第四十一話 城の中の異変
「ああ……これは」
レイラの部屋に到着するなり、俺は急いで扉の鍵を解除した。
ロラーナには一応見ないようにと、後ろに下がってもらったが、匂いで気づいたらしく、背後から嗚咽を漏らす声がした。
「昨日のまま」
となればさっき出会った二人は、いったい何者だったのだろうか。
「酷い匂い……です。ラグルさん、やっぱり中は?」
「ああ、昨日……俺とアリシャが見たままだった」
「それでは、朝出会ったお姉様は……」
「偽物、もしくは俺が戦った相手が偽物の可能性がある」
「――失礼致します」
俺とロラーナが向かい合って話をしていると、不意に背後から声をかけられた。
同じ顔が二つ。
ぱっと見ただけでは区別がつかないほど、似ていた。
「え? あ? ごめんって、君達は誰?」
「レイラ様のお部屋のお掃除です」
「通らせていただきます」
抑揚のない声まで一緒。
二人は四つの車輪のついた台車を、扉の前に持っていく。
一人が扉を開けようと、手を伸ばした。
「あっ! ちょっ――」
「――鍵が開いてますね。それと、何でしょうか?」
「いや、中が……」
「中がどうしたのでしょう?」
「あ……いや?」
二人は交互に話しかけてくるのだが、違いのない顔と声に頭の中がかき混ぜられるようだった。
「では、お部屋の掃除をさせていただきます」
「失礼致します」
一人が扉を開けて、もう一人は台車を部屋の中に押していく。
扉を開けていた方の女性が、頭を深く下げて消えていった。
「騒ぎになる前に、逃げよう」
「…………」
「ロラーナ?」
ロラーナに声をかけたが、扉の向こうに消えて行った二人をじっと見つめるだけである。
その瞼は大きく開かれていて、唇がわなわなと震えていた。
「……なんで?」
「どうしたんだ? 何か気になることでも?」
「あ……ラグルさん……あの二人――」
下唇を噛んだロラーナが、ためらい気味に次の言葉を口にした。
「――先月、何者かによって殺され……ました」
瞬間、俺は急いでレイラの部屋に手を伸ばす。
「――――っ!?」
嘘だろ……本当に何が起きていると言うんだ。
机に置かれた頭も、無残に腹の中を食われた死体もない。
それどころか――
「どこに消えた……?」
二人の女性の姿も、台車すらない。
「……ありえない」
まるで何かの腹の中に飲み込まれてしまったようで、俺の口から出た声もかすかに震えている。
「お城の中で、いったい何が起きているのでしょう……?」
ロラーナのその質問に何も答えることが、できなかった。
これまで起きた事件が全て、なかったことにされている。
魔力の残滓を探してみたけれど、痕跡は何も見つけられない。
ただ、この場にいることは嫌だった。
「いったん、帰ろう」
俺はロラーナにそう告げると、彼女の手を引いた。
汗ばんだ手、そして震える指先を強く握り締め、城を後にする。
門番は変わらず、姿勢よく入口を見張っていた。
外は変わらない、快晴で、でも背後の城に振り向けば、霞んだように見える。
◇
「つまり、ラグルもロラーナも、何者かに化かされたと言うわけか」
机にもたれかかったサリスが、そう言った。
「そう……なるな。サリスは何か知ってるか?」
「いや、知らないし、そんな魔法は聞いたことない」
俺のじっちゃんと同じくらい、生きているはずのサリスが知らないとなれば、打つ手はない。
「ラグル殿もマスターも、分からないとなると、幻術とかそういった魔法ではないと言うことですね」
騎士の鎧を纏ったアリシャは、背筋を真っ直ぐにして椅子に座っている。
「それは……厄介な相手ですね。ラグル様は他に違和感はありませんでしたか?」
ロラーナの横に立っている、リズアラの言葉に俺は首を横に振った。
「多分だけど、俺は魔法の扱いとか、戦いとかには強いと思う。ただ、こういった魔法に関する知識はみんなよりない」
ハリシェス村でじっちゃんに教えてもらったのは、扱い方だけで、実戦でなんとなく覚えたくらいだ。
「頭の中まで筋肉でできているからな、貴様は」
うるせー。こちとら、初めて村から出たからよ。
「まぁ、無駄に長生きして、サリスは役に立たなかったけどな」
「ほう……ラグル、やるか?」
「虚狼」
「やっぱり、やらない」
元の姿に戻った虚狼が、サリスに向かってニタリと目を細めた。
「これが……虚狼様」
リズアラは初めて見たんだっけ?
「……かっこいい――」
ボソリと呟いたリズアラの声が、虚狼に届いたのか、俺の握った手を弾き飛ばして、ぴょんぴょんと器用に跳ねてリズアラの元に向かう
「え? あ……ふふふっ」
虚狼がグニャリと曲がって、刃先の部分をリズアラに向かって突き出す。
一瞬戸惑ったリズアラだったが、手を伸ばして、刃のない部分を撫でていた。
「アイツ……たく。単純な奴だな」
「貴様の武器を使えば、城ごと消すことはできるんじゃないか?」
「ちょっ! サリスさん! それはダメですよ!?」
「ふん……なに、冗談だ」
本当か? なんかちょっとめんどくさくなってないか?
「攻めるにしても、守るにしても、人手が足りないな」
「それは同感だ、サリス」
「う〜む。しかも、リズアラの家は完全にバレていますからね」
俺とサリスとアリシャが、同時に唸る。
「その、私のせいでごめんなさい……」
そう言ったロラーナは、目を伏せる。
「私も申し訳ありません。カエラまで救っていただいたのに……え? あっ、きゃっ!」
リズアラもロラーナに合わせるように、謝罪の言葉を述べると、虚狼が頬を擦り寄せるようにリズアラにピッタリとくっついた。
「なに、ロラーナ、リズアラ。これくらいのことができなければ、小娘が王になった時、守ることなぞ、できぬ」
「マスターの言う通りです。騎士の私は、もっとたくさんの命を背負っておりました。ですので、ロラーナ姫も、リズアラ殿も気にする必要などありませぬ」
サリス、アリシャ、二人が自分の意思を告げた。
「まぁ、二人の言う通りだわ。てか、ロラーナってお金ある?」
「お、お金ですか? 多分……部屋からお小遣い持ってきてますが……」
「最悪だな、未来のフィアンセに金の無心か、ラグル」
「ラグル殿、見損ないましたぞ」
「ラグル様……これはさすがに」
しまいには虚狼までが、ジト目で俺を見てくる。
「違うわ! リズアラの家はバレてるだろ? しかも、家の周りに何もないし。かと言って、城に戻るのも危険だからな」
たく、人を何だと思ってやがる。
「つまり、拠点となる家が必要だと思うんだ。お前ら、家を買う金持ってるの? 村と違って、お金って必要なんだよな? なぁ? なぁ?」
「…………」
俺が全員に詰め寄っていくが、誰も目を合わせようとしなかった。
できる限り城から離れていて、人目につきにくいところがいい。
「おほんっ! まぁ、ラグルの考えは見抜いていたがな」
本当かサリス? お前が真っ先に文句を言ってきたんだぞ。
棺に詰めて、埋めてやろーか?
「まぁ、なら明日やることは決まったな」
サリスは逃げるようにそう言って、みんなはそれに賛同するように頷く。
「よし、なら、昼組の奴らは寝ろ」
サリスが俺達に促すようにそう言うと、もたれかかったテーブルから尻を離す。
「そうですね。夜は私とマスターに任せてください」
アリシャが椅子から立ち上がって、閉め切ったカーテンを少し開いて外に目を向けた。
「ふぁ〜……そうしますか。私も眠くなっちゃいました」
ロラーナが背伸びをして、口を大きく開く。
青い瞳からポロポロと数滴涙が溢れて、手で拭ってから立ち上がる。
「ロラーナは今日も私のベッドを使ってください」
リズアラにそう言われ、「いつもありがとう。みなさん、おやすみなさい」と言葉を残して二階に向かっていった。
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