第四十話 朝
「――アルファ、ベータ、ガンマ、デルタ、イプシロンにより――対象の破壊を確認……」
制御室のような部屋の中に、一人の女が椅子に座って、背もたれにもたれかかっている。
何かの識別コードのような言葉を羅列すると、耳から下げていたヘッドセットを、モニターの前にゆっくりと置いた。
「終わった……これで――世界は救われた」
目の下には黒い塗料を塗りたぐったような、隈ができていて、声は掠れてガサついている。
「これが、私の最後の仕事……」
そう小声で呟いて、モニターを操作し始めた。
「これで……よし。あーあー、マイクテスト、マイクテスト」
コンソールに置かれていたマイクを自分の方に引き寄せると、そこに向かって話しかける。
伸び切った爪の生えた指で、マイクスタンドを包むように握った。
「えっと……エデン第一研究所……名前は……それはいいや。残るのは、声しかないし」
女がぶつぶつと話し始める。
「単刀直入に言うと、人類は救われた。おめでとう――魔王と勇者は死んだ。いや――殺した」
静かに息を吐いて、スタンドを掴んだ手をゆっくりと解く。
前かがみになっていた体を起こし、もう一度、椅子に深く座り直すと、天井を仰ぐように顔を上に向ける。
「長かった……十年と三カ月。ようやく私達の悲願が達成された」
手の平を目に被せると、その隙間から涙が頬を伝った。
「はは……私の復讐の終わり。後は世界がどうなろうと知ったことじゃない……」
彼女の声は震えていて、今にも子供のように泣きじゃくりそうである。
すると、突然彼女が前のめりになった。
「勇者と魔王を殺した五体の――ドラゴン。彼らは英雄で、世界にとって最大の厄災になるでしょう」
さっきまで震えた声はどこにもなく、無機質で抑揚のない言葉を発する。
「彼らは勇者と魔王を殺す、永久機関。だけど、少しずつ――闇に染まる」
最後にもう一度、ごめんねと謝罪の言葉を述べた。
「そして、これから私は世界を救った英雄だと、世界からもてはやされるでしょう。マスコミに取材されて、テレビ出演して……動画配信なんてやってみたり。きっと、素晴らしい世界が……待っていると思う……」
話の内容と裏腹に、彼女の声は重たく沈んでいる。
女が黒ずんだ白衣のポケットから、銃を取り出した。
「怖いけど……仕方ないね。勇者や魔王よりもよっぽど危険なものを生み出しちゃったし。それに、復讐を果たせたなら……もう、この世界には用がないんだ」
スライドを後ろまで引き切って、手を離すとカチャっと無機質な音が部屋に響く。
「みんな、ありがとう。そして、さようなら。束の間の休息を楽しんでください。私は……世界を憎みます」
荒い呼吸。
「バルバト……元気でね」
口にくわえた銃口が、前歯に何度もぶつかって、カチカチと音を奏でた。
そして、彼女が息を止めたのだろう。
完全な無音の後に、刺すように弾ける音がして、彼女の頭が花開いた。
◇
レイラとの戦いから一夜明けた。
「ヘイザス兄様の従者が……お姉様を」
あの後、どうなったのかは仲間達全員に、説明してある。
ロラーナは泣かなかったが、唇を小さく噛んで涙を堪えているのが、はたから見てもすぐに分かる。
リズアラの部屋を借りて、夜を明かしたロラーナだったが、朝になって見ると、彼女の瞼は腫れ上がっていた。
横を歩く彼女をちらりと見ると、特に変わった様子はなく、いつもと変わらない。
しいて言えば、口を開くことすら重たそうに見えた。
「城に行けば分かるさ。あんな事件が起きたんだ。騎士達も何かしら動いているはず」
「そう……ですね。お姉様も従者の方も……」
そこからロラーナは無言になる。
そして、城の前に到着した俺達は中へと入った。
「ん〜、なんか、特に変わった様子はないな?」
「ええ……」
「とりあえず、レイラの部屋に――」
「気安く名前を呼ばないでくれるかしら〜。貧乏人が」
柔らかい声なのに、辛辣な言葉。
俺とロラーナが話をしていると、横の扉からレイラ=ドラグーンが、姿を見せた。
「お姉様! 生きて――」
「――ロラーナ、だめだっ!」
「朝から騒がしいですね〜。我が妹も、同じ血を引いていることが、恥ずかしい。嘆かわしい」
俺はロラーナを背中に隠すと、もう一人の男が扉から出てくる。
「カイン! 遅いじゃないのっ! 主人を先に行かせるとはどう言うつもり!?」
扉が小さく見えるくらい巨大な男が出てくるなり、レイラは罵声を浴びせ始めた。
大男は顔を全て覆う鋼鉄の兜を被っている。
指先まで隙間なく鎧で覆われていて、その指で自身の後頭部をかいてレイラに向かって何度も頭を下げていた。
「ラグルさん……」
「ああ、恐らくレイラの部屋で殺されていた――男だ」
男の被っていた兜は、昨日見たものと同じ。
だとすると、昨日……見たものはなんだ?
幻術?
いや、それは――ありえない。
魔法の痕跡も何もなかったのだ。
「あなた達も目障りだから、早く消えてくれるかしら〜? それと、ラグルと言ったかしらね? そんな雑巾みたいな服で、城の中を歩きまわらないでくれるかしらね?」
レイラが一言発するたびに、必ず毒を混ぜてくる。
容姿はロラーナに似ているが、中身は真逆であった。
「はいはい、ロラーナ行こう」
彼女の手を握って、昨日も歩いた廊下を歩く。
「わけが分からん」
扉が閉まると、俺はそう言った。
「私もです。実は、昨日見たお姉様が偽物だったとか?」
「どうだろう? アリシャなら、二人の血の匂いで本物かどうか分かるかもしれない」
「……それなら、夜まで待ちますか?」
「そうだな。でも、その前にこっそりレイラの部屋だけでも確認したいかも」
ロラーナにそう伝えると、彼女は頷く。
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