第二十七話 妹思いの姉
「ラグルさん……リズアラは……」
「寝てるだけだから、大丈夫だよ。それに、もう治したからさ」
リズアラの傷と、壊した武器も全て直した。
彼女をそっと抱えると、静かな寝息だけが聞こえてくる。
「いつの間に、こんなに人だかりが?」
近寄ってきたロラーナに視線を向けると、その奥には大勢の騎士達が俺達を取り囲んでいた。
一人の騎士が手を叩く。
それに合わせて、拍手の波が訓練場を包んだ。
「みなさん、興味津々だったみたいですね。リズアラも頑張りました」
「ああ、本当に、彼女は強かったと思う」
終始圧勝だったが、彼女の心まで折ることはできなかった。
リズアラの心は、間違いなく俺よりも強い。
だから、俺は――負けたんだ。やっぱり。
少しだけ悔しかった。
力では圧倒できるし、簡単にひれ伏すことができると分かっていたのに、人の心の強さを俺は理解していなかった。
サリスなら、どうしただろうか。
俺は初めてどうしたら、そんなに強くなれるのだろう、と知りたくなった。
気づいたら強く手を握り締めていて、その表面は汗ばんでいた。
「ラグルさん、リズアラを家まで運んでもらえませんか?」
「……ああ、任せて」
思考が彼女の言葉に返事を返すのに、わずかに時間がかかった。
ロラーナは俺の心の揺れに何か気づいたのかもしれない。
目だけを俺に向けて、覗いているような気がした。
今さら遅いが悟られないようにと、顔を上に向けながらリズアラを抱きかかえる。
周囲に集まった騎士達は、俺達に話しかけたそうな雰囲気だったが、王女がいるため遠慮しているように見えた。
好都合と言えば、好都合。
あまり今は人と話したくない。
俺とロラーナは、入口に向かう。
◇
「――ここがリズアラのお家です」
「なんか、意外と普通の家なんだな」
「それ、リズアラが聞いたら怒りますよ」
「マジ!」
腕の中で眠る彼女に視線を落とすが、すやすやと寝息を立てるリズアラに、締め付けられた肺から空気が抜ける。
ロラーナは静かに笑うと、入口に近づいた。
「ごめんくださーい!」
王女らしからぬ大きな声で、そう言うと、中から咳き込むような声が聞こえてきた。
トタトタと小さい歩幅で歩く足音は、子供のように思えた。
「は〜い……ゴホッ! ゴホッ!」
「ちょっ、カエラちゃん大丈夫っ!?」
ロラーナが咳き込む少女の背中を優しく撫でる。
「ロラーナお姉ちゃん……どうしたの? って、お姉ちゃん!?」
苦しそうにしていた少女は、俺の腕の中で寝ているリズアラを見て、慌てて近寄ってくる。
「ゴホッ……が……はぁ、はぁっ!」
「カエラちゃん、落ち着いて。お姉ちゃんは寝てるだけだから」
「良かった……」
少女は病気なのだろうか。
顔から力は抜けていたけれど、頬は痩けて、目元には痣のような黒緑色が濃く浮かんでいた。
「ラグルさん、彼女を家の中に運びましょう。カエラちゃんお邪魔しますね」
ロラーナはカエラの手を握りながらそう言うと、言葉を発することすら辛いのか、カエラは唇をもごもごと動かすが、喉からは何も出てこなかった。
「リズアラの部屋はこっちです」
ロラーナに案内されたリズアラの部屋は、ベッドと机と椅子しかない、寂しい感じだった。
カエラは、リズアラがベッドに寝かされたのを見てロラーナに手を引かれ部屋の外に出て行く。
「なんか……すまん」
ベッドで寝息を立てるリズアラを見ていたら、自分の子供っぽさで彼女に怪我をさせてしまったことに、口から自然とそんな言葉が出た。
起きてる時に言えよ、そう思ったけれど今すぐそう言いたくなった。
「ふぅ……カエラちゃんも寝ました。って、そんなにリズアラを見つめてどうしたんですか?」
「……なんとなく、自分は子供だなって思って」
「ん〜、確かにラグルさんは子供かもしれませんね」
ロラーナは冗談のつもりなのかもしれないけど、その言葉は胸に深く刺さった。
「でも、リズアラも子供ですよ。ムキになって、あんなにボロボロになって」
確かにそうかもしれない。
でも、力を見せる以外で解決はできたかもしれない。
何も言わないロラーナは、そのまま話を続けた。
「それに、リズアラもああ言う性格なんで、きっと普通に話しても納得しなかったと思います。ラグルさんも、何か思うことがあるなら、私と一緒に変わっていきませんか?」
そう微笑みかけてくる、彼女の言葉は体の中に染み込むように沈んだ。
「そうだな……リズアラが起きたら少し話してみようと思うよ」
「はい、そうしてください」
「ありがとう。てか、カエラってリズアラの妹だよね? 病気なの?」
「そうですよ。カエラちゃんは……数年前から、この都市で流行っている病気にかかって」
流行り病?
「原因は不明。リズアラのご両親も二年前に同じ病気で亡くなってしまいました」
「医者はなんて?」
「分からない、と。私もできるだけ援助して、お姉様にお願いしたりしてるんですが……」
姉と言うのは、あのサリスに殺されかけて震えていたレイラと言う女のことだろうか。
ロラーナが頼るくらいだから、それなりの腕前なのかもしれない。
レイラはなんて言っていたのだろうか。
「レイラはなんて?」
「進行を遅らせるだけで、治せないとのこと。もう……カエラちゃんも……厳しいらしいです」
「そうか……」
「あれ? ラグルさん、どこに行くんですか?」
「医者もレイラも分からないって言ったけど、カエラのことが少し気になって見に行こうかと」
そう言うと、ロラーナが本当ですか! と上ずった声をあげる。
「リズアラ、本当にカエラちゃんのこと大切にしてて。それなのに私のために戦闘訓練とか、身の回りのお世話してくれたり……」
専属のメイドって言ってたもんな。
「いつも、カエラちゃんのこと優先してと言っても聞いてくれないし。ラグルさん、お礼はするんで――カエラちゃんを助けてください」
任せろ、と胸を張って言えないけれど、魔族の能力で何かしら分かることがあるかもしれない。
ここ数日、人間と触れて分かったのは、魔力の扱い方がまったく違うのだ。
人間は外から魔力を引き寄せて、それを魔法にする。
魔族は逆で、自身の内側の魔力のみを使う。
内側にある魔力を操るのが得意な俺達魔族であるならば、彼女の体内で何が起きてるか分かるかもしれない。
リズアラの部屋を出て、カエラの部屋に向かう。
「……ロラーナお姉ちゃん? それと、えっと……」
「ラグルだよ」
「ラグルお兄ちゃん、どうしたの?」
カエラは本当に辛そうにしている。
瞳には微かな光しかなく、一言話すたびに、喉からひゅーっと空気が抜けるような音がした。
ロラーナがベッドに近寄って頭を撫でながら、話しかける。
「起こしちゃって、ごめんね。えっと……ラグルさんは凄い魔法使いなんだ。だから、カエラちゃんを治せるかもしれないって、ね」
「……そうなんだ。嬉しいなぁ」
間を置いてカエラが口にした言葉は、諦めに近い感情が込められているような気がした。
何回も同じような言葉をかけられて、そのたびに絶望していたのかもしれない。
「カエラ、俺に任せて目を閉じててくれ」
「うん……」
おとなしく、カエラは俺の言葉に従って目を瞑る。
「…………」
カエラの体に俺の魔法で文字が浮かび、カーテンを閉め切った部屋を青く照らした。
「どうですか……ラグルさん」
カエラの体から文字が消えると、ロラーナが声をかけてきた。
「分かったよ。カエラは――病気じゃない」
「え? それなら、カエラちゃんは……どうしてこんな風に……?」
「これは、呪いだよ」
それもめちゃくちゃ巧みに偽装していて、普通の病気のように見せている。
目的は分からないが、病気ではないことは間違いない。
でも、良かった。
これなら――なんとかなる。




