第三十七話 怪物の体
被験体第一号
性別:男性
症状:変異
命名:魔族
被験体第二号
性別:女性
症状:変異
命名:エルフ
被験体第三号
性別:男性
症状:変異
命名:ヴァンパイア
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被験体第九九九号
性別:不明
症状:不明
命名:魔王
抗体者の確認。
人類の希望と称し『勇者』と命名する。
血清の製造開始。
これまでの、実験を凍結。
血清の全人類投与の開始。
副作用――
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…………。
全人類の救済を確認。第一フェーズの完了。
第二フェーズに移行します。
”突然”変異体の殲滅作戦の実行。
生物兵器――ドラゴンの投入。
人類に幸あれ――
◇
「ここは……墓? アリシャ、本当にここであってるのか?」
「ええ、そのはずですが……」
「……お姉様はどこに?」
アリシャに案内されたのは、死者が眠る世界だった。
闇の中に佇む墓石は、眠りを邪魔するなと言ってきているようである。
音はない、風もない、雲の切れ間から現れた月光だけが、俺達を照らしていた。
「おかしい、ですね? 確かに……匂いはここから――」
アリシャが足を前に出す。
「――アリシャ」
彼女の名前を呼ぶと、顔だけをこっちに向けて頷きを返してきた。
アリシャが墓場に足を踏み入れた瞬間、なにかの領域が広がったように肌を撫でた。
見られている。
ただ、まだ姿は見えない。
どこだ?
「ロラーナ――!」
彼女の名前を叫びながら、反射的に手を伸ばした。
魔力の細い糸がロラーナの首筋に伸びる。
それを強引に手で掴み取って、引きちぎった。
「ラグルさん?」
ロラーナは気づいていない。
「今のは……レイラ様」
アリシャには見覚えがあるようだ。
黒い魔力の糸が俺の手で溶けて消える。
――ザッ……ザッ……
土を踏む足音。
闇がカーテンのように揺れた。
月光の届かない、木々の向こうから現れたのは白いドレスを赤く塗りたぐった、レイラ=ドラグーンだった。
ロラーナと同じ青い瞳は、灰色に濁り生気を感じられない。
「そんな……お姉様……なんで」
レイラの元に向かおうとするロラーナの肩を掴む。
彼女の震えが指先から伝わってくる。
「ロ……ラーナ」
ガサついた声だった。
ヒビの入った唇がわずかに開いて、ロラーナの名前を呼ぶ。
「だめだ、ロラーナ」
後ろから俺が名前を呼ぶと、肩がわずかに跳ねた。
堪えるように手を前で握る彼女の前に立って、ロラーナを背中に隠す。
「ア……アル、、アルキぃ……ラ……」
すると、レイラが震える声で何か言葉を話し始めた。
上手く言葉を発することができないのか、何度も同じ単語を繰り返そうとしている。
そして、ようやくまともに口が開いた。
「アル……キラ――ちょうだぃいイイッ!」
悲鳴のような甲高い絶叫は、怪物の咆哮のように鼓膜を大きく震わせる。
「ラグルさん、ここは私が――」
アリシャが剣を抜いた。
一陣の風が吹いて、顎あたりまで伸びた髪の毛が揺れる。
そこから見えたアリシャの横顔は、血に飢えた怪物となっていた。
「ロラーナ姫を――お願いします!」
声だけは人間のままだったが、アリシャが地面を踏むたびに、その場所が陥没したようにへこむ。
その勢いのまま、彼女は剣を振り下ろしたはずだった。
「――なっ!」
まるで糸人形のように、手と体に魔力で作られた糸が絡まっている。
「なんで体が……」
アリシャにはその糸が見えていないようで、困惑したような声を上げている。
「アルキラ……欲しい」
レイラが手を前に伸ばして、五本の指を交互に繰り返し動かす。
最初に左腕、次に右足、アリシャの体が次々に切断されていく。
「――アリシャさん!」
ロラーナが叫んだ瞬間、アリシャの体が分断され、そのままゴミを捨てるかのように、そこかしこにばらまかれた。
「もう少し下がって……」
俺がロラーナにそう言うと、バルバトのナイフを取り出した。
「虚狼、何があってもロラーナを守れ。ただし、目の前のレイラ……敵は殺しちゃだめだ」
ナイフを顔の高さにかまえて、レイラを見やる――
「――あ……あァ、、アアアッ!」
喉が張り裂けてしまいそうな絶叫は、レイラではなくアリシャからだった。
体が再生した彼女は、異形の人間だった。
いや、ヴァンパイアとしての本来の姿なのかもしれない。
大きく裂けた口からは、長細い舌が口からはみ出していて、赤い瞳には黒目が無くなっている。
まるで熟れたトマトのようで、眼球そのものが目の窪みからはみ出ていた。
鎧を着ているからアリシャと辛うじて分かるが、いつも横に携えている剣はなく、代わりに五本の指がナイフのように鋭い。
アリシャは、レイラに真っ直ぐに向かう。
「ろ……ラーナ……アル……キラ……」
怪物同士の戦いは、酷いものだった。
ヴァンパイアである彼女の指が触れれば、レイラの肉が抉れ、ドレスが破ける。
露わになったレイラの体は、細くて引き締まって美しい……はずだった。
腹が裂けそうなくらいに膨れ上がった腹は、城で起きた惨劇を――彷彿とさせる。
その腹を目がけてアリシャが手を伸ばすが、黒い糸によって受け止められた。
瞬間、アリシャは腕を捨てるように反対の手で、根元から切断した。
「血、血、血だぁ――」
腹にかぶりついたアリシャは、レイラの腹に牙を立てる。
余程腹がすいていたのだろう。
血を吸われたレイラの体が、枯れ草のようにしおれていく。
「おいシい」
そう一言呟いて、二人は地面に倒れこむ。
それでもアリシャは彼女の腹に、食らいついたままだった。
「アリシャ……さん……」
ロラーナの、弱々しい声が俺の耳に届く。
「私のせいで……そん、な」
耳に届く声は、どれも震えている。
「それは違う」
俺は前を向いたまま、言葉だけを投げた。
「アリシャが望んで、ヴァンパイアになったんだよ。まぁ……ロラーナの命令は頭から抜けているようだけどさ」
どれくらい彼女に、この声は届いたのだろうか。
聞こえてくるのは、ロラーナの荒い息遣いと血を啜る水気を帯びた音だけだった。
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