第三十一話 血と肉の争い
「――はあっ!」
気合の声と共に踏み込んだアリシャの一撃は、レイラの体を斜めに切り裂いた。
体をよろめかせて、膝から崩れ落ちるように倒れたが、いつまでもニタニタと笑っているだけである。
その首を再び跳ねて、心臓を貫いても彼女は笑うだけで反応を示さない。
「人のこと言えませんが……しぶといですね」
アリシャの中では王女に対する反逆の葛藤はなくなったのだろう。
無惨な姿になったレイラを見下ろす瞳には、感情の色がない。
「ふふっ――ロラーナ」
笑う以外に初めて口にした名前は、妹のロラーナの名前だった。
その名前に、頭を踏み潰そうとしたアリシャの足が止まる。
「あなたみたいな化け物に、その名前を呼んで欲しくはありません……あっ、私も化け物ではありますが」
自分に対する自虐を込めながら、結局はレイラの頭ははじけ飛んだ。
「終わったわけないですよね?」
首を切っても、心臓を貫いても、肉体を喰っても死なない。
恐らくは――
「ロラーナ……ちょうだい」
最初に再生したのは頭だった。
そこからロラーナに、何かを求めるような声がした。
神経のような肉が、胴体から伸びた。
切断した腕に繋がった。
頭も繋がった。
レイラは壊れた糸人形のように、ゆらりと揺れながら立ち上がる。
「どうしたら……死んでくれるんでしょうか。この姿は、ロラーナ姫には見せられないですよ」
困ったように言ったアリシャが、体を低くする。
剣先を左脇腹に沿わせるように向けて、両足に力を込めた。
――刹那。
ドンッ、と空気が震えた。
踏み込んだ地面が爆発したように弾け、大量の土砂が宙に舞う。
ヴァンパイアと化したアリシャの脚力は、人間の能力を逸脱した速度を生み出した。
「ふふっ……」
レイラは笑う。
その瞳はアリシャを見ていない。
リズアラの扉の向こう。
その奥にいる人物を見ているようだった。
「よそ見して、余裕ですね――」
レイラの前にたどり着いたアリシャが、再び大地を深く踏み締める。
捻りを加えた横薙ぎは、神速の一撃。
触れれば切断ではなく、触れた部分から木っ端微塵になってもおかしくない。
アリシャは残心を取る様に、振り切った体勢になる。
「――なっ!?」
視線を上げたアリシャから驚愕するような声が漏れて、自身の剣を持った腕に目を向けた。
レイラの体の代わりに宙を舞ったのは、アリシャの腕。
それがゆっくりと地面に落ちて、土に触れた音が聞こえると、アリシャはレイラから離れた。
一歩、ニ歩と、人間とは思えない跳躍力を見せたアリシャは勢いを殺すように膝を曲げて、滑る体を押さえつける。
「あれ? 斜め? なん……ぴ、ぎぃ――」
レイラの攻撃だったのだろうか、距離を取ったアリシャの体が細切れになる。
自身でも切られたことすら気づかなかったらしく、死ぬ少し前まで口を開いていた。
見るも無惨な姿となったアリシャの肉片が溶け出す。
鎧も切断された腕も、剣も。
赤い塊となった体が人の形になって、アリシャ=グルーガとなった。
「何をした……?」
困惑したアリシャの声にレイラが反応を示したのか、ゆっくりと体の向きが変わる。
すると、レイラは手を上げて、指先で空間を撫でる動作を見せた。
アリシャがその場から飛び退く。
すぐ近くにあった木が縦に切り裂かれた。
「黒い――線?」
何もない空間を、黒い線が通り過ぎる。
レイラの魔法だろうか。
「――くっ!」
避けたはずのアリシャの腹に赤い筋が浮かび上がり、彼女はそれを手で押さえる。
「指の動きは……私を騙すため。ただ、あいにく、お互い不死身みたいなものですからね。死ぬまで殺し合いを続けましょう――レイラ様」
アリシャが走り出す。
瞬間、黒い線が再びアリシャを襲うが、体が無数のコウモリへと変わる。
キィ、キィと鳴いて、無数のコウモリ達がレイラの頭を飛び交う。
それを一つ、また一つと、レイラは魔法で殺していく。
気づけば彼女の足元は、白いコウモリの死体で埋め尽くされていた。
「はははっ!」
コウモリの死体から生まれたアリシャの顔が、レイラの首筋に噛みつく。
肉を食いちぎり、噴水のような血が地面を染める。
再生した手が胸を貫いて、心臓を抜き出すと握り潰す。
「レイラ様……あなたは死人ですか? 冷たい」
アリシャがそう言うが、レイラは反応を示さない。
問いかけるアリシャの体が一瞬で、細切れになるが即座に再生する。
アリシャの体はレイラにへばりつき、少しずつ肉を削ぎ落としていく。
お互いの肉と血で、リズアラの家の前の地面は汚れ、生臭い匂いが漂っていた。
「不毛な争いですね」
原形を失った体が再生して、アリシャは一度離れることにしたらしい。
「レイラ様は、いったい何が目的なんですか?」
「……ロラーナ」
「ロラーナ姫にご用があるなら、私が伝えるので帰っていただけません?」
「ロラーナ、ロラーナ……ああっ!」
アリシャの問いかけに、レイラはロラーナの名前を呼ぶだけで会話にならない。
「――アル……キラ、ちょうだ――いぃいイイッ!」
突然の絶叫。
「レイラ様!?」
叫んだと思えば、レイラが膝から崩れ落ちて動かなくなる。
アリシャが警戒しながら近づくが、彼女からの攻撃は一切なかった。
血と肉の争いが終幕を迎えたらしく、舞台の幕が閉じた一瞬の静けさのようなものがアリシャとレイラを包んでいた。




