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第三十九話 現れた人物

 こびりついていた、人間の皮が剥がれて空を舞う。

 飲み込もうとしていたバルバトの鱗でできたナイフを吐き出して、足元で潰れていた死体を喰い始める。

 

「うへ〜……ベトベトじゃん。汚え」

 

 死体に気が取られているうちに、レイラから離れた場所に落ちていたナイフを拾う。

 喰われるかと思ったけれど、バルバトの鱗が硬すぎて諦めたようだ。

 

「アイツが気を取られているうちに、邪魔なアンデッドを倒しちゃいますか」

 

 体の奥底に意識を向けて、魔力を汲み上げるイメージをする。

 すっと軽く息を吐き出した。

 

 青い輝きが周囲に現れた。

 その揺らめきは松明の炎のように、優しく俺の視界を埋め尽くす。

 

 近くに寄ってきたアンデッドに向けて、”切断”の文字を刻みつける。

 男女の判別すらできないくらい、腐った頭が地面に落ちた。

 首元から流れ出る悪臭が鼻腔を強く刺激して、両目からわずかに涙が滲んだ。

 

 俺は糸が切れたように崩れ落ちた死体に歩み寄りながら、距離を測った。


「……この距離なら、一撃でいけるか」

 

 だいたい、歩幅で五歩くらいの距離。

 それより先に試しに同じ文字を刻んでみたけれど、薄っすら腐った皮膚が切れたくらいである。

 射程距離が俺の魔法の弱点でもある。

 

 もし、もっと遠くまで魔法が届けば、レイラがこんな姿になる前に止められたかもしれない。

 

 頭の中でぼやきながら、怪物に成り果てたレイラに目を向けるが、気にした様子もなく死体を食い漁っていた。

 

「てか、なんだ?」

 

 僅かな違和感。

 骨だらけの体が少しずつ肉が生えてきているような……

 

「げっ――!」

 

 これ以上めんどくさいのは、勘弁してくれ。

 アンデッド達を早く始末しないと、やばいことになりそうだ。

 

 闇の中で揺らめくそいつらに再び目を向けると、地を蹴った。

 アンデッドの厄介なところは、頭を潰さないと動き続けると言うことだろう。

 

 それでも、ハリシェス村を覆う森のアンデッドに比べればマシ。

 あいつらは知性もあるし、その辺で拾った武器も普通に扱っていたからな。

 

 とは言え、この状況では邪魔だ。

 

「――これで、終わりか?」

 

 ぐるっと顔を動かして見回せば、立っているアンデッドの姿はない。

 レイラに目を向けた。

 骨だらけの体に、新しい肉が出来上がっていて、所々、穴の開いた羽は綺麗な竜の翼に戻っていた。

 

 体を支える両手両足の指先からは、ドラゴンの爪が伸びていて、無駄に長い手と足、そして捻れて伸びた首。

 不格好なそいつは、俺の知っているドラゴンとはかけ離れている。

 

「お前も、喰い終わったみたいだな。ちょうどよかった」

 

 人間の脂でテカったナイフを、目の高さに構える。

 

「ギチ……ギチギチギチッ!」

 

 虫のような声だった。

 でも、春先に見かける虫で、こんなに酷い声は聞いたことがない。

 四つに裂けた口が、声に合わせて震えて、血の混ざった唾液をまき散らす。

 

 ――どうしたらいい。

 

 殺すことはできるが、生け捕りにするにはどうするべきだ。

 

 蜘蛛のように長い手足を、切断するか?

 

 俺は骨とわずかばかりの肉でできた体をじっと見つめた、が特に手立てが思いつかない。

 呼吸をするように口元が、開いたり閉じたりを繰り返している。

 目を失った二つの窪みを俺に向けたが、襲ってくる気配はない。

 

「アルキラ……」

 

 すると、奴はまたロラーナの持っている石の名前を呼んだ。

 

 それしか気にしていないのか、首を高く上げてロラーナの存在を探しているようだった。

 

 どこにもいないことを悟ったのだろう、羽がゆっくりと羽ばたきだす。

 

「まずい――」

 

 奴が人の多いところに行けば、どうなるか分からない。

 ここで食い止める必要がある。

 

 弓を引き絞るようにじわじわと足に力を込めていく――

 

「――ギ?」

 

 俺はレイラに向かって一直線に地を駆けた。

 すれ違いざまに羽に向かってナイフを振り抜く。

 綺麗に切断された羽が、ゆっくりと地面に落ちて、浮かび上がった体が斜めに傾く。

 

 切断された部分からは、血も何も出ない。

 代わりにアンデッド達にも負けないくらいの悪臭だけが、鼻の奥に残留する。

 

「もう片方も」

 

 即座に体を反転させて、もう片方も切り取ろうとしたが。

 

「――――!」

 

 黒い糸が俺の腕に絡みつく。

 一本、一本に魔法で言葉を刻むと、絡みついた糸は簡単に千切れる。

 

 レイラの腹を蹴って、宙に飛び上がった。

 落下する勢いに任せて再びナイフを振るう。

 

「これで、すぐには飛べないだろ」

 

 羽を失ったレイラの体が地面に落ちた。

 

「……邪魔……する、ナ」

 

 ひしゃげた声が耳に届いた瞬間、尻から伸びた骨だけの尻尾が俺に向かってくる。

 宙返りをしてそれを避けたが、空中から見えた地面には緑と灰色が混ざったような霧が立ち込めていた。

 

 霧が裂け、先端の尖った支柱のような物が突き出してくる。

 

 空中に壁の文字を刻み、それを足場に力の限り踏み込む。

 

 ブンッ、と鈍い音が鼓膜を揺らした。

 

「――掠めたか」

 

 体を捩って避けたつもりだったが、微かに触れた箇所がじんわり熱い。


「治すほどじゃない。一気に詰めるぞ」

 

 俺の視界にはレイラの背中が見えている。

 尻尾を力の限り振るったせいで、奴はまだ次の動作に移れていない。

 

 ナイフを持つ手を強く握る。

 

「――鬱陶しい。それは、もう何回も見たから」

 

 空中に描かれた丸い円から、糸が真っ直ぐに俺に伸びてくる。

 焦点を糸に合わせて、その糸を目がけてバルバトのナイフを振るう。

 

 切られた糸がはらりと落ちていく。

 

「少しだけ、止まっててくれないか?」

 

 背中に飛び乗ると、四方を囲むように再び円が現れる。

 

「悪い――なっ!」

 

 糸が届くより早く足を強く踏み下ろす。

 

「ギチギチギチギチギチギチ」

 

 レイラの背骨は中心から砕け、肉のない肋が地面に押し付けられると内側に折れ曲がる。

 立っていることのできなくなったそいつは、そのまま倒れた。

 

 糸の動きが止まらない。

 

 ナイフを横に一閃。

 

 反対から俺に向かってきた糸を、背中を反らせて避ける。

 そのまま俺は地面に着地すると、空中に炎の文字を刻んだ。

 

 空気が熱くなる。

 息を吸えば焼けてしまいそうな、熱が文字から発せられると、炎が龍のように現れて糸の全てを飲み込んでいく。

 

 周囲が赤く照らされて、その炎が消えた時にはレイラの魔法の糸は跡形もなく消えていた。

 

「これで、しばらくはコイツも動けないだろう」

 

 レイラの正面にゆっくりと歩み寄る。

 すると首がグニャリと曲がって、頭が反転した顔が俺に向いた。

 

 そいつの口が花びらのように開く。

 

 肌がひりつく。

 

 魔力が急速に集まっていくのがわかる。

 

 ドラゴンブレス――

 

「――バルバトの足元にも及ばないよ」

 

 閃光が放たれた、が俺はナイフを持った手の甲で叩きつけた。

 

 弧を描いた光の筋が空に向かって飛んでいく。

 

「そもそもさ。殺そうとすれば、これくらい簡単なんだよね。バルバトにもサリスにも、君は届いていないんだ」

 

 殺さないように抑えて戦う方が、難しい。

 

「できればおとなしくしててくれない? それとも頭を切り離せば、少しはおとなしくなるかな?」


 俺の言葉はまったく耳に入らないようで、また口が大きく開き始める。


「こりないね――」

 

 視界の中で影が揺れた。

 

 黒いマントに真っ白な仮面。

 人よりも大きい剣を肩に担いで、反対の手にはレイラの頭を持っている。

 

「お前は……ヘイザスの」

 

 ――従者。

 何も言わずに俺をじっと見つめてくる。


「キィ、キィ……」

 

 首を切断されたのに、レイラの口からは今も虫の金切り声がしていた。

 ヘイザスの従者は大剣の剣先を、俺に向けてくる。

 

 相当な重量があるのか、そいつの足元がわずかに地面に沈んでいた。

 

「敵か?」

 

 そう呟いた瞬間、そいつは俺の背後に立っていた。

 速い――

 

 ナイフを大剣の刃に沿わせるようにして、いなすように防ぐ。

 

「やるってなら……って、おいっ!?」

 

 俺が攻撃に転じようとするが、そいつは大きく後ろに飛んだと思うと、闇に溶けて消えた。

 

「なんだったんだ? てか、あの大剣、どこかで見たことあるんだよな……」

 

 仮面の男が最後に立っていた方に目を向けるが、二度現れることはない。

 あれだけうるさかった墓場が、今は死者が眠る聖地に戻っていた。

いつもお手に取っていただきありがとうございます!


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