第三十四話 殺すことは禁止です
「カエラちゃん、寝ました」
声がした方向へ顔を向けると、ロラーナとリズアラが階段を降りてくる姿が見えた。
「それなら、これからについて話そう」
サリスとアリシャがコウモリから人の姿へと変わる。
「なぁ、ラグル。その前に一つ聞いていいか?」
「サリス、どうした? そんな怖い顔をして」
「……なぜ、我はアリシャと寝ていた?」
「なんだ? 嫌だったのか?」
「私はマスターと一緒でも平気ですよ?」
俺に近寄ってきたサリスに、アリシャがぴったり肩を寄せる。
「そういうことではない――!」
「――ラグル様、ゴミ箱から拾ってからアリシャ様の横に寝かせてましたよね」
「――ゴミ箱だと!?」
「リズアラ! しっ!」
と、寝起きからサリスがやかましく騒いでいるせいで中々本題に入ることができない。
「よし! サリスが寝る時は、これからはアリシャの隣にしよう。丸まって身を寄せる仲だしな」
「お前――」
「――それで、だ。アリシャ、昨日なにがあった?」
強引に話を進める俺に向かって、サリスが鋭い視線を向けてきたが、そっちは見ないようにして、アリシャだけに視線を送る。
「レイラ=ドラグーン様が現れました。そして、そのまま姿を——消しました」
「お姉様が!?」
「なんだ、話してなかったのか?」
「カエラがいたから、あまりそう言う話はしなかったんだよ。アリシャ、続けて」
俺はアリシャに続きを促すと、昨日の出来事について説明してくれた。
ロラーナもリズアラも、静かにその話に耳を傾けている。
「そんな……お姉様が」
「まぁ、アリシャの初めての食事が、食あたりと」
「お恥ずかしい……話です」
サリスに小馬鹿にされたように言われて、アリシャの顔が落ち込んでしまう。
お前の久しぶりの食事は、オカマだったけどな。
と、言いたかったが、話が拗れるから黙っておくことにする。
てか、最近は不死身が流行っているのだろうか。
「サリスは見たんだろ? 何だと思う?」
「さぁな? ただ体は間違いなくあのヒステリックな女のものだった」
「ちなみに、なんでサリスが戦わなかったんだ?」
サリスが相手をしていれば、状況が変わっていたかもしれない。
俺はサリスに疑問をぶつけた。
「我が戦えば、ロラーナの姉を殺すことになるぞ」
「なるほど……」
サリスはロラーナを真っ直ぐ見ながら、そう言い放つ。
椅子に座っているロラーナは気まずそうに、視線を下に向けていた。
「殺すことになっても、殺さない。我やラグルにとって、最大の足枷ではある」
ロラーナの言ったことを守るとなると、へたに虚狼も使えない。
「まぁ、その点、アリシャならヴァンパイアになって不慣れな戦いだ。殺し切ることはない、と判断したまでだ」
サリスはロラーナから目を離さない。
後ろに立っていたリズアラが、守るように前に行こうとするが、彼女はそれを手で止める。
「ええ……確かに私は兄弟を殺さないと言いました」
「仮に、我らが死んでもか?」
「――それも許しません。殺すことも、死ぬことも」
「私は、ロラーナ姫のためなら、命を捧げるつもりです」
「――なりません」
ロラーナはアリシャを見てはっきりと言う。
「これは、私からの命令です。兄弟を殺すことも、あなた達の誰一人欠けることなく、私を――王にしてください」
彼女の瞳は揺るがない。
「サリス=シルヴィルイス――赤月の悪夢、真祖にして、吸血鬼の王」
彼女がサリスの名を呼ぶ。
「アリシャ=グルーガ――ヴァンパイアにして、私の騎士」
アリシャは名前を呼ばれて、その場に跪く。
「リズアラ=エイス――私の従者、そして親友」
リズアラはアリシャの横に並ぶようにして、膝をついた。
「リズアラは、カエラと私のどちらかを選ぶ時がきたら、カエラを選んでね」
「しかし……」
「これは命令です」
「うっ……はっ! ロラーナ……ロラーナ姫の命に従います」
リズアラの言葉に、ロラーナが優しく微笑みかける。
そして、ロラーナが俺を真っ直ぐに見据えた。
「ラグルさん……あなたは、本当にいいんですか?」
「今さらだよ」
「そうですね……」
ロラーナは覚悟を決めたように、唾を飲み込んで半分だけ閉じた瞼を開いた。
深く息を吸って、口からゆっくりと吐き出す。
自身の呼吸を整えてから、ロラーナの唇がかすかに震える。
「ラグル――人間と魔族の血を受け継ぎし者。そして――私の婚約者」
ん? 今、なんて言った?
こんにゃくしゃ?
「ちょ、ロラーナ! それはじっちゃんが勝手に――」
「確認したじゃないですか! そしたら『今さらだ』なんて言ってましたし!」
「なんだ? ラグルはロラーナと結婚するのか?」
「いや、それはじっちゃん……コーランドが勝手に決めて」
「コーランドが! はははっ! アイツがか! それは面白い! いいぜっ、せっかくだ。我もコーランドに協力してやろう」
一番に反応したのはサリスで、他の二人は目を大きく見開いて俺を見ていた。
「嫌、ですか?」
「嫌とかではないんだけどさ。逆にロラーナはいいの?」
「自分が答えないで、質問をするのは卑怯だぞ。ラグル」
うっ、なんも言えねー。
「嫌じゃないよ。でも、そう言うのは、ロラーナが王になってから、ちゃんと決めよう?」
「それなら話が早いではないか。ロラーナの命を守り、さっさと王にするぞ」
サリスが困った俺に向けて、いやらしい笑みを浮かべてくる。
あれか? さっきのこと、根に持ってないか?
「分かりました……それまでは、保留と言うことにしましょう」
サリスからロラーナに目を向けると、瞳の奥がわずかに揺らいだように見えた。
心なしか、声もさっきまでより低い。
「おほんっ! と言うことで、不甲斐ない私ですが、王にしてくださいね」
強引に話を終わらせたロラーナ。
今は、一瞬だけ見せた揺らぎはない。
なぜか胸が痛むような感じがして、自然と胸を擦るが、それは消えることはなかった。
「ロラーナ、一つだけ聞きたい」
「なんでしょう。サリスさん」
「殺さないのは、貴様の親族だけでいいのか?」
サリスの問いかけに、ロラーナの瞳から感情の色が消えた気がした。
ただ、一言。
「……はい」
その言葉は、部屋の中に雫のように落ちて広がった。




