第三十六話 殺人事件
「おかしいですね……いつもなら、扉の前に騎士か従者の方がいるのですが」
「従者って、あのデッカイ人?」
「そうです。ものすご〜く真面目で、力持ちで、お姉様のことが大好きな人なんですよ」
サリスに一瞬で倒されていたけど、王族であるレイラに選ばれたんだから、かなりの実力者に違いない。
ロラーナが扉に近づいて、軽くノックをする。
「レイラお姉様、いらっしゃいますか……」
ロラーナの声が、廊下に響く。
中からは物音一つしない。
「やっぱり……いないみたいですね」
「部屋の中を見なくていいのか?」
「家族でも勝手に入るのはさすがに、それに鍵がかかってますから」
「そうか――」
鍵なんて、ちょいちょいっと。
「この匂い……」
アリシャが何かを呟いて、ロラーナが慌てて俺を止めようとしてきた。
「あっ! ラグルさん!?」
ロラーナが手を伸ばしてきた時には、魔法で鍵を解除して、俺は部屋の扉を開いていた――
――隙間から漏れた空気は、初めてロラーナを見つけた時のような、甘ったるくて肺が拒む匂い。
中に入るのを躊躇したくなるくらい、人間の匂いが悪臭になりかけていた。
灯りは消えていて、代わりに破れたカーテンの隙間から月の光が筋状に伸びていた。
それが、ちょうど入口の正面にあるテーブルに向かって伸びていて、その上に乗っかった物を大切そうに照らしていた。
「きつかったら、目を瞑っていてくれ」
ロラーナに声をかける。
「ごめん……なさい……」
「ここは俺達に任せろ。虚狼、本来の姿に戻っていいから、ロラーナを絶対に守れ」
城に入る前に、いったん預かっていた虚狼を再び取り出す。
黒いオーラが解き放たれて、廊下の光源石の光が消える。
「これが……ラグル殿の……あ、ああ……」
ヴァンパイアと化したアリシャには、虚狼から放たれた深淵の闇は怪物に見えているのかもしれない。
「大丈夫だ。アリシャ」
アリシャは頷きはしたが、まだ指先が震えている。
そうしている内に、廊下の灯りが元に戻った。
「じゃ、よろしく」
と、虚狼に言うと、大きな瞳が瞬きを数回繰り返す。
「俺達は、中を調べよう」
アリシャと部屋の中に入った。
「はぁ〜……怖かった……」
いつも凛々しい表情をしていたアリシャだが、珍しく普通の女性のような表情をする。
眉尻が下がり、肩の筋が丸まっていた。
「そんなに怯えないでやってくれ。ああ見えて、寂しがりなんだよ」
「寂しがり……ですか」
それ以上の言葉は、アリシャには見つからない様だった。
感覚が鋭くなった、アリシャにとっては仕方ないのかもしれない。
いや、むしろロラーナがおかしいのか。
そんなことより、部屋の中を調べないと。
俺は顔をテーブルに向けて、ゆっくりと近寄った。
「酷いもんだ。せめて兜くらい取ってやれよな」
机の上にあったものに、視線を落とす。
「てか、なんで頭には傷一つないんだ?」
「――好みじゃなかったんだと思います」
気配なく横に現れたアリシャに、肩が跳ねた。
「うわっ! 驚いた! てか、好みって?」
「私なら頭も残さず食べてしまいたいんですが、レイラ様の従者を襲ったやからは、腸が好みのようですよ」
部屋の隅の方に、アリシャが視線を向ける。
俺もそれにつられて顔を向けると、ゴミのように投げ捨てられた、この頭の持ち主のものと思われる胴体が落ちていた。
俺がその体の方に向かおうとすると、コウモリの甲高い声が聞こえる。
それが俺の体の横を通り過ぎて、死体の前で止まると、アリシャの姿になった。
すっと足を曲げて、腹の中をアリシャが覗く。
「中身は……空っぽです」
「うへぇ〜、アリシャよく触れるね」
「私にとっては食べ物みたいなものなので」
「食べないでよ?」
「ラグル殿は、誰が食べたか分からない、ご飯を食べますか?」
それは、確かに嫌だ。
「そういうことです。でも……ちょっともったいないかな――」
「――うわっ! アリシャ! 口がっ!?」
「はっ! これは失礼しました。少しお腹が空いてしまいまして……」
さすが……ヴァンパイア。
確か、レイラも一度食べたとか言ってたもんな。
「レイラ様はどこにいるか分かりませんが、従者を殺した犯人の場所は分かるかもしれません」
「どうやって?」
「ラグル殿……私はヴァンパイアなんですよ? 血の匂いに敏感なんです。それに、今の私はまともに食べてないから血に飢えています。食べ残しでもいいやと、思うくらいに――」
そう言ったアリシャの赤い眼が、闇の中で揺れた。
「もう少し探して、犯人探しに行きましょう。私にとって長居するのは、辛いです」
「……そうだな」
アリシャと初めて出会ったのは、ポタポタ村だった。
そのころの彼女は皆が想像するような、騎士そのもの。
それが、この数日でここまで変わってしまった。
それでもロラーナに対して、忠誠を誓っているのだから、味方なんだが……
少しだけ――敵か味方か、分からなくなりそうだった。
◇
「ロラーナ、お待たせ」
部屋から出ると、ロラーナは壁に背中を預けて俯いたままだった。
その近くで虚狼が周囲を警戒するように、彼女の周りをうろついている。
「虚狼も助かった。戻っていいよ」
は? さっさと縮め。なに、嫌そうな顔をしてるんだよ。
俺よりデカいからって、見下ろしてんなよ?
目玉潰すぞ。
と、虚狼と睨み合いの末、渋々小さい斧に戻る。
「ったく……反抗期かよ」
「ラグル殿と、虚狼殿は仲がいいんですね」
「そうか? 主人に反抗するからいつも困ってるよ」
虚狼を腰にしまいながら、まだ顔が青いロラーナに目を向けた。
「大丈夫そうか?」
「はぅ……気持ち悪いです」
「まぁ、仕方ない」
「ラグルさんは……どうして平気なんですか?」
ハリシェス村で狩りもしてるし、仲間の酷い怪我だったり、獣に食われた死体だったり、しょっちゅう見てたからな。
「野生で鍛えられたから、かな?」
「うぅ〜……私には無理です……」
「ロラーナ姫は、慣れなくていいんですよ」
アリシャは柔らかい口調で、ロラーナを慰める。
「ご迷惑をおかけしました……」
「気にする必要ないよ」
「……はい。ところで、中で亡くなられていた方は……」
「さっき話してた、レイラの従者で間違いないと思う」
「――お姉様は!?」
「落ち着いてください。中にあった死体は従者だけでした。中を調べましたが、レイラ様はどこにもいませんでした」
アリシャの言葉を聞いたロラーナの肩が沈む。
「良かった……いえ、人が亡くなっているのに、こんなこと思っちゃだめなんですが……お姉様が無事な可能性があるなら、少し安心しちゃいました」
「家族が一番だいじなんだから、仕方ないだろ。従者は立派に務めを果たしたんだ。ちゃんと弔ってやってくれ」
「それは……もちろんです」
後は、レイラの居場所だ。
「アリシャ、犯人の居場所は分かりそうか?」
恐らく、犯人に捕まっているか、レイラ自身が――
「――ええ、微かにですが……従者の血の匂いが、します」




