎よ。私の行く手に道を作れ。ラシジム」
人間の魔法というのは、どうにも効率が悪い。
ちょっとした文字を刻んで、魔力の流れを変えるだけで消失してしまう。
特に戦闘となれば、それが顕著だと思っていた。
ただ、こんなにも綺麗で儚い、魔法はあるだろうか。
指でつつけば壊れてしまいそうなくらいの、小さい火の光。
ゆらゆらと、松明の先端よりも優しく揺れている。
それは、ロラーナの心、そのものを現しているかのようだった。
「あざーっす。ロラーナ」
「どういたしまして。えっへん! ふふっ」
振り向いた時に見えた彼女の表情は、どんよりとした、この家の空気を変えてしまうくらい、綺麗だった。
ゆら、ゆらと影と光が交互に彼女の顔を映し出す。
いつもそうだ。
感情豊かで、怖いと怯えていたと思ったら、すぐに懐っこく笑いかけてくる。
って、なんで俺、こんなこと突然思ったのか。
もしかしたら、俺の方が本当はこの家に怯えていて、救いを求めていたのかもしれない。
それとも、彼女の作り出した魔法が見たことないくらい綺麗で、魅了されたのかもしれない。
「人間の魔法って、やっぱり不器用だな」
本当は褒めようとしたけど、口から出たのは意地悪だった。
なんとなく、そう言いたくなった。
「そうですか? でも、いろんな魔法があるから便利なんですよ。えへへっ」
「まぁ……そうだな」
後ろで笑うロラーナに声をかけて、俺はゆっくりと階段を降りて行く。
「ラグルさんのお役に立てて、嬉しいです」
なんだろう。
この、胸の辺りがざらつくような感じは……。




