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第三十二話 リズアラの笑顔

「俺……寝てたのか? って、ロラーナ?」

 

 まだぼやける視線の先には、目を閉じたロラーナの顔がすぐ側にあった。

 彼女の吐息を感じる距離に、少し心臓がドキッとしたが。

 

「――よだれっ!」

 

 垂れてくる瞬間に、慌てて彼女の膝から飛び起きる。

 

「あぶねー……てか、ロラーナずっとあの体勢でいてくれたのか?」


 背もたれも何もなく、膝をたたんだまま座ったロラーナをカーテンの隙間から差し込んだ光が照らしていた。

 

「虚狼、襲撃はなかったのか?」

 

 机に置かれた虚狼に問いかけるが、ぐるっと寝返りをうつように動いて返事をしなかった。

 斧の癖に寝てんじゃねーよ。

 

 乱暴に手にとって、腰のベルトに虚狼をくくり付ける。

 

「おはようございます。ラグル様」

「おおう! びっくりした! リズアラか……おはよう」

 

 いつの間にか、リズアラが背後に立っていた。

 驚いて肩が飛び上がり、勢いよく振り向いて挨拶をすると、使用人の服を纏った彼女がゆっくりと頭を下げる。

 

「ラグル様、サリス様とアリシャ様をお渡し致します」

 

 リズアラの両手には、いびきを立てて眠る二つのコウモリの姿があった。

 

「あ〜、黒いのは捨てといて」


 冗談でそう言うと。

 

「かしこまりました」

 

 リズアラがサリスをゴミ箱に投げ入れる。

 

「あ……ありがとう」

「昨日はゆっくりおやすみできましたか?」

「お陰様で。ところで、襲撃は特に何もなかったのか?」

「ありました」

「マジ!?」

 

 でも、全員が無事ということは、サリスとアリシャがなんとかしてくれたのだろう。

 

「レイラ=ドラグーン様が、お見えになり、アリシャ様が対応なさってくれました」

 

 レイラ=ドラグーン?

 誰だっけ?

 

「ロラーナ姫の、姉君です。ラグル様」

 

 俺の心を読んだ、だと!?

 

「まぁ、なんだ。つまり、今回の犯人はロラーナの姉が犯人ってことになるのか?」

 

「分かりませぬ。アリシャ様いわく、ロラーナ姫の名前を叫んだと思ったら、溶けて消えてしまわれたとのこと」

 

 つまり、カエラの呪いの犯人が確定できたわけじゃないということだろう。

 

「とりあえず、ロラーナをちゃんとしたところで寝かしてやりたいんだが」

 

「それでしたら、私の部屋をお使いください」

 

 口元がよだれまみれのロラーナを抱きかかえ、リズアラと二階へ上がる。

 

「これで、よし。なぁ、カエラの様子を見てもいいか?」

「もちろんでございます」

 

 隣の部屋で寝ているカエラの元に向かう。

 静かな寝息を立てる少女の手を握って、意識を彼女の中に向けた。

 

「……良かった。カエラはもう大丈夫だよ――」

 

 振り向いた瞬間、リズアラがその場にしゃがみ込む。

 膝をついて、頭を床に擦りつけながら、体を震わせていた。

 

「リズアラ? 突然どうしたの?」

 

 すすり泣く声。

 

「カエラ、カエラ=エイスを救ってくださり……ありがとう……ございます」

「どういたしまして。てか、顔を上げてよ」

「できませぬっ!」

 

 困った。こういうの苦手なんだよね。

 

「ロラーナ姫の選んだ守護者、そして、私の唯一の肉親の妹を救ってくださったのに……あなた様に顔向けできませぬ」

 

「いやいや、たいしたことしてないよ。だからね」


 俺はできる限り落ち着いた声で、話しかけるが彼女は顔を上げることはない。

 

「困ったな〜……なぁ、リズアラはロラーナがどうして王になりたいか知ってるか?」

「……いえ」

「なんかさ、みんなが苦しまないようにしたいんだってさ」

 

 サリスに言ったロラーナの言葉を思い出しながら、伝えていく。

 

「それに、みんなが笑顔で暮らせる世界にしたいんだってさ。うちの王様は」

 

 そう伝えると、リズアラの肩の強張りが少しほどけたように見えた。

 俺は言葉を止めずに、声をかけることにする。

 

「つまり、さ。俺はそんな彼女を王にするって、約束したわけだよ。だから、頭を下げて泣いているより、顔を上げて――笑ってくれないか? 未来の王様からの命令だよ」

 

 全て言い終えると、リズアラは堪えきれなくなったのか嗚咽が漏れる。

 俺がそっと肩に手を乗せると、彼女の手が手首辺りに触れてくる。

 

 涙を拭ったのか、強く握り締めたせいなのか、湿り気を帯びた手の平が触れると、初めてリズアラ=エイスという女性の心に触れることができた気がした。

 

 乗せられた手の甲を反対の手で包むと、リズアラがゆっくりと顔を向けてくる。

 

 切れ長の瞳は強く閉じられていた。

 鼻の頭も赤い。

 

 大人びていて、整った彼女の顔が涙と鼻水で台無しだった。

 でも、それでも、彼女のいろいろな思いが伝わってきて、自然と自分の口元が緩む。

 

 リズアラも不格好な笑みを浮かべてきた。

 

「――いい笑顔だな」

「ありが……とう……ございま、す」

 

 これが落ち着いたら、しっかり話をしようと思う。

 俺も俺で、大人気なくあんなにボロボロにしちゃったんだから。

 

 一旦、リズアラを下に連れて行こうか。

 立ち上がろうと足に力を込めた時だった。

 

「びえーーーんっ!」

「はっ!? え!? 今の……」

「びえーんっッ! うわーんっ!」

「嘘!? リズアラ!?」

 

 耐えきれなくなったのは、分かった。

 でも、幼児退行しすぎじゃない?

 君はクールなお姉さんキャラだったんじゃ、ないのだろうか。

 

 ここ最近で、一番びっくりしたかも。

 

 リズアラらしくない声で、泣きわめいて俺の胸に顔を埋めてくる。

 

「お姉……ちゃん?」

「あ、カエラ……」

「ラグルお兄ちゃんが、泣かせたの?」

「いや、違わないけど、違うんだ! ちょっ、カエラも、ほら、泣かないで」

「うわーん!」

「びえーん!」

 

 姉にしろ、妹にしろ、前と後ろから挟まれて泣かれると、鼓膜が破けそうである。

 エイス家の朝は騒がしく、だけどこんなにうるさいのに、ロラーナにしろサリスにしろ、誰も起きてきやしない。

 

「頼む……誰か助けてくれないか?」

 

 俺の呟きは、彼女達の泣きわめく声でかき消されてしまった。

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