第二十六話 リズアラの意地
騎士達の訓練場は思ったよりも、かなり広かった。
建物が四角く配置され、中からは忙しなく鎧を着た騎士達が出入りしている。
外をざっと見回すと、剣で打ち合ったり、殴り合ってる姿があった。
「ここは突撃兵の訓練場なんですよ。主に前衛を担当する騎士達が訓練してます」
どおりでみんな接近戦の練習ばかりなのか。
俺が周囲を見渡すと、異物感を凄く感じる。
向こうもそう感じてるようで、奇異の瞳を向けてくる人達の姿がちらほらと見えた。
「ここの一角をお借りしましょう」
ロラーナはそう言って、俺の手を引いた。
「あの〜、ちょっといいですか?」
「はっ! どのようなご要件でしょうか?」
建物の中に入ると受付のような所があった。
「少しだけ、場所をお借りしたくて……」
「承知致しました。確認してきますので、お名前を教えていただけませんか?」
「えっと、ロラーナ=ドラグーンです」
「――!?」
ロラーナが名前を告げた瞬間、受付に座っていた騎士の体が大きく跳ねる。
少し遅れて立ち上がると乱れのない動きで姿勢を直して、口を開いた。
「た、大変失礼いたしました! 今すぐ隊長に確認をとって参りますっっ!」
「え? あ? そんな、慌てなくても……行っちゃった」
踵を返すように、その騎士は別の部屋に姿を消した。
その後はすんなり許可をもらい、緊張した騎士の後を追った。
「こちらです」
四角く配置された建物の内側にも、訓練するための広場となっていた。
「障壁が張られてるのか?」
「そうですよ。魔法の練習だったり、集団で訓練する時はこっちで行います」
周囲に被害が出ないような配慮なのだろう。
城から近いし、そうしないと確かに危ないか。
「てか、リズアラにちゃんと場所教えてないけど分かるかな?」
「大丈夫ですよ。彼女は私がどこにいても、居場所がすぐに分かっちゃうんです」
なにそれ。怖い。
「あ、ほら、来ましたよ。リズアラ〜!
こっち〜!」
ロラーナがリズアラの姿を見つけて、手をぶんぶんと振っていた。
「へぇ、なんか暗殺者みたいだな」
「暗殺者ですもん。専属のメイドさんですが、私を守るための訓練を受けてます」
だから、あんなに強かったのか。
「私は反対したんですけど、全然話を聞いてくれなくて……」
少しだけ寂しげに、ロラーナがそう言った。
「――お待たせしました。さっそく始めましょう」
体の線が分かるくらいピッチリとした黒い服を纏い、手には小さい鎌を持っている。
反対の手には鎌から伸びたチェーンを握り、その先端には分銅のような重しが取り付けられていた。
「あの……二人とも、怪我はしないようにしてくださいね」
「ええ、怪我にならないように、きっちり命をいただきます」
「まぁ、生きてるなら治せるからいいよ」
そう言って、俺はリズアラの方に歩いて行く。
「あっ、虚狼、ロラーナを守ってくれ」
一度、ロラーナの元に引き返して腰に下げた斧を手渡してそう言うと、刃の部分が頷くようにグネグネと動く。
「ラグルさん、武器いいんですか?」
「さすがに虚狼なんて使ったら、この辺一帯更地になるよ?」
「それは困ります。虚狼ちゃん、よろしくお願いしますね」
ロラーナに頭を数回撫でられると、虚狼は動物のように喜んでいた。
「武器を捨てて、素手で戦うつもりですか?」
再びリズアラの元に戻ると、そう声をかけられる。
「必要ないからね」
「――――」
言葉にした瞬間、彼女の体がブレた。
俺の腹の辺りに一瞬で移動したリズアラは、下から上に鎌を振るってくる。
「惜しかったね」
鎌の刃の先端を親指と人差し指で挟んで、爪先でリズアラの鳩尾を軽く蹴り上げる。
当たる寸前で後ろに宙返りをして避けられてしまう。
鎌の鎖がビンッと張って、リズアラは奪い返そうとする。
「返すよ」
ぱっ、と指先を開くと鎌が持ち主の元に引っ張られ、俺は戻る速度に合わせて前に進む。
もう一度、蹴りを放つと彼女は膝と肘で防いだ。
威力を殺しきれなかったのか、リズアラの体が地面を滑るように横にズレた。
今のうちに畳み掛けようとすると、彼女は右手を横に振るう、
指と同じ太さの針のような物が、俺に向けて投げられた。
「よっ、と。いろんな武器持ってるね」
俺がそれを避けた時には、彼女は鎌を持ち直して次の行動に移っていた。
接近戦は不利と思ったのか、鎌に取り付けられていた鎖を勢いよく振り回している。
ブンッと、空気を裂くような音が聞こえた時には、分銅は顔の近くに迫っていた。
「――ラグルさん!」
顔に直撃したことに驚いた、ロラーナが叫んだ。
普通の人間が直撃していれば、額は砕かれ、中身が飛び散っていてもおかしくないだろう。
当たればね。
「それ――残像だよ」
リズアラの背後に回った俺は、彼女の耳元で囁いた。
彼女が慌てて振り向く。
その振り向きに合わせて俺は頬に拳を叩きつけた。
彼女が後ろに吹き飛ぶ。
訓練所の障壁が水面のように、揺れた。
リズアラを屈服させるなら、彼女の心を折るくらい圧倒的でなくてはいけない。
傷は治せばいい。
だから、一撃も喰らうつもりもないし、四肢を全て削ぎ落としてもいいと思っていた。
「く……そっ」
壁を背に立ち上がったリズアラの頬は青く腫れ、綺麗な顔立ちは酷く歪んでいる。
それでも負けじと立つことはできたが、彼女の膝は震えて倒れそうだった。
「リズアラ! もうやめて!」
ロラーナが懇願するように叫ぶが、その言葉は届かなかったようで、リズアラは獣のように俺に向かってくる。
鎌を捨て、手には朝と同じように鉤爪を装着し、俺に向かって突き出してくる。
「鋭くて、いい一撃だ」
体を横に逸らしながら、突き出された腕の手首を掴む。
すかさず、反対の手で攻撃を仕掛けてくるが、俺は手を開いて受け止める。
そのまま握り潰そうと力を込めた瞬間、リズアラの肘の部分から服が裂け、刃が飛び出してきた。
本当にたくさん武器を仕込んでる。
「それなら――」
一度、距離を取る。
真っ向から全てを破壊する。
彼女が動くよりも速く、懐に飛び込んだ。
まずは、手に嵌めた鉤爪。
猛獣が爪を立てるようにリズアラは左手を、俺の首筋を狙う軌道で振るう。
それの爪目がけて、魔力も何も練っていない拳を合わせた。
「――なっ!」
彼女がわずかに動揺するが、砕けた刃が地面に落ちる前に次の行動に移った。
一歩後ろに下がって、蹴りを繰り出してくる。
いつの間にか、爪先から突き出していた刃が首筋の寸前を通り過ぎる。
彼女のしなる体と、体重を乗せた一撃は、鞭のようで鋭い。
だが、切り返しが遅い。
肘の刃と、右手の爪。
「くっ――!」
離れる寸前に、俺に向かって再び針のような物を数本投げつける。
「返すよ」
それを全部掴み取ると、彼女のふくらはぎに投げ返す。
神経を切断し、骨も貫通する。
リズアラの血に染まった針は、地面に刺さった。
それでも倒れない。
彼女の強情さは、ロラーナを越えてるかもしれない。
どうにか体を起こしたリズアラだったが、俺はすかさず彼女の前に踏み込む。
足に力を入れた瞬間、訓練場の土の地面が大きくへこむ。
一撃、みぞおちに。
二撃、三撃。
浮いた彼女の体が落ちる前に決める。
腹に何か仕込んでいたようだったが、それすらも砕き。
内側の骨と内臓が潰れる感触が、拳を通して神経を震わせた。
「あ、が、、ぐぅ……」
恐らく治療をすぐにでもしなければリズアラは死ぬ。
それでも、まだ意識を失わず立ち上がる。
彼女の執念のようなものに、背筋に冷たいのが落ちた。
「まいったな……魔法を使うつもりはなかったけど」
戦いには勝ったけど、負けたような気分だ。
これほど、ロラーナに対する執着心が強いとは思わなかった。
死ぬと分かっていても、立ち上がろうとするリズアラの黒い瞳は、血のように赤く染まっているように見えた。
彼女を支えるロラーナに対する感情は、死に体を動かしているようだが。
「これ以上はまずい。――寝てくれ」
青い文字が彼女の胸に浮かび上がると、ようやくリズアラは意識を失いその場に倒れた。




